第6話

文字数 3,059文字

 配置をクジで決めた。さらに、相手が樹ではないことに、平良は残念そうな顔をした。あれが嘘でないとすると、本当にこちらの配置を知らなかったことになる。では、独鈷杵の回収日をどうやって探ったのか。配置の情報が漏れていないのなら、少なくとも、内通者がもう一人いるなどということはない。だとすれば、やはりどこからか見張られていた可能性が高い。平良に問い質して素直に答えるとは思えないが。
 悪鬼が大河のあとを追いかけたため、遮られていた外灯の明かりが戻り、宗史と平良を照らした。
 互いに一気に距離を詰め、ギンッ! と硬質な音を立てて霊刀を合わせる。
「健気だねぇ。あんたの邪魔をしないように、自分から離れたんだろ? いいのか?」
霊刀越しに目を合わせ、平良は挑発するようににっと歪に笑った。眼差しは、腹が立つくらい生き生きとしている。
「あいつを見くびると痛い目に遭うぞ」
「ははっ。確かに」
 至って冷静な答えに、平良は楽しげに声を上げた。示し合わせたように飛び跳ねて後方へ下がる。間髪置かずに、再び同時に地面を蹴った。
 さして広くもない参道に、絶え間ない剣戟を交わす音が木霊する。
 さっきの答えは、半分本心、半分脅しだ。朱雀がいるとはいえ、心配していないと言えば嘘になる。だが、急成長しているのは事実。加えて、悪鬼は大河を殺せない。最悪、独鈷杵を奪われたとしても死ぬことはない。ならば早く平良を制圧して加勢に入るのが正解だ。その前に。
 鋭く真上から振り下ろした霊刀を、平良は霊刀を横に倒して受け止める。硬質で澄んだ音が闇に広がった。残響に耳を澄ますような一拍の沈黙のあと、突如真っ二つに折れたのは、平良の霊刀だ。
「お、マジか」
 言いつつも大して驚いたふうでもなく、むしろ楽しそうに口角を上げて、平良は飛び跳ねながら後退した。再び霊刀が具現化される。
 互いに構えながら、宗史が問うた。
「一つ、質問に答えろ」
「うん?」
「独鈷杵の回収日を、どうやって知った」
 寮が襲撃された日から今日まで、猶予は三日。回収日の前日に山口に入っていたとも考えられるが、廃ホテルの事件以降、姿を見せない鈴が刀倉家にいる可能性は考慮するはずだ。加えて牙。ならば、やはり回収日を把握していたと考える方が妥当だ。
 宗史の怪我と往復の時間を考えれば、予想くらいできる。普通なら。だが、奴らが裏をかかれる可能性を考えないはずがない。
 敵側がこちらのメンバーを予想している話は、あくまでも「何ごともなければ」が前提に過ぎない。あんなことになった以上、必ずしも宗史を同行させるとは限らないし、こちらには変化できる式神が鈴を入れて四体いる。いっそ、大河、柴、紫苑、式神の誰かを一人ないしは二人同行させれば戦力は十分。それに、あちらの悪鬼同様、移動手段は公共機関だけではない。式神を変化させれば出発時間を気にせず、しかも日帰りで回収することもできた。それを踏まえると、意表をついて寮襲撃の日、昴が去ったあとも候補に入る。それなのに、予想通りのメンバーで襲撃した上に、回収日に合わせてきた。少なくとも、昴が去ったあとから見張られていたことになる。
 敵側を出し抜く方法はあったのに、わざわざ正攻法で回収へ行かせた宗一郎と明の思惑は――まあ、分からなくもない。大河の帰郷に加え、向小島は影綱の生まれ故郷だ。敵側同様、牙の動向を確認する意味もあった。けれど島民を巻き込む危険があった。実際、省吾たちを巻き込んでしまった。何か、他に目的があったのだろうか。それとも考え過ぎだろうか。
 意外な質問だったのか。平良は驚いたように瞬きをすると、うーんと首を傾けて逡巡し、にっこり笑った。
「秘密」
 知られるとまずいことでもあるのか。それともただの気まぐれか。いや、そもそもこいつに聞いたのが間違いだった。宗史は小さく舌打ちをかまし、地面を蹴る。
「そんなことより、聞かねぇのか?」
 薙いだ霊刀をひょいとしゃがんで避けながら、平良が口を開いた。
「何をだ」
 宗史は、足元を狙った霊刀を軽々とバック転でかわして避けながら問い返す。平良が駆け寄り、着地した瞬間を狙って首へ一閃。それを強く弾き返し、一歩踏み込んで胸元を狙って霊刀を横殴りに振った。
「あんたの健気な式神のことだよ」
 平良は大きく後ろへ跳ねてかわし、
「裏切り者に興味はない。オン・ノウギャバザラ・ソワカ」
 宗史は辛辣に返して霊刀に水を纏わせると、下から斜め上へ霊刀を振り上げた。霧散した水塊が空を切る。
「冷たいねぇ」
 平良は軽口を叩きつつ、霊符を取り出して前に掲げた。無真言結界が使えるのか。一瞬で形成された結界に水塊が激突し、轟音を響かせる。水煙が平良の姿を覆い隠した。
 宗史は距離を詰め、水煙越しに霊刀を振り下ろした。鋭いひと振りで水煙に綺麗な一本の線が入り、弾けるように飛び散った。とたん、ガラスが割れたような硬質で甲高い音が響き、真っ二つに切り裂かれた霊符がはらりと舞う。
「あんたのために裏切ったってのに」
 そんな声と共に霊刀が真横から襲いかかり、宗史はとっさに弾き返して平良の腹に蹴りを入れた。
「俺のため?」
 体をくの字に曲げ、靴底を後ろへ地面に滑らせた平良へ問い返す。割れた結界が空に溶け、舞っていた霊符が地面に落ちた。
「そ」
 平良は短く肯定し、平然と顔を上げた。Tシャツについた砂を払い落す。
「あんたが傷付くのを見てられねぇんだと」
 宗史は、初耳だと言わんばかりに目を丸くして見せた。
 知っている。躊躇いつつも提案してきたのは椿だった。それが、一番自分らしい理由だと言って。
 正直、照れ臭くもあり、嬉しくもあった。けれど同時に、自分を不甲斐なく思った。決して表沙汰になることはなくても、他の人とは違う形で世の中に貢献し、誰かを守り助けることができる。先祖代々受け継がれてきた役目を果たしている。時折告げられる感謝の言葉や、未練を断ち切った浮遊霊の清々しい笑顔は、陰陽師である自分を誇りに思うのに十分だった。けれど、人の醜悪さを語る強い恨みや無念や嘆き、露骨にぶつけられる嫌悪は、同じくらい胸を刺した。
 上手く隠しているつもりだったのに。椿に、必要以上に心配をかけていた。
「こっちの思惑通りに事が運べば、あんたらはさぞかし感謝されるだろうな。そうなればあんたは傷付かなくて済むし、傷付けた奴らを見返せる。そう思ったんだろ。ま、生きていればの話だけど?」
「俺はそんなこと望んでいない」
 冷ややかに否定しながら、平良の言葉が引っかかった。もしかすると――。
 真偽を確認しろとでも指示が出ていたのだろうか。じっとこちらを見据える平良の視線を、寸分違わず見つめ返す。
 やがて平良は、諦めたように溜め息をついた。
「ま、どうでもいいか。強い奴と戦えれば」
 おそらく、この男の怖さは実力よりもそこにある。戦いに魅せられた戦闘狂。強い者と戦うことだけを求めるがゆえに、人に刃を向けることを厭わない。戦う価値なしと判断すれば、容赦なく切り捨てるのだろう。
 戦いに魅せられたきっかけや、こうも樹を執拗に狙う理由など、平良の謎は多い。だが今考えるのは、そこではない。
 昴のことがあるので断定はできないが、性格を参考にするなら属性は火。無真言結界を行使でき、樹を狙うほどの実力――それだけ分かっていれば、十分だ。元より手加減するつもりはない。
「オン・ノウギャバザラ・ソワカ」
「オン・バザラナラ・ソワカ」
 互いに真言を唱えながら構え、同時に霊刀を振り抜いた。
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