第4話

文字数 2,402文字

      *・・・*・・・*

 木造の倉庫の扉の前で、一行は足を止めた。朱雀と水龍に変化はない。それぞれ左右に分かれ、砂埃でざらついた両開きの扉の取っ手に、紺野と下平が手をかける。
「紺野、少しずつだ」
「了解。――開けます」
 紺野の宣言に、全員が緊張の面持ちで頷いた。指示通り、それぞれ五センチ程左右に引っ張る。とたん、朱雀と水龍が弾かれたように動いた。待てと言わんばかりに二人の腕に止まり、思わず緊張が走る。息が詰まるほど緊迫した空気が流れ、ほんの数秒が、数分にも思えた。
 やがて口を開いたのは栄明だ。
「おそらく悪鬼でしょうが、出てきませんね。ということは、封印されているかもしれません」
 中に悪鬼が潜んでいるのなら、隙間から触手で攻撃してきてもおかしくない。そもそも、紺野たちが到着する前に偵察に来ているのだから、その時に気付くはず。しかし使いは今反応した。つまり、外からでは感じ取れなかったのだ。そして使いが反応したのは邪気ではなく、霊力。
「霊符や護符を使っているはずなので、箱などをむやみに開けないようにしてください」
「はい」
 全員が頷き、紺野と下平は顔を見合わせ、再びゆっくりと扉を開けた。するりと使いが先行する。埃とカビ臭さが混じった湿気た空気が漏れ出た。しばし待ってから、懐中電灯で照らしながら中を覗き込む。
 コンクリートの床には、砂埃が積もっていた。向かって右の壁際から、大量のバケツや工具、カゴ、子供用の三輪車や錆びれた自転車などが雑多に置かれ、正面の壁には煤けたロープにスコップ、(くわ)(すき)(なた)、鎌などの農機具がずらりとぶら下がり、今では珍しい竹ぼうきが複数。(みの)千歯扱(せんばこ)きまである。何故か三セットもある臼と杵は、劣化なのかカビなのか全体的に白っぽく変色している。そして左の壁際には、何かの廃材らしき大量の板と、同じく大量に積み重ねられた薄汚い段ボール箱、木製の梯子、塗装の禿げたネコ車が四台、見るからに古そうな扇風機二台などが放置されている。そして左右の壁には明かり取り用の窓が設置され、よく見るとあちこち隙間ができている。
 吹き抜けになっているので頭上はかなり高く、広さも四十畳、もっとあるだろうか。広いわりには物が少ない印象を受けるのは、それらが全て端っこに寄せられおり、真ん中がぽっかり空いているせいだ。作業場も兼ねていたのかもしれない。
「倉庫兼納屋って感じだな」
「みたいですね」
 いつから蘆屋家が住んでいたのか知らないが、昔は農家だったのだろう。各々フットカバーを履いて足を踏み入れた。
 栄明がすぐに足を止め、ゆっくりと視線を巡らせた。二体の使いも、霊気の出所を探っているのか、左右に分かれて入口から慎重に宙を滑る。霊気の出所は、彼らにしか探れない。紺野たちは、栄明と使いを横目に奥へと足を進めた。
「すげぇな。年代物ばっかりだ」
「祖父母の家も農家でしたけど、蓑なんて初めて見ました」
 蓑を懐中電灯で照らしながら、いっそ展示物を見学しているように熊田と佐々木が感想を漏らす。確かに、古くから続く農家や、あるいは博物館でないと蓑なんて滅多にお目にかかれないだろう。紺野と下平も慎重に懐中電灯であちこち照らす。珍しい物は多いが、特にこれといって気になる物はない。
 段ボールを丁寧に確認していた下平が言った。
「霊符が貼られてるもんはねぇな」
「みたいですね。じゃあ一体どこから……」
 二体の使いを見上げた。その時。
「おい、これ……!」
 熊田が声を上げた。弾かれたように紺野たちが振り向き、一斉に駆け寄る。熊田が覗いていたのは、臼だ。囲むように紺野たちも覗き込み、目を瞠った。
「これ、まさか……」
 臼の中に無造作に放り込まれていたのは、黒いビジネスバッグと白いビニール袋。
「紺野、これ頼む」
「佐々木」
 下平と熊田が紺野と佐々木に懐中電灯を渡し、ビジネスバッグとビニール袋を持ち上げた。がさがさとビニールが擦れる音と、バッグを開けるファスナーの音が響く。
「缶コーヒーとビールが二本ずつ。あとは酒のつまみだな。チーズにさきいか、ビーフジャーキーにミックスナッツ」
「こっちは、ファイルが一冊とボールペン。水筒と、この巾着は弁当箱か。あとは鍵。携帯は電源が切れてるな。それと……」
 佐々木に手元を照らされながら熊田が商品名を読み上げ、下平も紺野から同様にされて、何かを引っ張り出した。
「社員証だ」
 首から下げるタイプの社員証には、顔写真と所属部署、役職、そして名前が印字されている。三宅孝則、と。
 下平は社員証をしまい、今度は財布を取り出した。何の変哲もない二つ折りの黒い財布で、かなり使い込まれている。バッグを臼の中に戻し、財布を開く。現金は一万円と小銭が少し。クレジットカードに運転免許証、健康保険証。それら全ての名義は、間違いなく三宅だった。
「ここが監禁場所だったのか……」
 紺野はぽつりと呟いた。
 田代はスーパーに行くと言って家を出て、そのまま行方不明になった。飲み物や食品は、その時に購入したものだろう。そして三宅の遺留品。
 遺体が発見される前日、夕方頃に田代、夜に三宅が拉致され、そのままここで二人一緒に監禁。そして翌日の朝、保津川の側のハイキングコースで遺体となって発見された。
 下平が財布をバッグにしまいながら言った。
「二人の遺留品があるってことは、やっぱり一緒に監禁されてたみたいだな」
「ええ。別々の場所で監禁して、荷物だけわざわざ持ってくる意味がないですからね」
 熊田がビニール袋を臼の中に戻し、栄明が改めて倉庫内を懐中電灯で照らした。
「不自然に真ん中だけ空いているなと思いましたが、おそらく結界を張るために広さが必要だったんでしょう」
 つられるように紺野たちも振り向く。
 拉致されてから殺害されるまでの、空白の数時間。いるのは加害者と被害者。ここで、どんなやり取りが行われたのか。
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