第12話

文字数 2,521文字

 男たちを拘束中の警察官と、車を調べている警察官たちへ薬物使用の疑いがあることを伝え、紺野は所轄の刑事へこれまでの経緯を話した。
 一方茂たちの方も、所轄の刑事に引き継がれて経緯とここでの出来事、そして身元を確認された。茂と夏也は運転免許証を提示し、春平と弘貴は口頭で名前を告げていた。
 話を終え、紺野は春平たちを横目に助手席を覗き込んだ。近藤が、ペットボトルを握ったままシートにぐったりと体を預けている。
「大丈夫か。辛抱しろよ。もうすぐ救急車が来るから」
「うん」
 ますます気が緩んだのだろう。目を閉じたまま頷いた近藤の顔色は白く、かなり辛そうだ。紺野は息をつき、周囲に視線を巡らせる。
 大きな怪我はないようだから、このまま病院へ搬送されて手首の傷の手当てをし、点滴処置といったところだろう。明たちへは茂が報告をするだろうから、下平たちには自分が。一応別府にもと思ったところで、茂たちの会話が耳に入ってきた。
「全員同じ住所? どういう関係ですか?」
「ああ、僕はこの子たちの里親なんです」
「僕たち三人、右京区のひまわり園という施設の出身です」
「私は卒園していますが、お手伝いとしてお世話になっています」
 茂たちの答えに、なるほどと感心する。夏休みで遊びに来ていると言えば自宅の連絡先を聞かれるが、里親なら、養子と違って名字が別々でも不自然ではないし、里子は四人まで預かることができる。弘貴たちが卒業した中学へ聞き込みに行った際、指導要録の緊急連絡先は宗一郎で、住所は寮だった。入寮時期を考えると、実際の里親は宗一郎なのだろう。別々に暮らしていることがバレるとまずいが、よほど怪しくなければ、目撃者の身元を詳しく調べることはない。心霊スポットといい、こちらも上手い言い訳だ。ただ一つ言うなら、あの宗一郎が里親認定や研修を受ける姿が想像できない。
 一人がバインダーにその旨を書き込み、もう一人の刑事は分かりましたと納得しつつも、しかしと続けた。
「赤い鳥云々はともかく、夏休みですし気持ちは分かりますが、こういった場所は危険な所や、質の悪い連中の溜まり場になっている所もあります。空手を習っているとはいえ、来ないようにしてくださいね。それに、ここは私有地ですから」
「はい、すみません」
 茂は苦笑いで頭をかき、春平たちはごめんなさいと声を揃えて肩を竦めた。左近のことを素直に話したようだ。犯人と近藤も同じ証言をするだろうが、事件と直接関係ない上に心霊現象だ。記録に残されないか、残されても黙殺されるだろう。かくいう紺野も一応伝えはしたが、これ以上ないほど怪訝な顔をされたので「それはともかく」と自ら話を逸らした。
 そうこうしている間にやっと救急車が到着し、刑事は鑑識を呼んだ。
「じゃあ、この催涙スプレーも押収しますので。それと、犯人との判別用に指紋を取らせてください。念のために全員お願いします」
「分かりました」
 茂たちが頷くと、ガラガラとストレッチャーのタイヤの音が響いてきた。こっちだ、と手招きをしようと振り向いて、思わず顔が歪んだ。
「げ、緒方さん。と、沢村さんまで」
 救急隊の後ろから、憤然とした顔の緒方と、冷静に周囲を確認する沢村がこちらへ向かってくる。緒方はともかく、沢村は帰宅したはずだ。呼び出されたらしい。どのみち本部に戻ればお叱りを受けるだろうと思っていたが、直接来たか。
 紺野は苦い顔をしながら、とりあえず近藤を揺り起こした。
「近藤、救急車来たぞ。立てるか?」
「んん……」
 寝言のような声を漏らし、近藤は目を半分開けてゆらりと顔を上げた。この様子では救急車の中で爆睡して、明日まで入院になりそうだ。先に羽織っていた上着を脱がせ、紺野は近藤の腕を自分の肩に回した。茂たちは到着したストレッチャーに場所を譲り、沢村たちもすぐ側で足を止めた。
「傷は手首だけです。催涙スプレーをかけられてトランクに閉じ込められたらしく、脱水症状もあります」
「分かりました」
 救急隊員の一人と一緒に近藤を立ち上がらせ、簡潔に説明する。写真を撮り終えた鑑識員が、近藤の荷物らしい鞄をもう一人の救急隊員に預けた。
「近藤」
 ペットボトルと携帯を鞄に入れストレッチャーに乗せていると、緒方が声をかけた。近藤が虚ろな視線を向ける。
「あれ、緒方さん」
「無事で良かった。もう大丈夫だからな」
「うん。あ、ねぇ」
「うん?」
 ゆっくりと横になりながら、近藤が言った。
「紺野さんがもう少し遅れてたら、僕解剖されてばらばらだったんだ。だから、叱らないであげてね」
 らしくない弱々しい笑みに緒方は苦笑し、紺野は居心地の悪そうな顔で視線を逸らした。まさか近藤に庇われるとは。
「分かった。叱らないから、お前はゆっくり休め」
 毛布をかけられて、うんと頷く。
 運ばれていく近藤を眺めて、紺野は長い溜め息を吐き出した。近くでは、茂たちが鑑識員によって指紋を採取されながら、どこか心配そうに近藤を見送っている。
「で、紺野」
 一転、緒方の険しい声に紺野はぎくりと肩を震わせた。まあ、こうなるよな。紺野は緒方と正対し、背筋を伸ばした。
「俺が言いたいこと、分かるな?」
「はい。すみませんでした」
 紺野からしてみれば、一刻を争う状況だった。鬼代事件、拉致計画、あるいは別件であったとしても、狙いは近藤本人であり、殺害される可能性が高かった。だからこそ応援を待たずに一人で突入した。けれど緒方たちからしてみれば、北原襲撃事件と同一犯の可能性はあったものの、犯人の動機も狙いも不明だった。こんな時こそ慎重に動かなければ、近藤の命に関わる。そう分かっていて、紺野は指示を無視した。怒るのも無理はない。
 深々と頭を下げた紺野に、緒方は深い溜め息を漏らした。
「まあ、お前は近藤と仲がいいし、心配だった気持ちも分かる。けどな、だからこそ慎重に動くべきだろ。いい加減その無茶する癖を直せ。いつか大怪我するぞ、お前」
「……はい」
 それはもしや周知されているのだろうか。緒方さんまで、という苦言を根性で飲み込み、紺野は顔を上げた。
「報告書と始末書、きっちり出せよ」
「はい」
 やれやれと言いたげに、緒方はもう一度溜め息をついた。
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