第4話

文字数 2,399文字

「鈴の方はどうだ?」
 鈴は首を横に振った。
「特に何も話しておらん。加勢に入った渋谷健人と玖賀真緒もだ」
「まあ、そうだろうな」
 宗史は溜め息まじりに呟いた。ほんと口が堅いなあいつら、と晴がぼやく。
「弥生を含め、実力としては茂や華と同等のように思えるが、こちらも全力ではないだろう。樹ほどとは言わんが、怜司程度と見ておいた方が無難だ。弥生は冷静に見えるが好戦的、真緒は少々幼く、渋谷は頭が切れる印象を受けた――」
 そう前置きをして、鈴は語った。
 影唯がヒナキから連絡を受けた時、すでに近付いてくる人と悪鬼の気配を感じていた。大急ぎで影唯が風子の携帯へ連絡を入れたが、出たのはヒナキだった。説得ができない。鈴自ら行くか、使いや精霊に引き止めさせようかと思ったらしいが、そんなことをすれば省吾たちの居場所を教えることになる。集落で戦闘はまずい。ならば、結界で隔離するしかない。ただし刀倉家の敷地へ入ってからだ。
 心配する雪子にそう言い聞かせたはいいが、省吾たちが到着する前に弥生が動いてしまった。二人が来たことを悟らせるわけにはいかない。けれど省吾の声で気付かれてしまい、その上、健人と真緒、さらに巨大な悪鬼の加勢だ。
「渋谷と真緒は、省吾たちの姿を確認できたはずだ。だからこそ、一方が二人を襲い、もう一方が弥生の加勢に入る。そう読んだのだが裏をかかれ、結界を強化する暇がなかった」
 鈴が忌々しそうに顔を歪めた。
 状況から見て、鈴の読みが正攻法だ。破れるかどうかも分からない結界を狙うより、省吾と風子を人質にする方がよほど成功率は高い。それをあえて捨てたのは、鈴を動揺させて隙を作り、弥生を省吾たちの元へ行かせる狙いだったのだろう。現場に到着して指示を出したはずだから、それが渋谷なら、鈴が言う通り頭が切れるタイプだ。
 だが、結果論で言えば、鈴の裏をかく作戦が裏目に出た。結界が破られなければ、雪子と影唯は隔離されたままで、省吾と風子はどうなっていたか分からない。さすがに鈴や精霊が助けただろうが、ほんの一瞬が命取りになる。敵側は影唯の実力を知らなかっただろうから、油断したか、もしくは、弥生ならと思ったか。
 志季が眉間に深い皺を刻んだ。
「でもそれってさ、結界を破れるって確信がねぇと、やろうと思わねぇよな」
「例え失敗したとしても、先程の作戦に変更すればいいだけの話しだ。それに、怜司程度の実力だと言うたであろう。巨大なハリネズミのような無数の触手に、二人の怜司から攻撃されたと考えろ」
 鈴に言われて、大河と志季が宙に視線を投げた。一方、小首を傾げる柴と紫苑に、宗史が携帯で検索をかけて画像を見せる。これはまた奇怪な、これがネズミなのか、と二人が驚いた顔で画面を覗き込む。
 巨大なハリネズミと二人の怜司から攻撃――。想像した瞬間、大河は全身を粟立たせ、志季は遠い目をした。
「まあ、破れそうっちゃ破れそうだけど……つか、巨大なハリネズミがきっついな。転がって来られたら死ぬ気で逃げるしかねぇじゃねぇか」
「俺は怜司さんが嫌……」
 樹でないだけマシだが、怜司も嫌だ。違う意味で戦慄する二人に、鈴がそうだろうと言いたげに頷き、宗史と晴は苦笑いだ。
「まあ、悪鬼がいたとはいえ、鈴の結界を破るくらいだ。怜司さん程度という見解はあながち間違っていないかもしれないな」
「だな。つーかお前、杏といい、そんな奴にばっか当たるな」
 晴が不憫そうな眼差しを送ると、鈴は心外と言いたげに顔を歪めた。
「見くびるな。奴との一戦や昨夜は、状況が悪い。街や集落に被害を出さずに戦うとなれば、力を制限し、周囲に気を配らねばならん。気にしなくてよいのなら、もっとまともに戦えていたぞ」
 勝てる、ではなく、まともに、と言った。周囲を気にすることなく戦ったとしても、勝てると言い切れないのか。柴や紫苑、鈴でさえも勝算が低いなんて。
 しかし、次こそは何としてでも仕留める、と心強い台詞を吐いて目を据わらせた鈴に、軽い笑いが起こる。
「何となくだが、敵側の力量が分かってきたな」
「満以外、相変わらず属性は分かんねぇけどな」
「昴の件がある。安易に決めない方がいい。しかし、先日の志季の報告もそうだったが、確かに玖賀真緒は少し幼いように思えるな」
「だろ?」
 志季が心持ち身を乗り出した。
「大河と同じ年くらいだと思うんだけど、いやまあこいつも大概ガキっぽいけどさ、妙に無邪気っつーか……どういえばいいんだろうな。強烈な殺意とか敵意があるようには見えなかったんだよなぁ」
「同感だ」
 鈴が同意し、大河は思案顔の志季をじろりと睨んだ。余計なことを。確かにその自覚はあるが、ここでいちいち掴みかからなくなったことを評価していただきたい。
「お前たちの印象を踏まえると、やはり攻撃の指示を出したのは渋谷と考えるべきだな」
「おそらく」
「となると、首謀者は道元、現場での司令塔は満流、補佐に昴と渋谷といったところか。玖賀真緒については、玖賀家の内情が分かっていないから断定はできない。玖賀家も共犯という可能性があるからな」
 あ、そっか。大河は口の中で呟いた。
 雅臣たちが失踪という扱いになっているから、真緒もそうなのだろうと勝手に思っていたが、その可能性もあるのだ。玖賀家は犬神を使役していた節があるし、真緒も犬神を連れていた。土御門家への復讐やこの世への恨み以外で、何らかの目的があって協力しているとすれば、真緒に殺意や敵意がなくても不思議ではない。もちろん、これまでのパターン同様、何かしらの過去を抱えている可能性も大いにある。
 だから宗一郎は、すぐに玖賀家の調査へ向かわせなかったのか。今頃、尚たちが追加調査を行っているのかもしれない。
「では次。大河」
「あ、はい」
 大河は姿勢を正し、一連の流れを思い出す。口頭での報告は、まだたどたどしくはあるけれど、少しずつ慣れてきた。
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