第14話
文字数 841文字
無意識に、思い出さないようにしていたのかもしれない。
間違いなくあの声が耳に残っているのに、置き去りにされたという現実がある。思い出して、彼自らがそうしたと知るのが怖かった。
鬼代事件の最中だ。下平の意味深な言葉に、警戒せざるを得なかった。
それなのに、アヴァロンで再会した時、相変わらずだなと思った。智也と圭介は、警戒心を剥き出しにしているものの威嚇は下手だし、冬馬もまた、あの頃のままだった。
残る声と、現実。自分が見てきた彼と、知らない彼。
どちらを信じるべきか、分からなかった。
「樹ッ!」
「樹さんッ!」
――ああ、思い出した。
落下していく感覚に身を任せて、樹はふっと笑みを浮かべた。
あの時はもう、瞼を開く力さえ残っていなかった。しかしここで完全に閉じてしまったら最期だということは、増していく寒気で分かった。
うっすらと開いた視界は、靄がかかったように白かった。けれど、良親と智也と圭介に引き摺られながらも、自分の名前を呼ぶ冬馬の必死の形相が、確かにそこにあった。
一旦閉じて、気力だけでもう一度開けた。
見えたのは、良親が冬馬の腹に拳を入れている場面。動けなくなった冬馬を、智也と圭介が両脇から抱え上げて、背を向けた。その後ろで、良親がこちらを振り向いたまま去った。
置いて行かれた――。
自然と閉じてゆく視界に映る、遠ざかって行く背中。
胸に大きな穴が開いて、そこから何もかもがこぼれ落ちていくような喪失感。この世に一人取り残されたような孤独感。掴んだと思っていたものが、実際には何も掴んでなどいなかったと知った時の空虚感。
体も心も、空っぽになった。
もういいや。
もう、疲れた――。
諦めと寂寥に囚われた。母のことも、冬馬のことも。何もかも捨てて、もうこのまま朽ち果ててしまえば楽だと思った。
こんなことになって思い出すなんて。さすがに今度は助からない。
そう思った瞬間、信じられない光景が目の前に飛び込んできた。
間違いなくあの声が耳に残っているのに、置き去りにされたという現実がある。思い出して、彼自らがそうしたと知るのが怖かった。
鬼代事件の最中だ。下平の意味深な言葉に、警戒せざるを得なかった。
それなのに、アヴァロンで再会した時、相変わらずだなと思った。智也と圭介は、警戒心を剥き出しにしているものの威嚇は下手だし、冬馬もまた、あの頃のままだった。
残る声と、現実。自分が見てきた彼と、知らない彼。
どちらを信じるべきか、分からなかった。
「樹ッ!」
「樹さんッ!」
――ああ、思い出した。
落下していく感覚に身を任せて、樹はふっと笑みを浮かべた。
あの時はもう、瞼を開く力さえ残っていなかった。しかしここで完全に閉じてしまったら最期だということは、増していく寒気で分かった。
うっすらと開いた視界は、靄がかかったように白かった。けれど、良親と智也と圭介に引き摺られながらも、自分の名前を呼ぶ冬馬の必死の形相が、確かにそこにあった。
一旦閉じて、気力だけでもう一度開けた。
見えたのは、良親が冬馬の腹に拳を入れている場面。動けなくなった冬馬を、智也と圭介が両脇から抱え上げて、背を向けた。その後ろで、良親がこちらを振り向いたまま去った。
置いて行かれた――。
自然と閉じてゆく視界に映る、遠ざかって行く背中。
胸に大きな穴が開いて、そこから何もかもがこぼれ落ちていくような喪失感。この世に一人取り残されたような孤独感。掴んだと思っていたものが、実際には何も掴んでなどいなかったと知った時の空虚感。
体も心も、空っぽになった。
もういいや。
もう、疲れた――。
諦めと寂寥に囚われた。母のことも、冬馬のことも。何もかも捨てて、もうこのまま朽ち果ててしまえば楽だと思った。
こんなことになって思い出すなんて。さすがに今度は助からない。
そう思った瞬間、信じられない光景が目の前に飛び込んできた。