第3話

文字数 2,311文字

「話しを戻そう。杏に実力については、そう報告しておく。満流に関しては、楠井家を探れば何か出てくるかもしれない。では次。柴、皓から何か情報は?」
「ああ、得られた――」
 皓から二人への要求はともかく、こちらもまた気になる謎を残してくれたものだ。
「皓の動向はともかく、公園の襲撃はやはり隗の独断か。しかも、お前たちを裏切った理由が関わっているかもしれないと」
「そのようだ」
 うーんと一同から悩ましい声が漏れる。公園襲撃事件と裏切った理由。どこをどうすれば繋がるのかさっぱりだ。
 晴が難しい顔で言った。
「そのうち分かるってことは、何かやらかすつもりだよな」
「多分な。あるいは、例の日に何か仕掛けてくるか。だが、柴たちにも頑なに話さなかったんだろう。ここで自ら匂わすような事件を起こすとは考えにくいとも思うが」
「あーまあ、確かにそうだな。つーか、隠す意味があんのかよ。ほんっと面倒臭ぇなぁ」
 晴が渋面を浮かべて嘆息混じりにぼやくと、宗史が何か閃いたように振り向いた。
「ん、何だ?」
「いや……、まさかな」
「お前もか! あのなぁ」
「分かった、悪かった。話す」
 ずいっと迫った晴に即座に折れると、宗史は少々言いづらそうに口を開いた。
「あくまでも想像だ。何の確証もなければ根拠もない」
 そう前置きをして語られたのは、あまりにも突飛で突拍子のない話しだった。けれどもしそうなら、これまでの隗の不可解な行動の謎が解ける上に、隠す理由も頷ける。しかし。
「まあ、確かに有り得ねぇ、とは……」
「うん……」
 大河、晴、柴、紫苑がそれぞれ困惑顔を見合わせる。大河は志季と鈴を交互に見やった。
「有り得るの?」
「俺らが否定しちゃ駄目だろ」
「私は否定せんぞ」
「だよねぇ……」
 信じたい、とは思う。そう願ったこともある。けれど、現実的に考えると、どうも素直に頷き難い。
「お前、何でそんなこと思い付いたんだよ」
「日記を読め」
「似たようなことがあったのか?」
「読めば分かる。と思う」
 何故か曖昧だが、教える気はないらしい。意地でも日記を読ませる気だ。晴は諦め顔で柴を見やった。
「解釈は、人それぞれだ」
 やはりヒントは日記にあるらしい。お前らはよぉ、と呆れ気味にぼやいて肩を落とした晴につられるように、大河は溜め息をついた。ここまで言われると日記が気になるではないか。
「それはともかく、続きだ。晴、昴は何か喋ったか」
 晴は気を取り直すように、一つ息をついた。
「いいや。何を聞いてもすかしたツラしてただけだ。あいつのあの顔、ちょっと腹立つな。実力はかなりのもんだと思うぞ。そういうお前は?」
「こっちもだ。実力は俺より上。腹立たしいことに、相当余力を残していたと思う。印象としては、そうだな……、人を苛立たせることが上手く笑顔が嘘臭い、何を考えているか読めないタイプだ」
 やけに言い切るな。笑顔が嘘臭いという意見には賛成だが、他の印象は対峙したからこその感想だろうか。大河は、どことなく憤然とした様子の宗史に目をしばたいた。
「ああいう一見無害そうな奴ほど、性格エグかったりすんだよなー」
「お前はそういう情報をどこから仕入れてくんの?」
 志季と晴が軽口を叩き、柴が鈴を見た。
「えぐかった?」
「エグい。語源は『えぐみ』だ。主に、残虐な、厳しいなどという意味で使われている」
 続けて紫苑が問うた。
「では、昨夜大河が口にしていた『やばい』とは?」
「危険、具合の悪いさま、不都合という意味だ。語源は盗人や香具師などの間で使われていた『やば』という隠語だ。江戸後期辺りにはすでに使われている。昭和の時代以降は、恰好悪い、凄いという意味でも使われ始めた」
 なるほど、と揃って頷いた柴や紫苑と一緒に、大河もへぇと感心の声を漏らす。式神の知識はどうなっていると言いたいほど博識な鈴にも驚きだが、そんなに古くから使われていたなんて意外だ。
「それはともかく」
 鈴が軌道修正した。
「他には?」
「あとは、奴の霊刀が大河と同じ、童子切安綱だったことくらいか」
「え」
 杏の主が満流なら、実力が宗史より上であることは、悔しいが間違いない。それは想像できたけれど、まさか霊刀が同じだなんて。
「マジか。まさか昴から聞いてってことはねぇよな。真似する意味が分かんねぇけど」
「順番的には向こうが先らしい。偶然だ。それに、同じ刀を具現化してはいけないという決まりはない」
 大河は成り行きだったが、茂たちの話しを聞く限り、何を具現化するかは術者の好みだったり、いわくだったりと様々だ。ならば満流は、どんな理由で童子切安綱を選んだのだろう。
 宗史が続けた。
「もう一つ。菊池について気付いたことがある。奴は社に張った結界を、悪鬼を使って破った。あれは中級の下の結界だ。つまり、奴の実力は中級の下の結界すら破れない、あるいは、破るのに時間がかかる程度。悪鬼を取り憑かせているのは、おそらく実力不足を補うためだ。比較するなら、弘貴や春と同等。上だとしても、大した差はないだろう。二人が独鈷杵を扱えるようになれば、勝算はある。ただし、悪鬼を取り憑かせている分、油断は禁物だ」
「それ、あいつらに話してやればモチベ……意欲が上がるかもな」
「ああ」
 運動が苦手で、茂に手も足も出なかったという情報はあっても、正確な実力を判断するには至らなかった。だが「中級・下の結界」という目安がそれを可能にした。弘貴と春平は同じ結界を行使できる。ということは、それを破れるだけの霊力を持っている、ということだ。
 大河は興奮気味に口角を緩めた。なかなか上達しない歯痒さはよく分かる。春平は問題がないようだったけれど、弘貴は確かに気合いが入りそうだ。
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