第11話

文字数 2,169文字

 町の中心地を抜けてすぐ、右手の道路脇に「元伊勢外宮」と記された小さな社号碑が見える。奥には二基の灯籠がぽつんと立っており、道が森へと続いているが封鎖されている。どうやら以前は豊受大神社の参道だったようで、森は鎮守の森らしい。さらに進んだ先の右手に石造りの大きな社号碑が建っていて、今はこちらが参道になっているようだ。
 車を走らせれば走らせるほど民家は減り、畑の面積が広くなる。見慣れた風景ではあるが、山に囲まれている分、向小島の方が視界は開けている。
 やがて、「皇大神社」と彫られた社号碑が建つ二股の分岐点に到着した。雨風に打たれたせいか、全体的に白っぽくなっていて読みづらいが、それが逆に歴史を感じさせる。あとは左の宮津街道を道なりだ。
 車一台分しかない緩やかな上り坂を、徐行でゆっくり進む。野菜を抱えた年配者と一人、すれ違った。
 午後六時。確か、神社は二十四時間参拝自由だが、授与所や社務所は閉まっているはずだ。それと、農家ならもう夕飯の支度をする時間。人の姿をあまり見かけないのは、そのせいだろう。
集落に入ってしばらくして、大河は小首を傾げた。道の両側に民家が軒を連ね、その裏手には畑が広がる、一見田舎ののどかな風景なのだが。
「この辺の家、なんか変わってるね」
「ああ、俺もさっきからそう思っていた」
「やっぱり? 妙に横に長いよね。窓の数も大体一緒だし、なんか意味があるのかな」
 よく見る綺麗な一軒家もあるが、ほとんどが横長の木造二階建てなのだ。しかも二階の高さが低い。大河たちから見ると、手前から玄関、掃き出し窓と並んでいて、窓の数は八枚。ほとんどの家がそんな造りになっていて、しかも道路に面しているので、カーテンが閉め切られている。
「明治時代まで、この辺りには宿屋や土産物屋が並んでいたそうだから、その名残なのかもしれないな」
「ああ、そうかも」
 この辺りは、徳川の時代には参勤交代の通路になっていて、かなり栄えたそうだ。けれど、一見しただけではそこまで古い建物には見えない。改装や改築をしたのか、先人に倣ってあえてこういった造りにしているのか。
 当たっているかどうかはともかくとして、可能性としてはありだ。なるほど、と大河は納得して前方へ視線を投げた。
 神社近くの駐車場は、終日五百円。短時間なら高いが、上限が決まっているため時間を気にせずゆっくりお参りするには安い値段だ。車を入れ、徒歩で参道へ向かう。宮津街道は駐車場の奥で左に折れ、岩壁に建つ天岩戸神社へと続くのだが、残念ながら今日は素通りする。
 やっぱり玄関に八枚の掃き出し窓が並んだ二階建ての民家の前を通り過ぎ、どん詰まりにあるのが元伊勢内宮皇大神社の表参道だ。真ん中に手すりが備え付けられた、自然石の石段が延々と続いている。
 大河はわずかに眉を寄せた。神社のホームページの境内案内図と、一般の人の旅行ブログをざっと確認したが、距離三百メートル、二百二十段とあった。
「二百かぁ……」
 距離は大したことないが、段数が多い。顔を歪めた大河を置いて、宗史と左近はさっさと階段を上る。引っ張られるようにして、二人のあとに続く。
「この程度ならどうということもなかろう」
 立派な社号碑を横目に、左近が溜め息交じりに言った。
「そりゃ、左近はそうかもしれないけどさぁ」
 裏山とこちらでは、どちらが楽だろう。
「訓練だと思え。無駄口を叩いていると、余計に辛いぞ」
「はーい」
 ここは良い子の返事をしておく方が得策だ。左近の指摘を素直に受け入れ、大河は黙って足を動かした
 もういい加減飽きた蝉の声を聞きながら、S字に曲がった石段を黙々と上る。突如、右側の斜面の上、木々の隙間から建物が覗き、目の前に石造りの鳥居が現れた。一の鳥居だ。左側は何もなく、開けている。
 まだ標高が低いため絶景とまではいかないけれど、ぐるりと山に囲まれ畑が広がる光景はやっぱりのどかだ。数時間後、こんな場所で戦いが始まるなど信じられない。
 一の鳥居の前で一礼し、数段の階段を上ると、先程ちらちらと見えた建物がお目見えした。ガラスがはめ込まれた格子の扉に掲げられているのは、菊の花を図面化した菊花紋章(きくかもんしょう)。脇に「天皇神道 授与所 社務所」としたためられた木製の看板が取り付けられている。何故か神社のホームページには載っておらず、一般の人のブログには載っていた。
 宗史と左近は、ちらりと横目に見ただけで通り過ぎた。扉が閉まっていて、人の気配もないけれど。立ち止まりかけて、大河は慌ててあとを追った。
「いいの?」
「ああ。皇大神社とは別の宗教だ」
「え、そうなんだ」
 境内図にも授与所兼社務所が載っていたから、珍しく二カ所あるのかと思っていた。
「何で敷地内に別の宗教の社務所があるの?」
「昔、色々あって揉めたらしい」
 さらりと返ってきた答えは、端的すぎて分からない。神社の揉め事と言えば後継者問題くらいしか思い浮かばないが、背中がこれ以上突っ込むなと言っているようで、大河は「ふぅん」と曖昧に相槌を打って口を閉じた。よく分からないけれど、大変だったんだなと思うことにする。
 二百二十段と知った時には驚いたが、幅が広く勾配は比較的緩やかだ。階段と平坦な道が交互に続いているようで、思ったより辛くはない。これなら裏山の方がしんどかった。
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