第14話

文字数 1,987文字

 木製の引き戸は四枚。ところどころ黒ずんでいて、下部の三分の一が板張り、上部は格子状に板が組まれ、すりガラスが嵌め込まれている。表札は出ていない。ドア枠の上にはくすんだ丸い電球が取り付けられ、こういうのをレトロというのだろうが、今の状況では懐古以上に不気味さの方が勝っている。
 五人と二体は、今から犯人の家に突入するかのように左右に分かれた。栄明が真ん中の二枚の扉のうち、右側の取っ手に手をかける。わずかに横へ引くと、難なく扉が動いた。
 尚、あるいは紺野たちが来ると予測して、わざと開けっぱなしにしていたのだろう。単に尚の正体を探るための餌なのか。それとも、何か罠でも仕掛けられているのか。何にせよ。
「皆さん、注意してください」
「はい」
 神妙な熊田たちの返事を聞いて、栄明はゆっくりと扉を引いた。カタカタと小刻みに揺れながらレールの上を滑った扉の隙間から、こもった熱気が流れ出てくる。半分ほど開いたところで水龍と朱雀が滑り込み、しばらく様子を伺う。
「大丈夫そうですね」
 栄明がそう判断し、扉を引き開けた。紺野も反対側から開ける。
「こりゃあまた、レトロだな」
 熊田と紺野と栄明が懐中電灯で中を照らすと、下平が感嘆を吐いた。
 コンクリート打ちっぱなしのタタキ。右手には古びた木製の靴箱。高い上がり框の下に沓脱石が設置され、土壁に照明のスイッチが埋め込まれている。装飾品は一切ない。横長で、五人が余裕で入れるほどの広さがある分、とても簡素に見える。上り框の向こう側は、敷居があるのでおそらく障子で間仕切りができるのだろうが、今は開け放たれている。さらに、廊下を挟んだ正面には四枚の障子。使いが廊下の奥から戻ってきた。ひとまず問題はないらしい。
 何かあった時すぐに脱出できるよう玄関扉を全開にして、熊田たちはフットカバーを履いた。
「暑さもそうですけど、ちょっと埃臭いですね」
「ああ。あと土の匂いがすげぇな」
「結構な期間、閉め切られたままのようですね」
 佐々木、熊田、下平が感想を漏らす。先に上がった紺野と栄明が、正面の障子を左右へそろそろと開いた。懐中電灯で中を照らし、ほっと安堵する。こちらも何もなかったようだ。
 上がり框に足をかけたとたん、ぎしっと大きく床板が鳴り、熊田はぴたりと動きを止めた。隣では下平も同じ体勢で固まっており、互いに顔を見合わせて空笑いを交わす。やっぱりダイエットしよう。紺野と佐々木の白けた視線と、顔を逸らした栄明の震える肩がいたたまれない。
 廊下は左右に分かれ、右は突き当りに部屋があるので、正面の部屋の側を奥へと伸びているのだろう。左はそのまま奥へ真っ直ぐ続いている。
「どうしましょうか。分かれますか」
 紺野が左の廊下の奥へ視線を投げながら言った。
「時間が惜しいとは思うが、全員で行動する方が安全だよなぁ……」
 下平が悩ましい声で唸る。犯人たちは、この期に乗じてこちらが楠井家を探ることくらい分かっているはずだ。となると、犯人があれで全員なのかまだ分かっていない以上、時間をかける余裕はない。明たちの助けはないのだ。ならば手分けをして短時間で捜索するのが正解だが、いかんせん特殊な現場だ。栄明が言った。
「皆さんは使いと行動してください。私は一人でも大丈夫なので」
「いやでも……」
 確かに、栄明なら悪鬼がいれば対応できるし、今のところ異常はなさそうだ。しかし、どんな仕掛けがあるか分からない。いくら術が使えるとはいえ一人は危険なのでは。紺野が困惑の表情を浮かべると、栄明はにっこり笑ってジャケットの内ポケットに手を入れた。
「これでも陰陽師の端くれです。霊刀も使えますし、大丈夫ですよ」
 得意げに独鈷杵を引っ張り出す。
「霊刀が使えるんですか」
「一応。明たちほど得意ではありませんが、調伏するくらいはできます」
 熊田たちがそれぞれ顔を見合わせた。そういえば、栄明がどの程度の実力なのか聞いていない。だが、霊刀が使えるのならば。
 下平が言った。
「分かりました。では、この部屋をお願いできますか」
「はい」
 先程覗いた正面の部屋だ。何かあれば、すぐに外へ逃げられる。
「紺野は俺とこっちを。熊田さんと佐々木さんはそっちをお願いします」
 紺野たちは廊下の左、熊田たちは右だ。了解、と声を揃えると、下平は頭上を旋回する使いを見上げた。
「えーと……」
 どっちでもいいんだが、と口の中で呟くと、朱雀がすいと滑って下平の肩に止まり、水龍は熊田と佐々木の頭上へ移動した。
「……よく分からんが、まあそういうことで」
 曖昧にまとめた下平に、熊田と佐々木と栄明が笑いを噛み殺し、紺野は困惑顔だ。確かに、何を基準に決めたのか分からないが問題はない。
 下平が一つ咳払いをして、気持ちを切り替えた。
「では、行きましょう。気を付けて」
 下平の号令に頷き、各々割り当てられた場所へと散っていく。
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