第4話

文字数 2,600文字

「ところで」
 大事そうに桐箱を抱えた美琴と共に、ダイニングテーブル組が席に戻った。千作が晴から風呂敷を受け取りながら、改めて視線を走らせる。
「やはり、昴じゃったか」
 その一言に、宗一郎と明以外の全員が目を丸くして千作を凝視した。やはり、と言ったか。
「父さん、どういう意味ですか?」
 宗史が間髪置かずに問うた。
「そう深刻な話ではない。内通者の判別に、少し協力してもらっただけだ」
「偶然じゃがな」
 話しが見えない。仏具師が、どうやって内通者の判別ができるというのだろう。揃って怪訝な顔をする。
「昴のサンプルの選び方に、少し違和感を覚えただけじゃよ。美琴ちゃん」
「あ、はい」
 突然名指しされ、美琴は驚いた様子で一度瞬きをした。
「サンプルをいくつか試した時、何を基準にした?」
「基準、ですか……? ほとんど勘です。サイズや形は選びましたけど」
 美琴の答えに、千作は満足そうに頷いた。
「あのサンプルの持ち主はな、全部美琴ちゃんと同じ水属性の術者じゃ」
「え」
 美琴が思わず桐箱に目を落とした。
「他の者もそうじゃ。皆、同じ属性の術者が使っていたサンプルを試し、選んでおる。装飾は別として、大きさや形が似通った物があったじゃろ。あれらの大きな違いは、持ち主の属性じゃ」
 そういえば、弘貴たちの訓練用の独鈷杵にサンプルを使った理由は、似通った物があるから、という理由だった。サンプルから大きさや形を選んでいるのなら、不思議なことではない。もちろん微妙な調整はするのだろうが。
「大きさや形が似通っている物が多く並んでいるにも関わらず、同じ属性の術者が使っていたサンプルを手に取る。おそらく、お前たちは無意識に感じ取っておるんじゃよ。独鈷杵に残った術者の霊力をな」
「霊力って……、それ有り得るの? だって、大昔の独鈷杵もあるよね。霊力なんて、そんなに長く残るものじゃないでしょ? 霊符を使った結界ですら定期的に張り直さなきゃいけないのに」
 御霊塚の結界もそうだった。訝しげに問うた樹に、千作はいやいやと首を横に振る。
「独鈷杵は、欠けたりすることはあっても、よほど乱暴な使い方をせん限り滅多に壊れん。例えば、(とお)で作って六十まで使ったとするじゃろ。その五十年間、術者の霊力を注ぎ込まれ、具現化し続ける。物というのはな、長く使えば使うほど、人の思念が宿りやすい。それが陰陽師の法具となればなおさらじゃ。直接霊力を受け、かつ常に術者と共にある。術者の方もまた、愛着くらい湧くじゃろ。当然薄れはしておるじゃろうが、有り得んとは言い切れん。実際、お前たちが選んだサンプルは同じ属性の術者が使っておったものじゃしな」
「ふーん、なるほどねぇ。確かに、愛着はあるかな」
「いつも手元にあるものね」
「僕、持ってないとちょっと落ち着かないんだよねぇ」
「ああ、分かります。何か物足りない感じがしますよね」
 樹、華、茂、怜司がそれぞれ口にした。確かに、いつ何があるか分からないから、肌身離さず持ち歩くように気をつけてはいるし、大切に使おうとは思うけれど、忘れたからといって物足りないと思うまでの愛着はまだない。そんな大河と比べて、彼らにとってはもう体の一部なのだろう。それだけ、陰陽師にとって独鈷杵は大事なものなのだ。
 では、影綱の独鈷杵はどこにあって、どうしてそんな大切なものを隠したのだろう。
 ふと、影唯から連絡がないことに気付いた。結局見つからなかったにせよ、影唯なら連絡くらいくれるはずだ。何かあったのだろうか。
「じゃが、昴だけは違った」
 千作が続けた。
「てんでバラバラのサンプルを選んで、終いには選び切れずに二日かかった。もちろん、最終的には大きさや形で選ぶ。数が多いとはいえ、手の大きさや指の長さ、感覚は人それぞれじゃ。別の属性の物でも不自然ではないし、合う物がなければ一から作る。そうしてサンプルが増えたんじゃからな。ただ昴の場合は、独鈷杵を扱えるほどの霊力があるにもかかわらず、あまりにも迷いすぎじゃった。よほど合う物がないのか、優柔不断な奴かと思ったんじゃが、ちょっと気になって属性を宗一郎に聞いたんじゃよ。昴は、水属性らしいな」
「違う属性の独鈷杵だったの?」
「ああ。火属性の物を選んだ」
 樹の質問と千作の答えに、一同神妙な面持ちになる。思案顔で宗史と樹が言った。
「ということは、もしかして昴の属性は火かもしれないな」
「そうなるね。今の千作さんの話しを知ってたとは思えないから、あれだけたくさんあるなら迷って当然って思ったのかも。最終的に勘で選んだのなら、可能性はある」
「属性が違ったからって、何か問題でもあるのか?」
 下平が口を挟み、樹が答えた。
「属性以外の術も使えるけど、威力が違うんだよ。相性があるから。属性以外の術なら、自然と威力が抑えられるから実力を隠しやすい。例えば、本当の属性が火だとするでしょ。でも僕たちには水だと思わせる。そしたら火属性の術を使わなくて済むから、実力がバレる確率がぐんと低くなる。もちろん訓練はするけど、その時だけ意図的に霊力を抑えればいい。それと、僕たちからすれば、水だと思い込んでるから、対峙した時に強力な火天を行使されるとちょっとびっくりする。昴くんの性格なら、水でも違和感ないしね。むしろ火属性の方が意外」
「要するに、目的は実力を隠すためだが、意表もつけるっておまけがあるのか」
「そういうこと」
「はー、なるほどなぁ」
 下平たち刑事組が、今日何度目かの感嘆を吐き出した。
「あくまでも可能性ですが、油断しないようにしましょう」
 宗史の締めに、はい、と大河たちが声を揃えた。
 宗一郎だけではない、明も知っていただろう。千作から昴の属性を聞かれ、同じように属性を偽っている可能性を考えた。その時は「ちょっと気になる」程度のものだったのかもしれない。けれど、鬼代事件が起こった。
 選択した独鈷杵が属性と違うからといって、内通者である決定打にはならない。大河が見た昴の部屋もそうだ。引っ掛かりはあるが、不自然とは言えない。だが、不自然ではないが、引っ掛かりはある。だからあえて言わなかった。先入観を持たせないために。
 大河はちらりと紺野を盗み見た。何でもない顔をしてずっと話しを聞いているが、内心は複雑だろうに。刑事だからなのか、それとも性格なのか。平然とした表情が、潔く覚悟を決めているように見えた。
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