第2話

文字数 2,463文字

「尚さんが来たのは、もしかして三日前ですか?」
 嵐の日だ。
「うん。こっちもすごかったよ」
「あれ? でも、さっき誰にも突っ込まれなかったよね」
「嵐で船を出せなくて、鈴ちゃんが迎えに行ったんだよ。車で来てたから、本土のパーキングに停めてもらったんだ。漁港の駐車場に停めると不審がられるから。帰るのも、夜に鈴ちゃんが送ってくれたよ」
「あ、そっか。あれだけ酷かったら無理だよね」
 鈴は変化できるから、海もひとっ飛びだ。あの日の夜は外出する人などいなかっただろう。帰りも夜はぱったりと人通りが途絶える。人知れず島へ入ったのなら、噂にならないはずだ。
「それにしても、御魂塚の回りを調べてからもあちこち探したんだけど、まさか神社だったとはねぇ」
「私も確認したが、何も感じ取れなかった」
 千作が言っていた。独鈷杵には、術者の霊力が多少なりとも残存していると。だが、わずかな霊力の上に隠されていたのなら、いくら式神とはいえ感じ取れなくても仕方がないのかもしれない。
 陰陽師にとって、独鈷杵は自分の体の一部のようなものだ。ましてやそれが晴明から賜った物なら、いっそ家宝と言ってもいい。人は、大切なものを隠す時は身近な場所を選ぶというが、影綱にとって神社はそのうちの一つで、宗一郎たちはそれを日記から読み取ったのだろう。
 はっきり書かれていなかったと言っていたのに。自分だったら分かっただろうか。
 読解力が違うな。密かに感心して、大河が言った。
「じゃあ、お社開けたの?」
「うん、外にそれらしい場所がなかったから。大丈夫、恵比寿様にはちゃんと謝っておいたよ。それでね、祭壇を開けて確かめたんだけど、大河が聞いた通り、ご神体は鏡だった。鬼代神社のことは聞いていたから、もしかして裏側に隠してあるんじゃないかと思ったんだけど――ご神体ってほら、一段高くなってる台に祀ってあるだろう?」
 あ、と宗史と晴と志季が察し、影唯が頷いた。
「そう。その中に隠せるよねって、尚くんが。ぱっと見ると開くようには見えないから、違うのかなって言いながらあちこち触ったんだ。そしたら、細工がしてあった。今みたいに複雑じゃないけど」
「細工?」
 晴が反復し、影唯が身ぶり手ぶりで説明する。
「うん。手前の板を左にスライドさせてから、上の板を右にずらして開けるんだ」
「へぇ、昔からそんな仕掛けが作れたんだ」
 宗史が言った。
「日本書紀に、からくりについての記録が残っている。初めてからくりが作られたのは、658年、飛鳥時代だそうだ」
「飛鳥時代!?」
 へぇ――、と大河と省吾が驚きの声を長く漏らした。飛鳥時代といえば、聖徳太子、小野妹子に遣隋使、仏教の伝来、冠位十二階の制定や憲法十七条の導入などが思い浮かぶ。中国まで渡るための造船技術があったにせよ人力だっただろうし、想像できない。
「意外だけどな、からくりという概念があったのなら、不可能じゃないと思うぞ。仕掛け自体は単純だし」
「そっか。柴と紫苑も知ってるもんね」
 二人がこくりと頷いた。そんなに昔からある概念ならば、二人が知っていて当然だ。何せ、平安京が遷都された時にはすでに生まれていたのだから。
「てことは、社を建てた宮大工もグルか?」
「おい、言い方」
 罰当たりな言い草をした晴に、宗史がすかさず突っ込む。晴が肩を竦め、影唯たちから軽く笑い声が漏れる。
「お社が建てられた年代は、正確に伝わっていないんだ。記録を残そうにも簡単に紙は手に入らなかっただろうし、日記にも書かれていなかった。もしかして、わざとかもしれないね」
「独鈷杵を隠すために、お社を建てた時期もわざと伝えなかったってこと?」
「そう。あるいは、お社自体はもっと前からあったかもしれない」
「影綱が祭壇だけ作り直したか、利用した?」
「かもねぇ。その辺は、さすがに本人に聞かないと分からないけど」
「だとしても、よく千年以上も見つからなかったよね」
「さすがにお社は何度か修繕してるだろうけど、祭壇自体はないんじゃないかな。見た限り相当古いものだったし。今でも定期的に点検はしてるけど、それまでもちゃんと手入れされてきた証拠だよね」
 そうまでして、独鈷杵を隠す理由が分からない。攻撃系の術といい、日記を読んだ宗史は知っているのだろうが、果たして答えてくれるかどうか。何せ、宗一郎が読めば分かると軽く流した上に、読むようにと言われている。
 答えてくんないだろうな。恨めしげに見やると目が合い、宗史がこてんと小首を傾げた。
「それでね」
 続けた影唯に頭を切り替える。
「中に収められてた物なんだけど、宗一郎さんと明さんから……聞いた? かな?」
 すでに察しているような曖昧な問いに、揃って眉をひそめる。嫌な予感がする。
「独鈷杵が見つかったとは聞きましたが……、まさか、他にも何か見つかったんですか」
 訝しげに問うた宗史と一緒に、大河たちがさらに眉根を寄せる。影唯が苦笑した。
「実はそうなんだ」
 肯定したとたん、一斉に溜め息が漏れる。志季が苛立ったように頭を掻いた。
「あいつらの隠し癖どうにかなんねぇのか。いい加減腹立つ」
「同感だ」
「俺もー」
 宗史と晴が声を揃え、大河がうんざり顔で便乗した。柴と紫苑も若干呆れ顔だ。しかし、ここでぶつぶつ言っても仕方がない。
「それで、何が見つかったの?」
 さっさと気を取り直して大河が話しを戻す。
「一つは、攻撃系の術が記された文献」
「えっ!」
「マジか」
「本当ですか」
 驚いて身を乗り出した大河に続いて、晴と宗史も目を丸くした。
「間違いないよ。古語が読めなくても、さすがにあれは分かる。鈴ちゃんと尚くんにも確認してもらった」
 一斉に視線を浴びた鈴が、深く頷いた。
「間違いない。攻撃系の術が全て記されてあった」
 以前、茂が言っていた。大戦に参戦していたのなら、攻撃系の術も行使できていたはずだと。影綱は、伝える気がなかったわけではないのか。
 独鈷杵に、攻撃系の術。
 影綱は、一体何のために隠したのだろう。何故、隠す必要があったのだろう。
「それと、もう一つ――」
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