第1話

文字数 2,443文字

「……一人息子?」
「そうだ」
 宗史が溜め息まじりに頷いた。
 栄明の正確な年齢は知らないが、栄晴の弟なら自分たちの親世代であることは間違いなく、子供の一人や二人いてもおかしくない。宗一郎は昨日、栄明も陰陽師だと言っていた。ということはつまり、尚も陰陽師であり、かつ協力していても驚くことではないのだ。
 しかし、これまで姿を見るどころか一度も話題に上がっていないのはおかしくないか。それに、宗史たちのこの反応。志季の物騒な台詞といい、どう見ても歓迎しているように見えないのだが。もしや人柄に問題アリなのだろうか。
「その反応、めっちゃ不安になるんだけど。どんな人なの?」
 尋ねるや否や、宗史と晴と志季はさっと視線を逸らした。大河は訝しげに眉を寄せ、鈴に目をやる。すると鈴はじっと大河を見据えたあと、言った。
「気にするな」
「気にするわ!」
 涼しい顔で何言ってんだこの式神は。思わず長い溜め息が漏れる。
 実のところ、鈴とはあまり言葉を交わしたことがない。賀茂家で一緒に食事をしたし、会合の時はいつもいたけれど、明の側に控えていてあまり口を開かなかった。来た時といい食事の時といい、閃と同じく寡黙な印象だったが、こんな感じなのか。
「省吾は会った?」
 気を取り直し、他人事のようにけらけら笑っていた省吾に尋ねると、不自然なほどの満面の笑みが返ってきた。
「会った。面白い人だったぞ」
 信用ならない。胡乱な目をする大河と同じように、柴と紫苑も訝しげに眉をひそめた。この、どこぞの当主二人を思い出させる笑顔は絶対に何かある。自分の周りはこんな奴ばっかりか。
こうなると省吾は絶対に口を割らないのは重々承知している。ならば影唯だ。
「どういう人?」
「えーとね」
「楽しい人だったわよ」
 言葉を被せた雪子の声には、妙な威圧感があった。影唯が口を開けたまま固まり、目を逸らして観念したように閉じた。まさかとは思っていたが。
「……口止めされてるだろ」
 あえて誰にと言う必要はない。目を据わらせた大河に雪子はうふふと笑い、影唯は少し困った顔をした。
 宗史たちは言いたくなさそうだし、省吾たちは当主二人の圧力がかかっている。おそらく風子とヒナキも会っているだろうが、同じだろう。こうなったら誰に聞いても無駄だ。あの二人が口止めをした理由なんか、今さら聞く気にもなれない。
 全身で溜め息をついた大河に代わって、紫苑が呆れ気味に口を挟んだ。
「さしずめ奴らの戯れであろう。いずれ分かる」
 すでに当主二人の性格をよく理解している。確かに紫苑の言う通りだ。あの二人は何かにつけて面白がる傾向がある。事件に関わっているのなら、そのうち会えるだろう。
「それより、その尚という男は信用してよいのだな?」
「ああ。それについては問題ない」
 それについては。意味深な答えだが、ここはスルーだ。
「樹さんたちは知ってるんだよね?」
「いや、知らない」
「は?」
 待て待て。どういうことだ。土御門家の人間で栄明の息子なら、会合に一度や二度参加したことがあるだろうし、寮にも行っているだろう。
 晴が溜め息をつき、しぶしぶといった様子で言った。
「ちょっと色々あってな、今は神戸に住んでんだよ。滅多に帰って来ねぇ……から、あいつらも知らねぇし、俺らも話してねぇ」
 なるほど、寮で話題にならないわけだ。おかしなところで詰まったが、こちらもスルーする。
栄明の息子で、神戸に住んでいて、滅多に京都に帰って来なくて、樹たちも知らない人。妙な反応は気になるが、信用できると言うなら大丈夫だろう。
「要するに、尚さんが裏でこっそり色々動いてたんだ」
「みたいだな。おそらく、楠井家や玖賀家の調査にも関わっている」
「俺らもさ、調査の指示がなかったからまさかとは思ってたんだよ。ほんとにあいつが動いてたとはなぁ」
 突っ込みたくなるからうんざり顔はやめて欲しい。大河が恨めしげに晴を睨んでいると、不意に柴が口を開いた。
「一つ、よいか」
 視線が集まる。
「その尚という男が土御門家の人間ならば、氏子らも知っているのだろう?」
「あ、そうか」
 草薙だ。土御門家を断絶させようと企んでいたのなら、草薙から敵側に情報が漏れている。それでも調査などであちこち動いていたにも関わらず無事だったということは、運よく見つからなかったか、あえて見逃されたかのどちらか。
 閃いた顔をした大河とは反対に、宗史と晴は悩ましい顔をした。
「確かに、草薙から伝わっている可能性はあるが、尚さんの今の住所までは知らないだろう。写真の類もない」
「あいつ、ガキの頃からほとんど会合に来てねぇから、氏子連中は顔なんか覚えてねぇだろうな。参加する義務もないし」
「ああ。特に代替わりをしてからは一度も顔を見せていない。特徴も分からないと思う」
「つまり、尚さんの存在は知られてるかもしれないけど、探せないってこと?」
「そういうことだ。敵側からしてみれば、例え知っていたとしても、顔が分からない上に事件に関わっているかいないかも分からない。余計な警戒を強いられるから、厄介だろうな。それを踏まえて尚さんに調査を任せたんだろう。ちなみに、椿も尚さんのことは知っているが、会ったことはない」
「えっ、そうなの?」
「ああ。俺たちも、何年も会っていないからな。だから情報が漏れることはない」
 寮の皆にも知られておらず、氏子らにも覚えられていない。しかも京都にいない。レアキャラか。
「なるほど、伏兵に適任というわけか」
 納得した柴に、宗史と晴が頷く。宗一郎たちも万が一を考えているだろうから、実力は心配いらないのだろう。
 それにしても。大河が上目遣いで睨むと、影唯は申し訳なさそうに笑って肩を竦めた。鈴のことといい、隠し事が苦手だと言っていたのはどこのどいつだ。とは思うけれど、昴もいたし、宗一郎たちからの指示を断れない気持ちはよく分かる。省吾たちはともかく、影唯は後ろめたかっただろう。
 しょうがないか。大河は苦言の代わりに溜め息を吐き出した。
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