第15話

文字数 3,780文字

 二人が席につくと、宗一郎は改めて口火を切った。
「では始めよう」
 皆の視線が集中する。
「藍と蓮がいなくなった経緯は華と夏也から聞いた。晴と大河、それと志季以外で、報告事項がある者はいるか?」
 ダイニングテーブルの方へ視線を投げると、皆が一様に首を振った。
「では」
 ついと宗一郎に視線を向けられ、大河は背筋を伸ばした。
「大河、報告を」
「は、はい」
 こうして報告を促されるのは初めてだ。会合の時は明の質問に答えるだけだったから、数には入らない。大河は視線をローテーブルに落とし、あの時の状況を思い出す。しばらくして、ゆっくりと口を開いた。
「晴さんと、三階建てのアパートの周辺を探している時でした――」
 書き換えが可能な文章とはまた違う。状況をできるだけ正確に詳細に、かつ分かりやすく人に言葉で説明することがどれだけ難しいかを、改めて知った。たどたどしく、時折詰まる説明を、全員が真剣に我慢強く聞いてくれていた。少年とのやり取りの部分では、正直迷った。けれど、茂の言葉を思い出して隠さずに伝えると、宗一郎と明と陽、華と夏也は意外そうに目を丸くした。
「――以上です」
 柴が現れた時から悪鬼の中での状況、そして神社を立ち去る時までの流れを何とか説明し終わった時には、二十分ほど経っていた。
「分かった。では次、晴」
「はい」
 すんなりと話しが進み、大河は安堵のため息と共に、無意識にいかり肩になっていた肩から力を抜いた。けれどまだ終わっていない。以前宗史に注意されたことを思い出し、大河は晴の報告に耳を傾けた。
 それは紫苑から忠告めいた言葉を告げられた後の出来事だった。藍と蓮のことで頭が一杯で、柴と紫苑はあの後どうしたのだろうと思い出したのは、帰り道の途中だった。ごめん二人ともせっかく教えてくれたのに、と決して口に出せない反省を頭の片隅でする。
「――後は、志季に後を追わせた。以上」
「分かった。では、志季。その後どうした?」
 晴の後ろに控えていた志季に視線が集まる。
「ひたすら追いかけた。比叡山までは追いかけたんだけどな、さすがに山に隠れられると探すの面倒だから諦めたぞ。引き離せって指示だったからな」
 追いかけすぎだろ、と晴が顔を覆って溜め息交じりにぼやいた。
「その間、攻撃してくる様子はなかったのか」
「ああ。あいつら逃げるだけで何もしてこなかったぜ」
「そうか、分かった。以上の報告を聞いて、何か質問がある者は?」
 皆を見渡しながら問うた宗一郎の質問に、手を上げたのは樹だ。
「質問は二つ。一つは、柴と紫苑が大河くんに双子の居場所を知らせたってことは、こっちの事情を知ってたってことだよね。つまり、僕たちを監視してたってことになる。その理由は? 二つ目は、先に双子を見つけていたのなら、食おうと思えば食えてたはずだよね。それなのにわざわざ居場所を教えた。あいつら何がしたいの。公園のことといい、敵なの? 味方なの? 宗一郎さんたちは何か知ってるんじゃないの?」
 率直な言い方に、藍と蓮が怯えた顔を見せた。
「樹っ、もう少し言葉を選んで」
「必要ないでしょ。力を行使したんだから、もう立派な陰陽師だよ。狙われる可能性が高くなる。子供とは言え、危険だってことくらいはきちんと把握させて分からせとくべきだよ。次も上手く助けられるとは限らないんだから」
 華の叱責を遮り反論する樹の意見はもっともだ。
 そうだけど、と納得がいかない顔で怯える藍と蓮に視線を落とす華に、明が口を開いた。
「華、僕も樹に賛成だ。これから先、何があるか分からない現状で甘えは許されない。藍と蓮には辛いかもしれないが、先程の大河くんの報告を聞く限り、あまり神経質にならなくてもいいと思う。もちろん君の気持ちも分かる。だから、これまで通り保護はしっかり頼む」
「……分かりました」
 口では了承しているがまだ納得し切れていない表情に、樹が呆れた溜め息をついた。
「それで? さっきの質問の答えは?」
 早々に話を戻した樹に答えたのは、宗一郎だ。
「まず、状況から見て、彼らがこちらを監視しているのは間違いない。藍と蓮の居場所を教えたことも、それだけを見るのなら協力的に思える。ただ、ならば何故監視する必要があるのか。こちらに協力する意思があるのなら、彼らにとって協力するメリットは何なのか。その意思がないのなら何が目的なのか、それが判明しない以上、彼らが敵なのか味方なのか、私たちにも分からない」
「ほんとに?」
 訝しげな視線を投げた樹に、宗一郎と明が苦笑した。
「本当だ。私たちにも分からないことはあるよ」
 至極無難な答えに樹はますます眉を寄せた。
「何だその目は。私たちはそんなに信用がないのか?」
「そういうわけじゃないけど、でもこの状況でしょ。分かんないことばっかりでイライラする」
 膨れ面をして腕を組んだ樹に、今度は怜司が呆れた溜め息をついた。
「それは皆同じだ、お前だけじゃないよ。他に質問がある者は?」
 一様に首を振った皆を確認し、宗一郎は続けた。
「では、一つ報告がある。樹と怜司が遭遇した事件についてだ」
 ぴくりと樹が反応した。続きは明だ。
「紺野さんたちに少し調べてもらった。現状では、犯人につながる証拠は何も出てきていない。報告通り防犯カメラには映っていたそうだが、顔をしっかり隠していて分からないらしい。引き続き捜査してもらっている。以上だ」
 あっさりと終わった報告に、皆が虚をつかれた顔をした。
「え、要するに何も分かってないってこと?」
「そうだ」
 平然と肯定した明に、樹が何それと呆れ顔を浮かべた。
「柴と紫苑から監視され、件の犯人の目的も分からない。全員、警戒を怠らないように」
 結局何も解決しないまま締められた話題に、はいと皆少々不満顔で返事をした。
 大河は背もたれに体を預け、テーブルに視線を落とした。
 樹と怜司が遭遇した件の犯人は、手掛かりが少なすぎて推理も仮定も立たない。正直なところ、それよりも気になるのは柴と紫苑の目的だ。こちらを監視していたのが明らかなことは分かる。ではいつから? 公園の事件だろうか。しかし、それならばもっと早く――。
「ああそうだ。大河」
「あっ、はい」
 突然の指名に弾かれたように視線を上げると、宗一郎と明がにっこりと微笑んでいた。だんだん慣れてきたぞこのパターン、とそろそろお約束になってきた展開に、大河は思考を戻して頬を引き攣らせた。
「お前も処分を受けてもらう。理由は分かるな?」
「はい。軽率でした、すみませんでした」
 当然の処置だ。素直に謝罪して深々と頭を下げると、ではと宗一郎は告げた。
「今日、地天の術を教わったと聞いた。今日中に地天の真言を五つ暗記し、明日中に独鈷杵を会得しなさい」
「あ、はい。分かりました」
 すんなり了承した大河に、全員が目をしばたいた。
「おや、もっと渋ると思ったのだが。自信があるのか?」
 宗一郎が意外そうに首を傾げ、大河は頭を掻いた。そういうわけじゃないですけど、と前置きをして告げる。
「地天で、地面を揺らす術ってあるじゃないですか。今日、もしその術が使えてたらもっと早く助けられたんじゃないかなって思って。どのくらいの規模の現象なのか分からないので不安ですけど。あと、悪鬼に食われた時も。もし独鈷杵が使えてたら、もっと安全に脱出できたんじゃないかなって思ったんです。だから、真言は今日中にいくつか覚えようと思ってて。さすがに独鈷杵は自信がないですけど、やれるところまでやってみようかと」
 ほお、と宗一郎と明が感嘆の息を吐き、皆からも意外そうな声が漏れた。
「何だ、そうなのか。それなら処分にならないな。どうする? 明」
「そうですねぇ」
 実に楽しげな笑みを浮かべて再考する二人に、大河はしまったと顔を硬直させた。余計なことを言ったかもしれない。暗記を倍にされるとか、独鈷杵の会得を今日中になどという方向に変更されるとさすがに無理だ。
 先手を打っておかねばと口を開きかけた時、明が宗一郎に耳打ちした。そして、宗一郎は楽しげに頷いた。非常に嫌な予感がする。
「樹、怜司」
「え?」
「はい?」
 予想に反した名が呼ばれ、樹と怜司が不思議そうに返事をした。
「今夜の哨戒は休んでいい。明日、早朝より大河の訓練を集中的に見てやってくれ。明日中に会得できれば合格、できなければ新たな処分を追加する」
「げっ!」
「了解!」
 何やらおかしな条件が追加され、大河の慄いた叫びと樹の張り切った声が重なった。勢いよく樹を振り向くと、恍惚とした満面の笑みを浮かべている。一瞬にして肌艶が良くなったように見えるのは気のせいか。
「大河くん、ちゃんと会得してね。そうでないと僕の指導力も疑われちゃうから」
 ね、と可愛らしく小首を傾げて同意を求められても、脅迫されているようにしか見えない。プレッシャーで胃潰瘍になりそうだ。
「わ、かりました。精一杯やらせていただきます」
 楽しみだなぁ、とドS発言にしか聞こえない樹の台詞を聞きながら了承した大河の肩を、宗史が無言で叩いた。同情と憐れみと励ましが混ざった叩き方だった。
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