第20話

文字数 2,861文字

 大河が持ってきたお守り袋は、北原の分を含めた星柄四つ。交換しようかと思ったが、さすがにやめておいた。それと、宗史が描いたと思われる綺麗な護符が二枚。下平と北原の分だ。さらに宗一郎が用意していた護符は、熊田と佐々木の分を加えた四枚。
 お守り袋と護符を渡してすぐに庭へ戻る大河に礼を言い、それぞれ護符をしまう。
「二枚ずつですか?」
 と尋ねた紺野に、お前も二枚入ってるはずだぞと下平が言い、宗一郎が「内緒ですよ」といたずらっ子のような顔をして、その経緯をこっそり教えてくれた。
 そのあと下平が尊のことについて相談すると、宗一郎はこう言った。
「動かないと思います。茂さんに手も足も出なかったようですし、もともと運動が苦手なら、今の大河と大差ないかもしれません。となると、躍起になって訓練に集中するでしょう」
 一年を訓練に費やした雅臣と比べて大差ないと評価されるほど、大河のポテンシャルは高いらしい。けれど、廃ホテルでの戦闘を参考にするなら、彼はまだ素人の域を出ない。その程度なら、体術であれば紺野たちでも対応できる。けれど霊刀がある上に悪鬼もついている。悪鬼はともかく、霊刀の対応策はないものか。
「これも憶測にすぎませんが、例の日が近いですし、確率は高いかと」
 確かに、こちらが阻止に失敗すれば、そこでこの事件は幕引きになり、犯人たちにとっては目的を果たした記念すべき日になるのだ。それまでに、少しでも腕を上げておきたいと考えてもおかしくない。
 ひとまず動かないと結論付け、続けて前田の連絡先を伝え、智也の様子と冬馬に会うことを報告し、これから病院へ行くと告げて、寮を辞した。
「なんか、思ってたのと雰囲気が違ったな」
 病院へ向かいながら、熊田が運転席で苦笑した。
「あたしも思いました。もっとこう、堅苦しいというか、格式ばった感じなのかと思っていました」
「そうそう。意外と自由に発言してたよな。真面目な時とそれ以外の時の差がすげぇし」
 仏具師の千作を含め、それについて異論はない。真剣な時はとことん真剣なのだが、気が緩むととたんに雰囲気が変わる。廃ホテルでもそうだった。相変わらず真面目なんだかふざけているのか分からない。
「賀茂さんが進行役で、あとは好きに発言させてまとめるって感じでしたね。昨日の会合もあんなだったのか?」
 後部座席で隣から下平に話しを振られ、紺野はいえと小さく首を横に振った。
「初めて出席した時もそうでしたが、当主、特に明が話しを進めていました。どちらかといえば、勝手な発言は慎むといった雰囲気でしたね」
 思い切り発言していたが、そこは内緒だ。
「へぇ。寮の方は、自主性を尊重してるって感じか」
「そうだと思います。氏子の方は、会合というより報告会の意味合いが強いんじゃないですか?」
 なるほど、とそれぞれ呟き、ああそうだと佐々木が思い出した。
「美琴ちゃんのこと、茂さんに聞いてみましたよ」
「お、どうでした?」
 下平が食い付いた。
「今朝、樹くんがお説教したらしいです。もしあの時、美琴ちゃんが重傷を負っていたら、周りにどんな被害が出ても全員が全力で殺しにかかってた。そのくらい大切な仲間なんだ、自覚してって」
 発言自体は物騒だが、内容は実に仲間思いだ。ふ、と下平が吐息のような息を漏らして笑った。
「そうですか」
 微かに浮かんだ笑みは穏やかで、とても優しい。まるで、息子の成長を喜ぶ父親のそれと同じ。下平は頭を切り替えるように目を伏せ、すぐに開いた。
「会合中は喋らなかったですけど、独鈷杵を受け取った時は嬉しそうでしたね。あれが普通なんですか」
「みたいですよ。茂さんも、いつも通りですよって言っていました。ただ、あんなことがあったので気にかけているみたいですね」
「そうですか。それなら……」
 言いかけて、下平は自嘲気味に笑った。
「俺が気にしてもしょうがないと分かってるんですが……これも職業病なんですかねぇ」
 熊田がルームミラー越しに尋ねた。
「気になりますか? 大河と春平のこと」
「ええ、まあ。美琴もそうですが、相談する相手は回りにいるので、大丈夫だと思うんですが」
「明さんか樹くんに聞いてみては?」
 佐々木の提案に低く唸る。
「大河には宗史がいるみたいだし、春平にも弘貴がいますし……」
 会合や訓練の様子を見る限り、大河が一番信用を寄せているのは宗史、あるいは晴もだろう。ソファの座る位置といい、島で初めて会ったのがあの二人だったらしいから、自然な流れではある。春平は、同じ年で施設出身の弘貴と、姉がわりの夏也がいる。よほどのことがない限り、大ごとにはならないだろう。
 とはいえ、下平の危惧も分からなくはない。信用しているから、仲がいいからこそ話せないこともある。
「まあ、どうしても気になったら聞いてみます。それより、宗史と晴はやけに賀茂さんのことを疑ってましたけど――何なんだ、あれ」
 振り向いて尋ねられ、紺野は小首を傾げた。
「さあ、心当たりないですね」
 てっきりあの二人が調査をしたのだとばかり思っていたのに、まさか話しすらしていなかったとは。そもそも、栄明の友人に調査依頼していたことを隠す意味があるとは思えない。隠しているといえば、敵の狙いについてもそうだ。おそらくあれが、宗史が言っていた「事態が大きく動く」ことなのだろうが、こちらも隠す意味があったのだろうか。もしかすると、他にも何か隠しているかもしれない。
 あれか、当主二人は秘密主義か。それとも単に面白がっているだけか。紺野はこっそり遠い目をした。後者の方が確率的には高い。
 まあ、こちらに不利になるようなことはないだろうと、半ば諦めの息をつく。どうせ聞いても教えてはくれないのだ。ならば大人しく待つに限る。
「あっ」
 待つで思い出した。突然声を上げた紺野に、下平たちが大仰に体を震わせた。
「おい、いきなり大声出すな。事故ったらどうすんだ」
 ああびっくりした、とぼやいて熊田が長く息を吐き出す。
「すみません。近藤のこと忘れてました」
「あ」
 綺麗に間の抜けた声が揃った。全員忘れていたらしい。早く連絡してやれうるさいから、と熊田にせっつかれて電話をかける。
 午前中、近藤からの連絡を受けて科捜研へ行った。北原の父親から連絡が入ったのはその時だ。面会はまだ難しく、ならば下平と合流するかと連絡し、岡田と北原の報告をしたところ、榎本が部下の全員に展望台のことを話してしまったと聞かされた。もういっそのことと、下京署で顔合わせと報告と昼食を一緒に済ませることになった。
 近藤に寮で会合があることを教えると、間違いなく連れて行けと言われるので黙っておいたが、北原の見舞いに行くなら連絡しろと言われたのだ。
 にもかかわらず、電話は一向に繋がらない。
 折り返しかかってきたのは、病院に到着する直前だ。徹夜で鑑定をした上に、紺野たちが科捜研を出たあとも一つ依頼を終わらせたらしく、寝ていたそうだ。
 あとで行くー、と気の抜けた返事を聞いて通話を切り、北原の病室へ向かう。
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