第15話

文字数 1,792文字

      *・・・*・・・*

「ゆっくりご飯食べる時間すらないなんて、何のいじめなの? マグロ丼とかしらす丼とか熊野牛とかさぁ、美味しいものいっぱいあるのに。怜司くん、知ってる? 紀州梅を使ったロールケーキがあるんだよ。食べてみたいよねぇ。そうそう。和歌山ってフルーツ王国でね、わかやまポンチってスイーツがあるくらい。あとね、みかん狩りとスイーツ作りが一緒にできるところもあるんだって。とれたてのフルーツで作るスイーツなんて贅沢だと思わない?」
「そうだな」
 ハンドルを握ってぼやいたかと思いきや。やっぱりスイーツの話に流れた。どうせ処分中で食べられないのに、わざわざ調べたのか。怜司は「めはりずし」を綺麗に平らげて、呆れ気味にひと言返した。
「めはりずし」は、握り飯を高菜の葉で包んだだけの、シンプルなおにぎりだ。具は高菜の茎を刻んだものや、今では鰹節や梅、シラスなどを入れることもあるらしい。元々は、漁業や林業が盛んな紀州・熊野地方の郷土料理で、仕事の合間に手軽に食べられるようにと広まったが、今では老若男女問わず人気があるご当地グルメだそうだ。
 寮から熊野本宮大社まで、高速を使って約三時間半。プラス食事の時間を入れると四時間。到着するのは、早くて午後七時頃になる。念のために境内を見て回り、対策を立てるには時間が足りない。ということで、適当なサービスエリアで適当にテイクアウトし、車内で済ませることになったのだ。もちろん運転は交代。樹は先に済ませたので、このまま熊野本宮大社まで行くことになっている。気が付けば運転は自分の役目のようになっていたから、新鮮だ。
 美味かった、ごちそうさまと手を合わせて、空箱と箸をビニール袋に突っ込む。ちなみに、閃は早々に食事を終わらせると、瞑想でもしているのか、腕を組んで目をつぶっている。
「宿取ってくれてるみたいだし、明日の帰りにもう一回サービスエリア寄るよね。その時に色々買って帰ろうよ。あ、宿でも買えるかな」
 戦闘後に京都へ戻るのは過酷かつ危険という理由で、各地、近場にホテルや宿を取ってあるらしい。熊野本宮大社班は、車で十分ほどの温泉宿だ。もちろん、無事阻止できれば、の話だが。
「買っても食べられないだろ、お前」
「明後日までもつでしょ。死ぬ気で我慢する」
 明後日のことより今これからのことを考えろ、と言いたいところだが、すでに予想できることは予想し尽くした。
 熊野本宮大社の敷地は、地図で見る限り大して広くなく、境内もコンパクトにまとまっていた。それだけに、摂末社があちこちに点在しているようでもなく、しかも一番広いのは神門の向こう側。つまり、本殿の目の前だ。いくらなんでも本殿の目の前で戦うわけにはいかない。そもそも、本殿を狙ってくるとはいえ他の建物も価値がある。歴史的価値はプライスレスだ。弁償すればいいというわけにはいかないだろう。ゆえに、敷地全体に結界を張ることですでに落ち着いている。
 誰と対峙するのかは始まってからでないと分からず、待機場所や戦闘場所も、一応目星はつけているが実際に確認しないと何とも言えない。
 十二時になったら速攻で食べてやる、と意気込む樹をよそに、怜司は車窓を流れる何の変化もない景色へ視線を投げた。
 時折他愛のない会話をしつつ、車は順調に目的地へと進む。
 和歌山県南部に位置する田辺市。到着したのは、少し早い七時前。山中を走る国道168号線を南下すると、やがて左側に川が見えてくる。熊野川だ。その川に沿うようにさらに進んで町に入ると、途中で直進、土手の上、河川敷へ下る道と三方に別れる。
 樹は迷うことなくコンクリートで舗装された土手の上を進んだ。周囲を見渡しながらゆっくりと進む。右手のクリニックを通り過ぎたところで途切れており、この先は砂利道だ。車で入れるのはここまでなのだろう。
 エンジンを止め、三人は車を降りる。閃が、やっと解放されたかのように背筋を伸ばし、大きく深呼吸した。
「お疲れ、閃。もしかして、余計に疲れた?」
 樹が苦笑いで問う。
「問題ない。……めはりずしも、美味かった」
「そ。良かった」
 彼は式神の中でも特に口数が少ないので、何を考えているのか少し分かりづらい。強引に乗せてしまったので気になっていたが、一応堪能してくれたようだ。良しとしよう。
 こっそり安堵し、怜司は土手の下を見下ろした。
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