第18話

文字数 3,684文字

「して、話とは何だ?」
 早々に話題を変えた鈴に、宗史は頭を切り替えた。
「それなんだが、柴、紫苑。聞きたいことがある」
 視線を向けると、二人は無言を返してきた。
「敵の標的についてだが、気付いたか?」
 問うや否や、紫苑が後ろめたそうに視線を逸らした。
 隗と再会した日、紫苑は「大河の邪気が膨れ上がった」と報告してきた。だから、柴の封印が解かれた日の不自然さも含めて気付いているのだろうと思っていたが、やはりだ。
 答えたのは柴だ。
「大河であろう」
「ああ。そのことについて、先に確認しておきたい。紫苑」
 紫苑が視線を寄越した。
「柴の封印を解いたあの日、敵の狙いが何だったのか、お前は知らなかった。俺たちはそう推理したが、間違いないか?」
 要は騙されていたのだ。プライドもあるだろう。紫苑は一拍置いて、観念したように口を開いた。
「ああ。情けない話だが、間違いない」
 少々ふてくされた声色で返ってきた答えは、それでも潔かった。
「昨日、大河に伝えた」
 紫苑の肩がぴくりと揺れる。なかなか素直な反応に晴が俯いて肩を震わせ、宗史は苦笑した。
「俺たちは、誰も情けないなんて思っていない。大河もそうだ。紫苑は知らなかっただろうと分かって、安心していたぞ。たとえ知っていたとしても、責めはしなかっただろう。あいつは、お前の気持ちをきちんと理解している。そういう奴だ」
 紫苑がどれだけ柴を慕っているか、一目瞭然だ。大河だけではない。ここにいる全員、そして寮の者たちも皆、紫苑の気持ちは痛いほど理解できるだろう。複雑に思っても、誰も責めはしない。
 紫苑が照れ臭そうな、バツの悪そうな複雑な顔をして視線を泳がせた。おや、照れている。晴がますます肩を震わせ、鈴が物珍しそうに眺め、柴は微笑ましそうな眼差しを向けた。
 しばしそのまま沈黙が流れ、
「……かたじけない」
 ぼそりと紫苑が呟いた。思わず噴き出しそうになった宗史は口を覆い、鈴はくっと笑いを噛み殺して顔を逸らし、晴はぶはっと噴き出した。
「何がおかしい!」
 顔を赤くして身を乗り出した紫苑に、ますます笑いが込み上げてくる。
「わ、悪い……」
 意外と照れ屋なのだろうかと思ってはいたが、間違いないようだ。宗史が押しとどめるように手の平を向けると、紫苑は何なのだとぼやいて体を引いた。柴は終始微笑ましそうな面持ちだ。
「し、しかし……」
 鈴が口を開き、気を取り直すように息を吐き出した。そうだ、ほのぼのしている場合ではない。宗史と晴が多少の笑みを残して顔を上げると、紫苑がじろりと睨んだ。
「可能性としては高いようだが、推測の域を出ておらんだろう」
「いや、おそらく間違いない」
 一斉に神妙な顔付きになり、空気が張り詰めた。晴が問う。
「満流が何か喋ったのか?」
「菊池だ。社で、大河が下平さんから聞いた話しを伝えた。これが本当に後悔しない選択だったかという質問に対して、奴はこう言った。後悔するのはお前の方だ、と。大河もその意味に気付いている。お前たちの思い通りにはさせないと、啖呵を切ったぞ」
「お、やるなぁ、あいつ」
「ほう。言うようになったではないか」
 晴が喉を鳴らして笑い、鈴が感心したように口角を上げた。
 あの推測が確定となった以上、大河の負の感情を利用するなら、寮の者たちはもちろん、関係者全員が狙われる可能性がある。けれど、すでに樹の件で注意喚起はしてあるので問題はない。寮の者たちに話すか話さないかは、当主二人が決めることだ。樹や怜司あたりは気付いていそうだが。
「これはあくまでも俺個人の意見だが、あの推測が間違っていなかったのなら、少し気になることがある」
「気になること?」
「違和感程度のことだけどな。公園襲撃以前と以降で、奴らのやり方が変わっているように思う」
「ああ、それなら私も聞いたぞ。廃ホテルの事件後、明も訝しく思っていた。確かに変わっているように思えるな」
「私たちも、少々不可解に思っていたが」
 鈴と柴が追随した。腕を組んでうーんと首を傾げる晴を置いて、宗史は柴と紫苑を見やる。
「気が付いていたのか」
「ああ。しかし、計画を変更したゆえのものではないのか?」
「俺もそう思っているんだが、妙に気になるんだ。明さんは何か言ってなかったか?」
「いや。ここへ来る前に、ちらりと聞いただけだ。今はどう考えているのか分からん。宗一郎に話していないのか」
「ああ。取り立てて不自然というわけではないから……」
「待て待て待て」
 思案していた晴が口を挟んだ。
「お前らだけで話し進めんな。分かんねぇだろうが」
「気付かぬか」
「気付かぬわ」
 口調を真似た晴に嘆息し、鈴は宗史へ視線を投げた。任せるといった視線は今さらだ。
「いいか。柴が復活した日、もし敵の計画が成功していたら、俺たちは全滅していた。そして公園襲撃事件。もし散歩コースを変えず、隗が寮へ向かっていたら、時間的に見て大河たちが出発する前に到着していたはずだ。大河と樹さん、そして昴さん以外は皆殺しにされていた」
 大河は言わずもがな。樹は、あの時すでにアヴァロンでイツキの噂が流れていたし、平良が殺すことを許さないだろう。昴たちについては、近くの公園は誰かが術を行使すれば感じ取れる距離だ。あるいは騒ぎを聞きつけて寮へ戻ったところを、香苗と双子だけが殺害されていただろう。
 あの日、計画が実行されると知っておきながら散歩コースを変えたのは、おそらく断り切れなかったから。一年間で作り上げてきた「朝辻昴」というキャラクターに沿ったのだろう。もしくは、香苗と双子なら生かしておいても弊害にはならないと思ったか。
「次は、廃ホテルの事件だ」
「あ――、分かった」
 やっと察したか。言葉を遮り、手の平を出してストップをかけた晴に、宗史は息をついた。
「つまりだ。確実性の問題か」
「そういうことだ」
「なるほどねぇ……まあ、確かに言われてみればそうだけど……」
 いまいち納得しきれないといった顔で腕を組む。
 廃ホテルの事件では、巨大な悪鬼を使い、男たちが何人も食われた。しかし、それだけだ。人員を割いて直接狙いに来るどころか、平良は傍観していた。他のメンバーを加えて襲撃すれば、全滅していた可能性が高い。
 さらに、展望台の件。現場にいたのは雅臣、健人、隗。昴の回収に式神と皓と平良、賀茂家に弥生と真緒を割り振っている。尖鋭の術で彼らを援護したのは、おそらく満流。となると、千代がいないのだ。
 あの時、一番戦力を削ぎやすかったのは、展望台のメンバーだ。こちらが援護に向かうことは想定内だっただろうし、初めから龍之介を置き去りにするつもりでまともに交戦するつもりがなかったのならば、弥生か真緒のどちらかを展望台へ回して、さらに千代を加えて直接悪鬼で狙わせればいい。いくら柴がいたとしても、茂と華は対処しきれず殺されていただろう。
 だからこそ、宗一郎は松井桃子を現場に連れて行かせた。事件関係者でも犯罪者でもなく、雅臣が大切に思う女性。間違っても手を出すようなことはしない。宗一郎は、雅臣を精神的に揺さぶると同時に、彼女を盾にした。
 宗一郎のやり方はともかく、柴が復活した日と公園襲撃事件では、確実にこちらの戦力を削げる計画だが、以降は確実性がないどころか、あえて避けた動きをしているように見える。
「柴が復活した日の狙いが確定していなかったから、気にしすぎかと思っていたんだ。大河に伝えたことを話すついでに確認したんだが……明さんも気にしているのか……」
「んー、けどなぁ、平良が言ってただろ。ゲームは複雑で長い方が面白いって。単に方向転換しただけじゃねぇ?」
「それならいいんだけどな……」
 言いつつも、宗史は腑に落ちないといった顔で息をつき、唇に手を添えた。この違和感は、一体何なのだろう。
「宗一郎にも意見を聞けばよいではないか」
 鈴の悪意のない提案に、宗史は固まった。もちろん、考えなかったわけではない。けれど、考えすぎや勘違いかもしれないことをわざわざ報告する必要はない。それに、もし宗一郎がこの違和感に気付いていて、すでに答えを出しているかもしれないと思うと。
 柴と紫苑が不思議そうに小首を傾げ、鈴を見やった。晴は俯いて笑いを噛み殺している。
「父子の関係というのは、複雑で難しいものだ」
 目を伏せてしみじみとした答えに、ほう、と声が二人から漏れた。どういう意味の「ほう」か分からない。
 宗史は取り繕うように咳払いをした。
「とりあえず、明さんや柴たちも気にしていることは分かった。参考になった、ありがとう」
 結局答えは出せずじまいだが、後々敵側に動きがあれば分かるだろう。宗史は気を取り直し、視線を投げた。
「最後に、もう一つ。――柴」
 縁側で宗一郎から届いたメッセージには、洞窟の調査以外に、もう一つ指示が出ていた。答えによっては、これからの優劣に関わる。
 深紅の瞳を向けられて、宗史は慎重に選んだ言葉を口にした。
「間違っていたら謝る。柴、お前――」
 影正から話しを聞いた時に、気付くべきだった。
「寿命が近いんじゃないのか?」
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