第7話

文字数 2,281文字

 手を洗いリビングへ入ってきた弘貴たちへジュースが配られる間に、宗史が晴へ電話を繋ぐ。右近と左近が召喚され、全員が腰を落ち着かせ、ローテーブルに置かれた携帯の画面の向こうに三兄弟と式神が揃うと、宗一郎が口火を切った。
「では、会合を始める。まずは昨夜のことだが、詳細は左近から聞いている。茂さん、弘貴、春平、夏也、ご苦労だった」
 ついと視線を向けられ、四人は浅く会釈をした。
「警察に呼び出されたようだが、何か報告はあるか?」
 茂が代表で答えた。
「僕たちが警察署を出る時に、近藤さんのところへ聴取に行った刑事さんと会ったんですが、催涙スプレーの後遺症などもなく、元気だそうです。あとは、これと言って特に……」
 茂は確認するように弘貴たちに順に目を止めた。
「証言の確認だけだったしな」
 弘貴が見やると、春平と夏也は頷いた。
「分かった。では次。向小島での争奪について。宗史」
「はい」
 こんな時の説明は宗史が適任だ。何せ、得られた情報が多い。昨日話し合った憶測を含め、宗史は順を追って伝えた。ただ、宗一郎からの指示なのか、大河が標的になっていることと、隗が裏切った理由の憶測については伏せられた。
 唖然とする空気が流れる中、第一声を発したのは樹だ。
「突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込んでいいのか分かんないんだけど」
 責めているようにも呆れているようにも聞こえる言い草に、茂たちが一斉に頷いた。怜司が言った。
「でも、お前の予想通りだったじゃないか」
「さすがでしょ?」
 得意げにふふんと鼻を鳴らし、樹はにんまりと口角を上げた。
「樹さん、全部分かってたんですか?」
 尋ねた大河を振り向いて、樹は肩を竦めた。
「まさか。敵のメンバーと、牙が干渉してくることくらいだよ。だから無事に回収してくるだろうなとは思ったけど、さすがに尚さんのことまでは分からなかったなぁ」
 もし分かっていたらエスパーか何かだと思う。嫌味たらしい口調に、宗一郎と明は申し訳なさそうな顔をするどころか、したり顔を浮かべた。まさにしてやったりな気分なのだろう。
「栄明さんって、お子さんがいたのね。よく考えたら当たり前なのに、ちょっとびっくりしたわ」
「会合や仕事の依頼でしか接点がないから、プライベートのことまではねぇ」
 華と茂が自嘲的な笑みを浮かべる。
「どういう人なんですか?」
 弘貴が端的に尋ね、それぞれ宗一郎と宗史、画面の中の三兄弟や式神へ視線が向けられた。素早く視線を逸らしたのは宗史と晴と陽と式神で、宗一郎と明はにっこり笑顔を湛えたままだ。
「近いうちに会える。楽しみにしておきなさい」
 やっぱり教える気はないのか。と思ったのは大河だけではないようで、ダイニングテーブル組から一斉に溜め息が漏れた。
「まあ、敵じゃないなら別にいいけど。それより俺は菊池のことが気になる」
 実力は弘貴や春平と同等、という宗史の推測のことだ。
「あくまでも状況からの推測にすぎないぞ」
 念を押した宗史に、弘貴はにっと白い歯を見せて笑った。
「分かってますよ。でも、あいつが霊刀を使ってたってことは、俺たちも使えるってことでしょ。推測でもなんでも、俄然やる気出る」
 なるほどと大河は感心した。前向きな弘貴らしい、そして独鈷杵の訓練に行き詰まっているからこその捉え方だ。でもその前に集中力上げなきゃなー、と手にした缶ジュースを恨めしそうな目で見つめる。隣の春平が苦笑した。
「ところで、大河くん」
 不意に呼ばれて視線をやると、樹が親指を立てた手を突き出した。
「あの状況をよく一人で切り抜けた、偉い。僕の訓練の賜物だね」
 珍しく満足そうに褒めてくれたと思ったら、自画自賛もくっついてきた。素直に喜ばせて欲しい。茂たちもうんうんと頷いてくれているのは嬉しいが、一瞬緩みかけた顔は即座に真顔に戻った。
「ありがとうございます、そうですね」
「何その顔。せっかく褒めてるのに、もっと素直に喜びなよ」
「一言多いんだよ、お前は」
 突き出した手を引っ込める樹の横から、怜司が冷静に突っ込んだ。まったくだと思う大河とは反対に、樹は「何が?」と小首を傾げる。自覚のないところが、質が悪い。
 笑いを噛み殺しながら、茂が口を挟む。
「まあまあ、樹くんが一言多いのは今さらだよ。それより」
 しげさんって時々酷いよね、と樹がぼやく。
「敵側の実力が分かってきたのは大きな収穫だけど、どのみち油断は禁物だね」
 確かに、と皆が神妙な顔で大きく頷いた。華が言った。
「悪鬼を故意に取り憑かせることができるのなら、次は菊池だけじゃないかもしれないものね。とにかく、今は訓練に集中しましょう」
 はい、と大河たちの声が揃う。可能性でいうなら、一番弱いのは雅臣だろう。けれど、悪鬼を取り憑かせている以上、実力だけで判断するのはあまりにも危険だ。そうなると、敵側の全員が、こちら以上の実力であるという見方もできる。しかも、満流以外の属性はまだはっきり分かっていないのだ。
 黙って聞いていた宗一郎が、全員に視線を巡らせた。
「他には?」
 揃って首を横に振る。
「もちろん気になることは山ほどあるけど、とりあえず今はって感じかな。僕たちにとって今一番重要なのは、敵側の実力だけだよ。だって――」
 樹は至極真剣な眼差しを宗一郎へ向けた。
「明日でしょ」
 強く鮮明に響いたその一言で、場の空気が一気に張り詰めた。誰もが顔を引き締め、緊張感を漂わせて真っ直ぐ宗一郎を見据える。
 敵側の背景がどうであれ、明日、戦うことになるのは確定している。ならば、余計なことを考えずに、少しでも多く訓練をしておきたい。
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