第6話

文字数 2,731文字

 全員食べ終わり、ごちそうさまでしたと揃って手を合わせると、宗史がゆっくり腰を上げた。
「じゃあ、先にいただいてくる。食器、頼むな」
「ああ。運ぶか?」
「いや、もう動ける。ありがとう」
 鈴の申し出を断って、宗史は焚き口の方へ向かった。歩みはゆっくりだが、足取りはしっかりしている。大丈夫だろう。入れ違いに影唯が戻ってきて、二言三言交わしてすれ違う。
「ちょっといいかな」
 大河たちは、食器を片す手を止めた。縁側の前で足を止めた影唯は、神妙な面持ちだ。改まって何だろう。
「思ったんだけど、柴と紫苑の刀のこと」
 それぞれの側に置かれた刀へ視線が集まる。
「どうやって京都まで持って帰るのかなって」
「あ」
 声を揃えたのは、大河と晴だ。
「その問題があったか」
「確実に捕まるよね」
「宅配便で送れるのかなぁ」
 大河と晴と影唯が思案顔をすると、柴が口を開いた。
「確か、廃刀令、といったか」
「うん。許可証がないと持っちゃいけないんだ」
 大河の答えに、そうか、と柴は残念そうな眼差しで刀へ視線を落とした。せっかく影綱が残してくれた愛刀を持って帰れないとなれば、残念にも思うだろう。これからの戦いの優劣にも関わってくる。
 何か策はないか思案していると、鈴が腰を上げた。
「私が一旦預かろう。終息後、戻れと指示が出ている」
「あ、そうか」
「なるほど、その手があったか」
 晴がぽんと手を打った。刀を持って一度戻り、明が召喚すれば刀ごと京都に移動できるという寸法だ。下手に持ち歩くより、確実にかつ安全に運べる。便利だ。
「ここを出立する前に渡せ。お前たちが京へ戻る頃までには、寮へ届けておいてやる」
 意見を窺うように紫苑が見やると、柴はもう一度刀へ視線を落とし、室内に上がって食器を片す鈴を振り向いた。
「では、頼めるか」
「承知した」
 話がまとまったところで、大河が素朴な疑問を口にした。
「ねぇ、鈴。来る時は変化して来たの?」
「ああ。一度は新幹線に乗ってみるのもいいかと思ったのだがな、目立つからと、許可が出なかった。それなのに、柴と紫苑は新幹線を使うというではないか。何故私は駄目なのか、納得できん」
 人からしてみれば、新幹線より飛べることの方がよほど憧れるのだが、式神は逆らしい。しかめ面でぼやく鈴に、朗らかな笑い声が上がる。と。
「ぅあっち!」
 風呂場から、志季の盛大な悲鳴が響いてきた。
「あれ、そんなに熱かったかな」
「ああ、精霊が一体足りんなと思っていたが」
 食器を乗せたお盆を抱えて立ち上がった鈴の視線の先には、庭で遊ぶ二体の精霊。確か残った精霊は三体だったはず。荒々しい足音がこちらへ向かってくる。待て志季! と宗史が引き止める声が聞こえた。嫌な予感がする。
「しまった、もしかして窯に閉じ込めたのかな」
 大変だ、と影唯が踵を返したのと、
「今の志季くん? どうしたの?」
 布団の支度をしていた雪子が続きの間から顔を出したのと、
「こら影唯ぁ!」
 志季が居間の襖を乱暴に引っ張り開けたのが同時だった。全員が、時間が止まったように動きを止めて志季に注目する。
「いくらなんでも熱すぎるわ! 俺は芸人じゃねぇ……ぞ?」
 疑問符をつけて、志季が集まる視線に首を傾げた。
 大河は見た。雪子が目をまん丸にして志季を凝視し、その目をゆっくりと、下へ向けたのを。そして、
「きゃ――――っ!」
「志季――――ッ!」
 顔を真っ赤にした雪子の甲高い悲鳴と、大河と晴の怒声が見事に被った。
「やべ、忘れてた!」
「隠して隠して!」
「さっさと戻れ馬鹿!」
 大河と晴が身を乗り出して叫び、志季が弾かれたように風呂場へ駆け戻り、影唯が部屋に飛び込む。
「お、お母さん落ち着いて。いいかい、忘れるんだ。今のは全部夢、幻覚だから!」
「すんません、ほんっとすんません。うちのアホな式神が……!」
 背を向けた雪子と必死に宥める影唯へ向かって、縁側で正座した晴がぺこぺこと頭を下げる。その隣で、大河はうなだれた。まるで自分のことのように恥ずかしく思うのは何故だろう。
「……迂闊にも、程があろう」
 さすがの柴も呆れ気味だ。紫苑が深い溜め息をついた。
 と、硬直していた鈴が、おもむろに抱えていたお盆をテーブルに置き、雪子と影唯の元へと歩み寄った。
「雪子」
 肩に手を置き、至極落ち着いた、静かな声で語りかける。雪子と影唯が顔を向けた。
「非常に不本意だが、同じ式神として、私からも謝罪する。あのような汚らわしいものを晒してしまい、大変申し訳ない」
 不本意だの汚らわしいだの、酷い言われようだ。貧相と言われるのとどっちが傷付くだろう。
「詫びと言ってはなんだが」
 鈴は手の中に真っ赤な刀を具現化し、身を翻した。完全に目が据わり切っている。
「切り落としてこよう」
「何を!?」
 再び大河と晴の声が重なる。
「待って待って鈴、落ち着いて!」
「それだけはやめてやれ!」
 青ざめた大河と晴が大慌てで靴を脱ぎ、気迫たっぷりで部屋を出ていく鈴を追いかける。部屋が汚れないようにと、せっかく縁側で待機していたのに台無しだ。
 廊下で押し合い圧し合いする三人の声と、未だ立ち直れない雪子となだめる影唯。この馬鹿! と風呂場から響く宗史の怒声。
「連中は、どこにいても同じでございますね」
 呆れ顔で溜め息まじりにぼやいた紫苑に口角を緩め、柴はゆっくりとグラスを持ち上げた。
「それで良い」
 戦の中にあり、成長を見せながらも彼ららしさを失わない。それがいかに難しいことか。
「柴、紫苑、どっちか手伝って! 鈴が、いや志季がヤバい!」
 居間へ飛び込んできた大河に早く早くと急かされて、紫苑がしぶしぶ腰を上げた。
「行って参ります」
「ああ」
 いっそ鈴の好きにさせてはどうだ、男として無理、と騒がしく消えていく大河と紫苑を見送って、柴は夜空へ視線を投げた。
 微かに微笑み、ぽつりと口にする。
「良い島だな、影綱」
 彼の故郷に封印されていたと紫苑から聞かされた時、あの日のことを思い出した。
 あれから千年以上。歴史を重ね、文明は発展し、数多の人々の血が混じった。しかし、作物を育て、命を育んで繋ぎ、神に感謝し、自然や闇と共に生きる。様変わりしたとはいえ、変わらぬものが、確かにここにある。
 そして彼はこの地で眠りにつき、その血を受け継ぐ者たちがここにいる。
 こんな形で、願いが叶うとは。
「……いや。もう、叶っていたのか」
 千年以上も前に。もしや、影綱は覚えていてくれたのだろうか。
 星々が瞬く夜空に映える、精霊たちの鮮やかな赤。土や潮、煙の香りに虫の音。微かに鳴る葉音や海の遠音に重なるのは、大河たちの賑やかな声。
 変わらぬものと、変わりゆくもの。
 柴はその全てを閉じ込めるように、ゆっくりと瞳を伏せた。
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