第27話

文字数 3,551文字

 その後、浅田の伝手でもう一人仲間が増えた。
 以前のオフ会で会った趣味仲間が、偶然にも同じ京都支社に勤めており、しかも人事部に所属しているらしい。木ノ(きのうち)という二十代の男性だ。分かったきっかけは、他の趣味仲間が創作のネタとして「男が嫌う男の特徴」を集めており、参考までにと尋ねた時だった。彼が龍之介そっくりの特徴を述べたため、もしやと思って後日尋ねたそうだ。龍之介は表向き人事部に所属している。同じ部署に所属しているのなら、何かしらの迷惑は被っているだろう。木ノ内は、龍之介のようなタイプは反吐が出るほど嫌いらしく、彼が出社するたびに怒涛の愚痴メッセージを送ってくるのだという。
 浅田に協力を仰いだ日も、同じようにメッセージが届いたらしい。連絡を取って話を混ぜっ返し、「あいつに復讐できるとしたらどうする?」と冗談まじりに尋ねたところ、「世間と法が許してくれるのなら今すぐ抹殺してやりたい」と真面目な声で答えたそうだ。
 恨みというには少々弱い。だが、違法であるのは間違いないが、人事部の仲間の役目は退職者の住所を調べることのみだ。浅田に人となりを聞くと、木ノ内もまた隠れオタクではあるが社交的なタイプで、周囲の評価はかなり高いらしい。浅田とは逆の意味で疑われにくい。人事部では個人情報を扱うため、口が堅いのは間違いないだろう。だが、抹殺してやりたいと口にしたとはいえ、まさか実際にそんな機会を与えられるとは思っていないだろう。しかも、個人情報を流出しなければいけないのだ。とはいえ、ここで見逃すのは惜しい。噂の真偽を調べても、退職者の住所が分からないと次へ進めないのだから。
 浅田に連絡を取ってもらい、交渉の場を設けた。彼女が事前に「絶対口外禁止案件」であり、かつ香穂のことだと伝えていたようで、それなりに覚悟はできていたらしい。彼は、話を聞くなり二つ返事で了承した。また、彼が見聞きした噂の情報や真偽も話してくれた。
 こうして社内での仲間が揃い、互いに連絡先を交換。時間がかかることを前提に、焦らず、慎重に、単独行動は禁止、少しでも異変を感じたら速やかに連絡。最低でも日に一度、特に帰宅後は必ず連絡することを約束し、各々の仕事に取り掛かった。
 一方で怜司は、都筑の恋人である徳永賢次郎と従姉の渚に接触した。横山たちからあらましが伝えられており、先日の居酒屋の個室に揃うなり、彼らはぜひ協力したいと申し出た。ただ、都筑にこのことは伝えらえていない。
 噂の中から恨みの深そうな案件をピックアップし、手分けをして調べ、木ノ内から被害者の住所を受け取る。正直、被害の軽重を付けるのは心苦しかった。けれど、全員に協力を仰ぐわけにはいかず、中には尾ひれが付いて実際よりも話が盛られていたものや、真偽が判明しないものもあった。
 最終的に協力してくれたのは、総勢九名。横山、川口、浅田、木ノ内、賢次郎、渚。そして元社員の男性二名、女性一名。男性二名は自身が龍之介の被害に遭って退職、女性は元社員の妹だ。いずれも酷く龍之介を――いや、草薙製薬そのものを恨んでいた。初めは強く拒絶されたが、怜司の話を聞くと耳を傾けてくれた。
 義両親に連絡を入れたのは、この頃だ。止められた場合、もう計画は進行していると言って、無理にでも説得するつもりだった。
 電話をした時、二人の声は以前と比べて比較的明るくなっていた。後ろで鳴くハクとフクも元気そうだ。互いの近況を報告し合い、怜司はおもむろに切り出した。
「香穂の自殺の理由を、今でも知りたいと思いますか」
 二人は「それはもちろん」と答え、怜司はまず自分の体質を話した。初めは訝しげな様子だったが、ふと法子が思い出した。
「そういえば、香穂が幼稚園に通っていた時に、そんな子の話を聞いたことがあるわ。子供や動物は見えたりするって」
「はい。大人になると、ほとんどの子供が見えなくなるそうです。でも、俺はそのままでした」
「そうだったの。でも、なんで今頃、そんなこと……」
「まさか怜司くん、君……」
 疑心と期待が混じった声に、怜司は「はい」と頷き、一拍置いて言った。
「香穂と、会いました」
 ハクとフクの行動がヒントになったこと、桂木家へ通い、香穂の口から何が語られたのか。
「酷い……っ」
「なんてことを……っ」
 二人は悲痛な声でそう吐き出した。すぐ側で、ハクとフクの鳴き声がする。
 しばらく二人の泣き声に耳を澄ませ、やがて怜司は「実は」と続きを伝えた。案の定、二人は動揺を見せ、怜司を止めた。
「待ちなさい、危険だ。確かにあいつらは憎いが、何をしでかすか分からない。現に香穂にあんな……っ」
「そうよ。怜司くんにまで何かあったら、あたしたち……」
「お義父さん、お義母さん。すでに仲間は集まり、調査も進んでいます。彼ら全員が、大切な人や自分のために、前に進むために覚悟し、協力してくれているんです。もう、止めることはできません」
 怜司の強い口調に、二人は声を詰まらせた。
「それに、後ろ盾になってくれる人がいます」
「後ろ盾?」
「はい。その方も、大切な人を草薙に奪われました。心配いりません。信用できる方です」
「で、でも……」
「香穂も、その方と会っています。その上で約束しました。絶対に真実を暴いて、罪を償わせると。香穂との約束を破るわけにはいきません」
 半ばまくしたてるように告げた怜司に、二人は低く唸って口をつぐんだ。
「心配をかけているのは分かっています。でも、俺たちを信じてください。出来る限りの対策は取っています。必ず、償わせます」
 しばらく沈黙が続き、やがて聞こえたのは輝彦の深い溜め息だった。
「君たちに任せて、俺たちは安全な場所で待ってろって言うのか……」
「それが、俺にとって一番の支えです」
 はっと息をのんだのが、電話越しでも分かった。
 両親を亡くし、義理であれ親になるはずだった輝彦と法子。お義父さん、お義母さんと呼ばせてくれた。そんな二人が真実を待っていてくれる。
「……分かった」
 静かに告げた輝彦に、怜司はほっと息をつく。
「ただ、絶対に危険なことはしないでくれ。いいね」
「はい、ありがとうございます。それともう一つ。この件が片付くまで、連絡はしません」
 連絡をするたびに、期待させるわけにはいかない。そんな怜司の気持ちを察したのか、輝彦はすんなり了承してくれた。
「分かった。待ってるよ」
 輝彦と法子の存在。そして香穂との約束は、先の見えない道を歩くための、一筋の道しるべとなった。
 横山と川口、木ノ内は仲間が揃った時点で役目が終了。浅田はランダムに時間を開けて帳票の調査を続けた。賢次郎と男性二名と妹は花輪の監視。渚は働いていた保険会社を辞め、銀行に就職した。
 そうして体勢が整った五月。当初の予定通り、怜司は会社を辞めて寮へ入った。
 陰陽師として訓練を受け、体術を会得する中、仲間からの連絡を受ける。あらかじめ全員の住所は聞いていた。定期的に、宗一郎と明に頼んで式神に皆の様子を確認してもらった。
 しばらく経って、一旦帰宅した花輪が動いたと連絡があった。写真ではシャッター音が響く。動画を撮るように指示を出し、全員にその画像が送られた。相手は秘書の(したなが)。会話も録音されている。決定的な証拠だった。しかし一度だけでは足りない。何度も密会現場を押さえるうちに、次第に手渡す日時と場所がほぼ決まっていることが分かり、あとは簡単だった。
 時間がかかったのは、銀行口座の調査だ。元々優秀な人とはいえ、容易いことではなかっただろう。二年をかけて、渚は周囲からの信頼を得つつ慎重に、かつ正確に調べ上げた。横山によると、渚は一度だけ「自分を信じてくれている人に申し訳ない」と弱音を吐いたらしい。よほど銀行での人間関係がいいのだろう。しかし、自分が決めたことだ、都筑に前を向いて歩いて欲しいからと言って、最後までやり遂げてくれた。
 全ての証拠が揃ったのは、廃ホテル事件の前日。あの日までに金の流れはほぼ判明しており、加賀谷の名前も分かっていた。ただ、そう頻繁に草薙の口座を調べるわけにはいかない。犬神事件においての加賀谷への報酬だけが、最後の調査対象として残っていた。それを調べ終えたと渚から報告が入ると、仲間たちから一斉にメッセージが入った。
「皆からの伝言です。必ず奴らに罪を償わせて欲しいと」
 宗一郎に伝えると、ひと言だけ返ってきた。
「了解した」
 花輪に接触したのは、その翌日。賢次郎と元社員の妹だ。あの録音は、仲間たちはもちろん、怜司から宗一郎と明、そして栄明へも送られた。
 二年。人によっては短い年月だ。けれど協力者全員にとってはとても長く、生涯で忘れられない二年となった。
 ――本当に、長かった。
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