第13話

文字数 1,936文字

 寮に戻ると、華と夏也が慌てて出迎えてくれた。あとから宗一郎と明が続き、(はる)が晴の着替えを持って出てきた。惨憺たる姿に苦笑されつつ風呂場へと直行する。
 先に戻った宗史たちも風呂に入っているらしく、洗濯籠には濡れた服が放り込まれていた。
 脱衣所には壁際に格子状の棚が設えてあり、個々に場所が決まっている。棚の上下は開き戸になっていて、上はシャンプーやコンディショナー、下は掃除道具のストック類、横の細長い棚はバスタオルが収納されている。皆、自分の身長に合わせて選ぶため上の方は全て埋まっていて、大河の棚は一番下だ。
 両隣はいつもならば空いているのだが、今は霊符や独鈷杵と一緒に宗史と晴の服が入っている。
「着替え一式置いとくべきだな。今着てるやつ置いて帰るか」
 何があるか分からない今、いちいち持って来たり持って帰ったりするのは確かに面倒だろう。言いながらTシャツを脱いだ晴の体つきを横目で一瞥し、大河はこっそり皆の方にも視線を向ける。
 樹と怜司は哨戒から戻ってから入浴するためどうしても時間がずれる。こうして一緒に風呂に入るのは初めてだ。樹に肩を掴まれた時から、鍛え抜かれているのだろうと思ってはいたが。
「うわ、筋肉すげ……」
 樹も怜司も、想像以上だ。しかもボディービルダーのような逆三角形ではなく、綺麗な筋肉のつき方をしている。
 思わずまじまじと見てしまった大河に、樹が気味悪そうに眉をひそめた。
「男の体見て何が楽しいの?」
「楽しいっていうか、すごいなって思う……あれ、樹さんその傷どうしたんですか?」
 へその下から左脇腹にかけて、大きな一文字の古い傷跡が残っている。下着を籠に放り込みながら、樹が傷に視線を落とした。
「ああこれ? 昔ちょっとね」
「悪鬼ですか」
「そう。ヘマして死にかけたんだよね」
「へぇ。樹さんでもそんなことあるんですね」
「誰だってヘマする時くらいあるでしょ。それにしても……」
 樹は下から上へ視線を上げると、真顔で大河を見据えた。
「大河くんは色々と貧相だね」
「な……っ」
 酷過ぎる暴言を平然と吐き浴室へ入って行く樹の背中を、大河は思わず言葉を詰まらせて見送った。横を、口を覆った怜司と春平が通り過ぎ、弘貴がげらげらと笑いながら肩を叩いてすり抜ける。
「だっ、誰が貧相だッ!」
 皆と比べれば確かに筋肉のつき方は甘い。しかし島で剣道もトレーニングもしていたため、適度に筋肉はついている。それをこともあろうか貧相呼ばわりとは。しかも色々とはどういう意味だ。
 素っ裸で肩を震わせる大河の肩に、晴の手が乗った。
「あれだ、格子の仕返しだ」
「ちゃんと謝ったのに! て晴さんも笑ってんじゃん!」
「貧相って言い方が良かったよなぁ」
「良くない!」
 浴室へ入ると、ちょうど洗い終わったらしい、蓮を連れた茂と昴とすれ違った。笑いを堪えているように見えたのは気のせいか。
「二人とも、うるさいぞ」
 同じく洗い終わったらしい、腰を上げた宗史から小言が飛んだ。
「ちょっと聞いてよ宗史さん。樹さんと晴さん酷いんだけど」
「聞こえてた。大河は訓練を始めたばかりだし、仕方ないだろう。他に関してはノーコメントだ」
「フォローになってない!」
「何気にあいつが一番酷ぇな……」
 大河の苦言を背中で聞き流し、宗史は浴室から出て行った。
 洗い場は六つ。全員一緒に入ることがないため十分な数だ。
 大河はぶつぶつとぼやきながら、宗史と入れ替わりに洗い場のバスチェアに腰を下ろした。怒りのまま勢いよくシャワーを出すと湯が傷に沁みて、反射的に腕を引いた。雨に濡れても沁みなかったため、そんなに深く切っていないと思っていたが、そうでもないようだ。
「大丈夫? 沁みる?」
 隣の春平が心配そうに窺った。
「少しね。でも大丈夫。訓練で傷だらけだし、今さら傷の一つや二つ同じ」
 体術訓練をするせいで、どうしても擦り傷や切り傷、打ち身は避けられない。上半身はどうしようもないが、訓練時、皆が生地の厚いジーンズを履いている理由が分かる。
「違うでしょ」
 弘貴と春平を間に挟んだ先で、樹がボディタオルで体を擦りながら口を挟んだ。
「訓練で付く傷と、赤の他人に付けられる傷は同じじゃないよ」
「え?」
「後で誰か式神に治癒してもらって」
「でも、このくらいの傷で……」
「こっちが不愉快なの。いいね、師匠命令。返事は?」
 食い気味に反論され、その内容に大河は目を丸くした。
「分かりました……」
 まったく、とぼやく樹は、体の大きい弘貴の影になって背中しか見えない。
 大河は、シャワーから勢いよく出る湯に頭を突っ込みながら、頬を緩めた。
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