第17話

文字数 3,481文字

 正直なところ、美琴の霊刀と比べるとかなり精度が低い。長さや反りなどはおおむね実物通りだが、刀本来の輝きは足りず、刀身の刃文は荒く、鍔や柄の細工は曖昧で不格好だ。
 具現化するにもまだ時間がかかるにもかかわらず、樹は同時に不格好な部分の修正も要求した。見た目が格好良い方がやる気が出るでしょ、というのが理由らしい。確かに、どうせ振るうなら不格好より格好良い刀の方がいい。男のロマンだ。
 何度か具現化を繰り返し、その都度修正をしつつ、やっと何とか見られる程度に仕上がったところで、合格が出た。それでもまだまだ精度は低いが、とりあえず新たな処分は免れるだろう。
 ちょうどその頃には、霊力量を考慮して美琴の独鈷杵の訓練が終了し、弘貴と春平が限界を迎え、休憩に入っていた。
「大河くん、童子切安綱の長さは?」
 縁側に並べられた木刀を眺めながら、樹が尋ねた。一般的な物から、これまであつらえたであろう物まで様々だ。
「えっと、刃長が80センチくらいなので、柄を入れると一メートルくらいですかね?」
「重さは?」
「一キロくらいらしいです」
「反りも強かったよね。じゃあこれが一番近いかな」
 選んだ木刀を大河に渡し、樹はさらに自分用にと一本の木刀を迷うことなく手に取った。
「それ、他のと比べて妙に長くないですか?」
「ああ、だって僕が使ってたから。僕の霊刀、大包平(おおかねひら)って言って、刃長が90センチ近くあるんだよ」
「90センチ!? それ、かなり重いんじゃないですか?」
 素振りの時、やけに大きいように見えたが勘違いではなかったのか。刃長だけでそれほど長いのなら、柄を入れると110センチ以上にはなるだろう。素材が鉄なだけに、それだけの大太刀となると重量もかなりのものになる。
 樹はとんとんと木刀で肩を叩いた。
「大河くんのと大して変わんないよ。一キロちょっと」
「え、この大きさでですか?」
 そ、と樹は自慢気な笑みを浮かべた。
長刀(ちょうとう)でこの重さの作りって、刀工の技術がかなり高い証拠なんだって。現代では再現不可能らしいよ。だから、日本刀の中でも最高傑作って言われて、童子切安綱と同格扱いの刀なんだよ」
 確か童子切安綱は、天下五剣の一つで国宝だ。しかし大包平は入っていなかったはず。
「そんな名刀が何で天下五剣に入ってないんですか?」
「さあ? 選定基準があるだろうから、それに達してなかったんじゃない?」
 へぇ、と相槌を打って、大河は何となく尋ねた。
「樹さん、何で大包平を選んだんですか?」
「何でって、刃長が長かったらそれだけ相手との間合いが取れるでしょ。しかも軽いなんて完璧。慣れるのに苦労したけどね」
 始めるよ、と話を終わらせて樹は庭の中ほどへ足を向けた。刀一つ選ぶにもきちんと理由があったことに、感嘆の息が漏れる。自分は単純に摸造刀を見ていたからという理由なのに。今度宗史たちにも聞いてみよう、と頭の隅で考えつつ大河はあとを追った。
「とりあえず一戦ね」
「はい」
 とは言え、剣道の手合わせと違うだろうことは、これまでの訓練や初陣、先日の華と昴の手合わせからも分かる。
 記憶を掘り起こしながらとりあえず正眼の構えを取ると、合わせるように樹も構えた。
「では――」
 宗史の号令で集中力を高め、前を見据える。
「始め」
 瞬間、大河は息を詰めた。
 つい先ほどまでとは別人のようだ。平然とした顔で構えている樹は、ただ静かに、身動き一つせず大河を見据えていた。
 何だ、これ。
 一定に保たれた呼吸、逸れない視線、崩れない構え、そして、その身を纏う空気は一切の乱れがない。いつもは口数が多く存在感があるのに、今は凪のように静かだ。それでいて漂う、威圧感。
 隙がない。
 無意識にぎゅっと唇を一文字に結んだ。一発も当たる気がしないけれど、躊躇している時ではない。
 大河はゆっくりと深呼吸をして、息を止めた。地面を蹴る。木刀を振り上げ、真っ直ぐに振り下ろす。樹は避けようともせず、斜め上で木刀を横に構え、左手で刀身を支えた。カンッ! と乾いた音が響き、痺れるような衝撃が腕に走る。一瞬目が合った。感情が読めない。
 大河は逃げるように一歩後退した。間髪置かずに再び一歩踏み出しながら、右斜め下へと剣先を下ろして左斜め上へと振り上げる。樹がひょいと跳ねるように後退した。追いかけるように前進し、左から右へ一閃。
 樹は仰け反って避けるとすぐに体勢を立て直し、ひゅっと空を切って右から左へと振った。
「っ!」
 体勢の立て直しが早い上に、刀長が長いため仰け反っても避けられない。思わずかがんで避けた。だが、しまったと思って顔を上げた時には、すでに樹が大きく木刀を振り上げ、躊躇なく振り下ろしていた。大河は反射的に横に構えた木刀を掲げてそれを受けた。乾いた音と衝撃と同時に、ずっしりとした重さが腕にのしかかる。目の前数センチの距離に木刀が迫っている。
「……っ」
 大河は顔を歪め、力任せに弾くように押し返した。あっさりと引いた樹に、間髪置かずに切りかかる。片手で柄を握り直し、右から左へ、左上から右下へ、下から上へ。息をつく暇もなく木刀を振り続け、後退しながら難なく避ける樹を追いかける。腕の筋肉が悲鳴を上げた。
 と、樹が足を止めた。
「ほら、また」
 右足で踏み込み、左から右へ木刀を振り抜いた瞬間、樹が無感情に呟いた。素早くしゃがみ込みながら、左足を軸に右足を大きく回す。足の甲を大河のかかとにひっかけ、前に引っ張る形で払った。重心が右足にかかっていたせいで、体は容易に後ろへと傾いだ。
「うわっ!」
「何度言わせる気なの?」
 弧を描いた右足の反動を利用して、くるりと一回転しながら立ち上がる樹がぼやいた。
 視界に、無表情で見下ろしてくる樹の姿を捉える。確かに、同じことを言われるのは何度目か。大河は奥歯を噛み締め、尻もちをついた。
「この……っ」
 小さく悪態をついて立ち上がろうとした瞬間、
「っ!」
 目の前に勢いよく突き付けられた切っ先に、息を詰めて凍りついた。樹が冷ややかな目でこちらを見下ろしている。
「そこまで」
 宗史の号令に、樹がふっと息を吐き出して木刀を収め、大河も盛大に息を吐き出した。
「まあ、剣道やってただけ素人より多少マシって感じかな。切り返しもそれなりにできてるけど、やっぱり遅い。倒された時にいちいち驚く癖、直しなよ。隙だらけ。それと動きも太刀筋も単純で読みやすい。せっかく夏也さんから足技習ってるんだから、そっちも活用しなきゃ意味ないよ?」
「はい……」
 つらつらと見解を述べながら差し出された手を握り返し、大河は弱々しく返事をした。初めて木刀で手合わせをした人間に対しての意見としては、辛辣だ。
「こればっかりは訓練次第だけど、とにかく筋トレはしっかりね」
「はい」
 引っ張り起こされ、尻の砂を叩き落とす。宗史と手合わせをした時もそうだったが、樹の攻撃を受けた時の衝撃。あれで手加減をしているのなら、本気を出すとどれほどの衝撃になるのだろう。それにスピードもかなり加減していたはず。
 レベルが違いすぎて悔しがるのもおこがましいが、でもやっぱり。
「くっそ、悔しい……っ」
 一発当たるどころか掠りもしなかった。
 木刀を握ったまま俯き、ぼそりと呟いた大河を一瞥した樹が、わずかに口角を緩めた。
「ほんとは受けの方に回ってもらって、動体視力確認したいんだけど、今日はやめとこうか。いきなりだと腕痛めるから」
「分かりました。ありがとうございました」
 深々と頭を下げた大河に、よしよしと頷く。
 本当はもっと続けたいが、慣れない重さの刀を振り回しただるさと、加えて樹の攻撃を受けた時の痺れが少し残っている。痛めると明日の訓練にも支障が出る。
 お風呂入ったらマッサージしなよ、と助言を受けながら縁側へと向かっていると、立ち上がった弘貴と春平の二人と目が合った。弘貴がにっと白い歯を覗かせて笑みを浮かべた。
「大河、俺らシャワー浴びてくるけど」
 言外にどうすると尋ねた弘貴に、大河は顔を輝かせた。
「樹さん、今日の訓練終わりですか?」
「とりあえずね。具現化の訓練なら部屋でもできるし、大河くん汗臭いから行っておいで」
「樹さん一言多い! 行ってきます!」
 口をへの字に曲げたと思ったらすぐに笑顔を見せた。大河は縁側に木刀を置き、弘貴たちの後を追って室内へ上がった。
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