第13話

文字数 2,678文字

 二人のやり取りを側で静かに見守っていた宗史が、大河の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。
「行け」
 霊刀を突き付けたまま短く命じると、雅臣はゆっくりと足を踏み出した。道を譲るように避け、霊刀の分だけ間を開けて後ろに続く。
 宗史が視線は雅臣へ向けたまま、大河の耳元へ顔を寄せた。
「簡単すぎる。気を抜くな」
 小声で囁かれた警告に、え、と声は出さずに宗史を見上げる。そう言われれば、こんな事件を起こしたわりには、素直に捕まった気がする。
 大河は無言で頷いた。
 この場にいるのは、満流、昴、雅臣、弥生、式神。あとは隗と皓のどちらか。健人や真緒、あるいは千代がどこかで待機し、携帯から状況を知って援護に入ってくる可能性が高い。
 雅臣に続いて社から出ると、満流と昴が木の根元で座り込み、志季が二人に刀を突き付けていた。その側では晴が森の方を眺めている。まだ柴たちは戻らないようだ。
「潜伏場所はどこだって聞いてんだ。喋っちまった方が楽になるぞー」
 ほらほら早く言えとせっつく志季は、刃物を持っている分、ガラの悪さが三割増しだ。どう見ても神には見えない。だからだろうか。志季を見上げる満流は、どこか物珍しそうな顔だ。チンピラか、と宗史が白けた目でぼそりと呟いた。
 ふいとこちらに顔を向けた昴と目が合って、大河は顔を強張らせた。自然と歩幅が狭くなる。ぐっと歯を食いしばり、止まりそうな足を動かした。
 今、自分がどんな顔をしているのか、どんな顔をすればいいのか、どんな気持ちなのか分からない。真っ直ぐ見据えてくる昴は、何を考えているのだろう。
 三人の足音に志季が振り向いた。血痕はそのままだが、出血は止まっているように見える。
「あっ、大河お前、独鈷杵落としたって何で言わねぇんだよ! 普通に行けとか言っちまったじゃねぇか。おかげで宗史に馬鹿呼ばわりされたんだぞ! つーか誰が馬鹿だ、知らなかったんだからしょうがねぇだろ!」
 宗史と交代した時に聞いたのだろう。顔を見るや否やまくしたてる志季に大河は苦笑いし、宗史はふいとそっぽを向いた。
「ごめん。だって、そんな雰囲気じゃなかったし」
「それより、柴と紫苑は?」
 さらりと話題を変えて晴に尋ねた宗史に、志季が「覚えてろよ宗史てめぇ!」と喚いて地団太を踏む。雅臣が渋面を浮かべて昴たちと合流し、大河と宗史は晴の隣で足を止めた。
「さっきまで戦ってたけど、静かになったからこっちに向かってると思うぞ」
「そうか」
 霊刀を具現化したまま森へ視線を投げた宗史を横目に、大河は満流へちらりと視線を投げた。
こんな事件を起こすようには見えない容姿は、ひと言でいえばアイドル顔だ。童顔で中性的な顔立ちをしている。だがその可愛らしい顔には、頬に一本の切り傷が入っており、白のパーカーは切り裂かれて砂だらけだ。さっき、何かが木に激突したような音がしたけれど、おそらく志季が蹴り飛ばしたかしたのだろう。腹に手を当てている。
 目が合うとにっこりと笑顔を向けられた。爽やかで人懐こい笑顔。でも、どこか嘘臭い。思わず眉根が寄った。
 警戒してわずかに身を引くと、満流は寂しげに眉尻を下げた。
「覚えていませんか? 僕のこと」
「え?」
 思いもよらない質問に大河は目をしばたき、宗史たちが一斉に振り向いた。
「まさか知り合いか」
「いや……、違う、と思う、けど……」
 首を捻り、しどろもどろに答えながら思い出す。楠井満流なんて知り合い、いただろうか。保育園時代、同級生、はたまた上級生か下級生。昔島にいたのなら、名前を聞いた時に影唯たちが思い出しているだろう。そもそも、こんな可愛らしい顔の男がいたら学校などで噂になるし覚えている。
 怪訝な顔で凝視する大河に、満流が残念そうに笑った。
「まあ、覚えてなくても仕方ありませんよね。二年前、向島の漁港でお会いしています。確か……そう、オスクリヒト、でしたか」
「二年前……」
 満流の言葉を反復し、大河は記憶を掘り起こした。二年前といえば、中学三年の時。ファンセレクトのアルバムが発売された年だ。他にCDやDVDは発売されていない。それと、向島の漁港。
「あ……、あっ!」
 徐々に記憶が蘇り、大河は目を見開いた。
「お前、あの時の……!」
「ああ、良かった。思い出していただけましたか」
 満流は嬉しそうにくしゃりと笑った。
「大河、間違いないか」
 神妙な声で宗史に問われ、大河は戸惑いながら答えた。
「う、うん。でも、会ったって言っても、ちょっとだけで――」

 あの日、島に行ってみたいと言うクラスメート二人を交え、省吾の家で受験勉強をしようということになった。学校帰りにCDを買い、漁港で迎えの船を待っている時だった。
「つーか、ダウンロードすればいいじゃん」
「CDってかさばらねぇ?」
「実物が手元にあるっていうのがいいんじゃん。それに、購入者限定のプレゼント用QRコードがついてんの」
「どうせ抽選だろ?」
「応募してみなきゃ分かんないだろ」
「おい大河、ここで開けると飛ぶぞ」
「うん。ちょっとだけ」
 鞄を地面に置き、同級生にからかわれ、省吾に注意を受けつつもCDの封を切った。剥がした透明のフィルムを鞄に突っ込んで、ケースの蓋を開ける。とたん、封入チラシが風に飛ばされた。
「あっ!」
「ほらみろ!」
 咄嗟に、省吾にCDを押し付けて追いかけた。こちらの漁港には、水揚げ作業の邪魔になるため防波堤がない。チラシは狙ったように海の方へと高く飛び、そのまま放物線を描いて落下した。ヤバい落ちる、と思った時、横からすっと腕が伸びてチラシを掴み取った。
「っと」
 見事な体幹でバランスを取り体勢を立て直したのは、私服姿の少年だった。少年は一つ息をつくと、どこか珍しそうにチラシに目を落とした。
「ごめん、それ俺のなんだ。ありがと」
 小走りに駆け寄りながら声をかける。少年は顔を上げて、ふんわりと笑いながら差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう、助かった」
 もう一度礼を言いながら、大河も笑って受け取る。同じ年か、下くらい。島の誰かの知り合いだろうか。そんな疑問がよぎり、船待ってるの? と尋ねようとした時、船のエンジン音が聞こえてきた。
「おーい、刀倉。船来たぞー」
「あ、うん、すぐ行くー」
 同級生の一人に呼ばれ、大河は少年に一度会釈をして踵を返した。追いかけてこないということは、船を待っていたわけではないらしい。
「だから言っただろ、飛ばされるって」
「刀倉どんくせぇ」
「うるさいなぁ」
 こんな所で何をしてるんだろう。そんな疑問は、省吾の指摘と同級生たちの笑い声に掻き消された。
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