第18話

文字数 2,232文字

 しばらく使い物にならん。そう、閃は言った。
 廃ホテルの事件から今日で一週間。明は一度も召喚せず、だからよほどの大怪我だったのだと心配したのに、鈴は平然とした顔で目の前に現れた。しかも実家で。これが驚かずにいられるか。
 とはいえ、理由は分かる。廃ホテルの事件当日に、すでに宗一郎たちは敵側に大河と同等の霊力の持ち主がいる可能性に気付いていた。独鈷杵の在り処は判明していなかったが、島にある確率が高いと踏んだ上で怪我を理由に動けないと思わせ、護衛として鈴を送り込んだのだろう。言わなかったのは、昴がいたため。それと大河たちを驚かすためだ。間違いない。ただ、廃ホテルの事件から二日開いているということは、怪我が酷かったのは嘘ではないらしい。
 まあ、無事で良かったけど。大河は自分を納得させながら、宗史たちを連れて廊下の奥の襖を開けた。影正と祖母の部屋だ。
 襖を開けると正面は小さな縁側になっており、今は窓が開けられて網戸だけになっている。右側には押し入れと座卓が置かれ、左側に祖母の仏壇。そしてその側には、影正の祭壇。
 線香は、大河と宗史が祖母と影正へ代表で供えることにした。静かに部屋へ入り、大河が仏壇、宗史が祭壇の前の座布団へ、晴たちはその後ろに並んで腰を下ろす。
 四十九日まで線香を絶やさないという風習があるが、刀倉家では家を空けることが多いため、防災面を考えて行っていない。祖母の時は、影正がちょくちょく線香を供えていたことを覚えている。
 大河と宗史が一礼し、それぞれ着火ライターでろうそくに火を灯した。軽くつまんだ線香をかざして火を移し、手で仰いで消す。香炉に立てて、合掌。
 大河と宗史の合掌に合わせて、晴たちも手を合わせて目を伏せた。
 しばし、せわしない蝉の鳴き声と線香の香りに包まれた静寂が流れる。
 報告したいことは、たくさんある。でも今は、ただいまと、それだけを告げて大河は合掌を解いた。
 ろうそくの火を消し、最後に深く礼をして腰を浮かせ、横に移動する。同じ所作を終わらせた宗史は、晴の隣へ移動して腰を下ろした。
 大河が、改めて影正と祖母へ視線を向けた。
「じいちゃん、ばあちゃん。柴と紫苑」
 手を差し出して紹介すると、柴がさらに背筋を伸ばした。
「私は三鬼神が一人、柴」
「腹心、紫苑」
「以前は、大変すまないことをした。申し訳なかった」
 そう言って、二人は深く頭を下げた。
 まるで、影正と祖母が目の前にいるような話し方だ。食らった人をきちんと埋葬して手を合わせる、二人らしい振る舞いだと思った。
 そのことはもういいのに。二人が体を起してから、大河は苦笑して仏壇と祭壇に語りかけた。
「じいちゃんを運んでくれたの、二人なんだよ。何度も助けてもらって、今は一緒に寮で暮らしてる。訓練にも付き合ってもらってるし、藍と蓮もめっちゃ懐いてるんだ。刑事さんたちとも知り合いになって、今日は一緒に新幹線で帰ってきた。――結構、楽しくやってる……?」
 つらつらと報告して、最後は窺うように見やった大河に、柴はこくりと頷いた。
「興味深いことばかりで、飽きぬな」
「そっか、良かった」
 こちらがせっかくだしと思っていても、二人はどう思っているのか。ここぞとばかりに何気なく尋ねてみたが、楽しんでくれているのなら良かった。大河はほっと胸を撫で下ろし、再び影正と祖母へ視線を戻した。
「俺も楽しくやってるよ。まあ、訓練はきついけど、皆優しいし。色々あるけど、何とかやってる。だから二人とも、安心して」
 最後に照れ臭そうに笑った大河に答えるように、二本の線香の煙が不意に一度だけ大きく揺れた。
 全員が無言で目を瞠り、やがて、それぞれが口元に笑みを浮かばせた。
 開け放した窓から、風は入っていない。感じられないほどの微かな風だったのか、それともどこからか隙間風が吹いたのか。
 現実的に考えようと思えば、いくらでも考えられる。でも、こんな時くらいは――。
ふと、大河が宗史と晴を見やった。
「ねぇ、さっきの。やっぱりって言ってたけど、鈴がここにいるって気付いてたの?」
「気付いてたっつーか、気になってたよな」
「ああ。一週間だからさすがにな。独鈷杵の件もあったし、まさかとは思っていた。ただ、正確な場所が分からない上に、独鈷杵が残っているかどうかも謎だった。そんな状態でむやみに探せば人目につく。船と悪鬼を使って島の裏側から侵入しても、術を使える影唯さんは当然霊力も霊感もある。すぐに悟られるだろう。本気で狙っているのならできるだけ戦闘は避けたいだろうが、俺たちが動くのを待った方が確実だ。護衛するにしても、その直前だと思っていた。まさか四日も前に入っているとはな」
「そうか、父さんも術使えるんだっけ」
 簡単な結界くらいしか張れないと本人は言っていたが、行使できるのなら霊力があることに変わりはない。これまで一度も見たことがないため、いまいち実感がないし想像もできない。
 あののんびりとした影唯が、悪鬼を前に霊符を構えて真言を唱えるのか。なんかもう違和感しかない。
 晴が言った。
「それと、昨日お前、影唯さんたちのこと心配してたろ。それで、念のためって可能性もありだなと思ったんだよ。こっちは柴と紫苑がいるし、戦力的にも問題なかったしな」
「そっか……」
 要するに、宗一郎と明は心配してくれたのか。
 大切な人を心配してもらえるのは、素直に嬉しい。大河は照れ臭そうにはにかんで、もう一つの疑問を口にした。
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