第5話

文字数 2,817文字

「――以上です。雅臣の印象は……気が強そうに見えたかな。あとは、めっちゃ必死っていうか、焦ってるっていうか、余裕がない感じ。独鈷杵を回収したあとだったからかもしれないけど」
「俺もそんなふうに見えたな。下平さんの言う通り、写真とは別人のようだった」
「悪鬼を取り憑かせた影響もあるかもな」
「ああ。どうしても負の感情は増すだろうし、顔付きや性格が変わっても不思議じゃない」
 顔付きや性格までも変えてしまう、負の感情。写真で見た雅臣の穏やかな笑顔が書き換えられていくようで、いたたまれない気持ちになる。
「で、やっぱ結界を結界で弾いたか」
 晴が呆れたような苦笑いを浮かべた。
「あれ、気付いてた?」
「そりゃあ、いきなり結界張った上に、あれだけ派手にやらかせばな。無茶したよなぁ、お前」
 宗史が苦笑いを浮かべ、人外組が頷いた。このメンツには隠し事などできない気がする。
 鈴が口を開いた。
「昨日の筋肉痛の原因はそれだったのだな。結界が何かを弾いているなとは思ったが」
「えっ、ここまで聞こえてた?」
「ああ。どうやら例外はあるようだか、結界が反応するのはあくまでも穢れや物質だ。だが、人の聴覚なら家屋の中にいれば聞こえぬ程度だっただろう」
「そっか、よかった」
 例外とは、冬馬と下平のことだろう。
 必死だったから、そこまで気が回らなかった。朝のランニングの時も噂になっているようではなかったし、気にしなくていいだろう。大河はほっと肩を落とした。
「それにしても、そのような状況でよく思い付いたものだ」
「今思い出したら、自分でもそう思う。もうめっちゃ必死だった。真言の暗記より頭使ったかも」
 思い出しただけでも疲れる。大河が遠い目をすると、小さく笑いが起こった。
「大河、よくやったな」
「頑張った」
 宗史と晴からお褒めの言葉がかかり、大河は照れ臭そうにはにかんだ。
「あ、でも、宗史さんが指示を出してくれなかったら、紫苑が間に合わなくて地面に叩きつけられてたかも。ありがとう、助かった」
「ああ、先に紫苑が到着したのか」
「うん。でもさ、いくつか分かんないことがあるんだけど……」
「何だ?」
 えっと、と言いあぐね大河はちらりと隣を盗み見た。宗史から聞いたあの話。紫苑は、聞いたと知って気にしないだろうか。
「もしかして、お前にあんなことをした理由か?」
「うん……」
「昨日、お前に話したことを二人に伝えた。紫苑は知らなかったそうだ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
 ぱっと顔を明るくし、大河は少し身を乗り出して紫苑を覗き込んだ。
「紫苑、俺気にしてないから。気持ち分かるし。だから気にしなくていいよ、大丈夫」
 笑顔で言ってやると、紫苑はじっと大河を見つめたあと、ふいと視線を逸らした。
「……感謝する」
 例の複雑そうな顔でぼそっと返ってきた答えに、大河はくすりと笑った。やっぱり照れ屋だ。
ふと視線を感じて柴を見上げると、わずかに細められた濃い深紅の瞳と目が合った。嬉しそうな色。何となく照れ臭くなってへらっと笑ってごまかし、大河は体勢を戻した。改めて疑問を口にする。
「えっと、俺が標的なら、何であんなことしたのかなと思って。俺が死んだら困るんだよね」
「おそらく、牙の動向を探るためだ」
「牙?」
「ああ。昴から召喚した時の様子を聞いているだろうし、奴らにとって契約をしていない神は脅威だ。もし牙がこちら側に付けば、不利どころか敗北も同然。だからこそ、お前を追い込んで介入、あるいは干渉してくるかどうかを試したんだろう。だが、予想外にもお前は自力で切り抜けた。最悪の場合、牙が手を貸したと思うぞ」
「でも、前は一応真言を唱えたし、今回は島で独鈷杵があったからなんじゃ……」
 牙にとって、影綱の独鈷杵が敵の手に渡ることは見逃せないだろう。だから干渉してきた。宗一郎がこの人数で回収に向かわせたのは、牙が干渉してくる可能性が高いと予測していたからだろう。それは分かるけれど、だからといってこれから先も手を貸してくれるとは到底思えない。いくら自分が影綱の子孫だとはいえ。
 不遜な態度と見下すような目付きを思い出し、大河はむっと唇を尖らせた。
「それは牙次第だ。さすがに敵側も分からないだろう。だが、干渉してくる可能性がある、という事実は、これからの計画に大きく影響するだろうな。例えば、お前をさらに追い込んであえて牙と契約させ、力を制限する。こちらとしては、確実に召喚できた方が安心だからな。敵側からすれば、いつ牙が干渉してくるか分からないより、はっきりしていた方が計画を立てやすい。向こうの戦力にもよるが、千代がいるしな」
「……そう、ですね」
 どこをどうしたらそんなことを思い付くのだろう。若干引き気味に頷いた大河に、宗史が不思議そうに瞬きをした。隣では、晴と志季が「こいつ怖ぇ」といって顔を引き攣らせている。
「つまり、お前自身が狙われる可能性もあるということだ。油断するなよ」
「う、うん」
「他には?」
 この人は心の底から本気で敵に回したくないと慄きつつ、大河は尻ポケットから独鈷杵を引っ張り出した。
「昨日見てて気が付いたんだけど、これって、護符になってるんだよね」
「気が付いたか」
「うん。あ」
 ふと思いつき、大河は柴と紫苑を振り向いた。そういえば。
「二人は大丈夫なの?」
 昨日は気付かなかったが、あの巨大な悪鬼の瘴気でさえ阻むのなら、こんな近くにいると居心地が悪いのでは。心配そうに尋ねた大河に、二人は無言を返してきた。しばし沈黙が流れる。
「……え……駄目?」
 尋ねるや否やこくりと同時に首を縦に振られ、大河はぎょっと目を丸くした。
「駄目なの!? でも昨日、普通だったよね?」
 神社からここへ運ぶ時もそれ以後も今も、そんな素振りは見えないのに。
「独鈷杵自体には触れられぬが、多少居心地が悪い程度だ。問題ない」
 つまり、あの巨大な悪鬼より柴たちの方が強いということになる。でも、よくよく考えれば、こうして一緒にいても瘴気の影響がないのはどういった理屈なのか。それほど強い瘴気ならば、お守りは効かないはずだ。悪鬼の瘴気と鬼の瘴気は別物――いや、それはともかく。
「……ほんと?」
「ああ」
「嘘じゃない?」
「ああ」
 頷きはするものの、何だか無理をしているように見えるのは気のせいか。大河は眉尻を下げて独鈷杵に目を落とした。
「大河」
 口を開いた宗史へ視線を向ける。
「影綱と何度も会っているのなら、問題ないという証拠だ。日記にもそう書かれてあった」
「そうなの? でも……」
 敵の手に渡るとまずいという理由もあるが、護符と分かった上で回収したのは、問題ないと分かっていたからか。しかし、影綱とは頻繁に会っていたわけではないだろうし、今は寮で一緒に暮らしているのだ。四六時中居心地の悪い思いをさせるのは、やはり気が引ける。うーんと悩ましい声を漏らす大河に宗史たちが苦笑し、柴はどことなく申し訳なさそうな面持ちだ。
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