第5話

文字数 724文字

「樹、話せ」
 一向に進まない車内で、怜司は前置きもなく言った。神妙な面持ちで車窓を眺めていた樹が振り向き、うんと頷いた。その口元には、微かに笑みが浮かんでいる。
「約束だったもんね」
 そう言い置き、樹はまるで他人事のように過去を語った。
 何がきっかけで下平や冬馬と出会ったのか。良親という男のこと。寮に入る原因となった三年前の出来事。さらに、今回の事件と鬼代事件との関係とからくりまで。
「でもね、あの時の記憶、ほとんどないんだ」
 樹はそう言って締めくくった。
 状況にそれぞれの人物像を加味すると、十分に辻褄が合う話と推理だった。同時に、寮に内通者がいると断定するものでもあった。
 ただ、判然としない部分も多い。
 内通者がいるのなら、何故こんな手の込んだことをしてまで樹をアヴァロンにおびき寄せる必要があったのか。もし誘拐事件が初めから仕組まれていて、陽と共に樹を排除するつもりだったのなら無駄な労力だ。こちらの混乱を狙ったのか。あるいは、誘拐事件が予定外だったのか。だとすると何故このタイミングだったのか。裏で糸を引く首謀者は、どうやって良親を捜し当てたのか。
 また、内通者がいると断定された今、敵側が直接攻撃を仕掛けてこない理由も分からない。こちらの情報は、両家や寮の場所共々、全て知られているはずだ。
 そしてもう一つ。
 冬馬が樹を仕事に誘った理由。
 率直に問うと、樹は伏せ目がちに、どこか困った声色で言った。
「さあ、何でだろうね」
 と。
 まどろっこしい。まるで見本の無いパズルのようだ。枠は出来上がっているのに、中を埋めるピースは手探りで、どんな絵が描かれるのかさえ分からない。
 怜司は、眼鏡の奥の瞳を細めた。
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