第15話

文字数 2,206文字

 握った刀の柄に力を込め、紫苑は皓を見据えたまま沈黙した。沈黙は肯定。
「とりあえず流れを聞いてちょうだい。質問はあと。いい?」
「ああ」
 頷いた紫苑に頷き返し、皓は改めて口を開いた。
「剛鬼は、東国の野鬼だけじゃなく、酒吞童子の縄張り外の野鬼にまで手を回したそうよ。三鬼神(あたしたち)や酒吞童子に悟られないよう、密かにじっくり時間をかけて。同時に、千代とも接触を図った。そしてあの夜、企ては実行された。縄張りを同時に襲撃した理由は、分かるわよね」
「個別に襲撃すれば、二度目、三度目は当然警戒されるからだ」
「そう。剛鬼はあの夜、すでに遠江国(とおとうみのくに)(現静岡西部)まで逃げていたらしいわ。縄張りに手を出せば、あたしたちが黙っているわけがない。さらに、あたしたちが手を組むことは簡単に予測できた。だから、顔を知られていないことを利用して、配下に自分の身代わりをさせ、餓虎は壊滅したと思わせた。目的は、こちらの弱体化」
 眉根を寄せたが口を挟む様子のない紫苑に、皓は続けた。
「それから、酒吞童子の縄張り外の野鬼をさらに引き入れながら、信濃国(現長野)尾張国(おわりのくに)三河国(みかわのくに)(現愛知)を転々とし、時期を待った。けれど戦力の強化が一向に進まず、戦へと踏み切った。これが大まかな流れよ。はい、質問どうぞ」
 茶目っ気たっぷりにひょいと手を出され、紫苑は視線を落として逡巡した。
 千代は神出鬼没だが、標的がはっきりしている分、接触しやすかっただろう。不干渉の掟があるため、彼女は三鬼神の縄張りに手は出さない。人の集落や村を張っていれば、いつかは姿を現す。こちらの捜索を逃れられたのも、三鬼神の縄張りからかなり外れた場所で頻繁に移動していたからだ。派手に動かなければ、噂も耳には入ってこない。
 この程度は聞かなくても理解できる。だが、分からないことも多い。皓が先に流れを説明したのはこのためか。都度説明を入れていたら、話しが大きく逸れる。ならばこちらから質問させた方が効率はいい。こういうところは、さすが頭が回る。
 紫苑は視線を上げた。
「どうやって千代を丸め込んだ。姿形は幼子だが、実際は我らより相当長く生きている。知恵も付いているだろう。そう簡単に言いくるめられるとは思えん」
「やっぱり、そう思うわよねぇ。あたしもそう思ったわ。今でもそう思ってる。千代にとって、人を糧にするあたしたち鬼も目障りだろうって話は、聞いたことあるわよね」
「ああ」
「剛鬼はこう言ったそうよ。人は餌にすぎない。ゆえに人は人にあらず。我らに従わぬ鬼もまた、鬼にあらず」
「無礼な……!」
 声を荒げた紫苑とは反対に、皓はやれやれと言いたげに首を横に振った。
「失礼な話よねぇ。隗が言うには、まあそこそこ巨漢でかなり目付きの悪い、いかにも育ちの悪そうな奴だったって」
 育ち云々はともかくとして、隗の目線でそこそこ巨漢なら、普通の鬼からすれば相当な巨漢だろう。
「性格もね、ずいぶんと傍若無人で横暴な奴だったらしいわ。少し気に入らなければ、仲間でさえ容赦なく切り捨てたそうだから」
「よくそれで首領が務まったものだ」
 しかめ面で吐き捨てた紫苑に、皓が小さく笑った。
「力が全ての野鬼だもの。逆に居心地が良かったんでしょ。力関係はあったでしょうけど、剛鬼を怒らせなければ好きな時に好きなだけ人を食って、好きなことができるもの」
「それで人が絶えては本末転倒だろう」
「さすがにその辺は考えてたみたいよ。千代は、人を根絶やしにするために悪鬼になったって言われてるでしょ。千代にとって、やっぱり人は人なのよ。そこで、さっきの剛鬼の言い分。人を家畜として飼えば、千代から見ても人は人でなくなる。目的は果たされたことになる。ですって」
「詭弁だ」
「あたしもそう思うわ」
 皓が小馬鹿にするように肩を竦めた。
 当然、反抗する鬼は皆殺しが前提だろう。千代が鬼をも煩わしく思うのは、人がこの世に存在しているからだ。だが、人なしでは鬼は生きてゆけない。ならば家畜として飼い、尊厳を奪って人を人でなくせばいい。もとより人を餌としか見ていない剛鬼はもちろん、千代から見ても人は人でなくなる、という考えに至ったらしい。同族でも残忍な殺し方を厭わない剛鬼らしい、どこまでも傲慢で尊大な考え方だ。
 馬鹿馬鹿しい。どんな理屈を捏ねようと、どんな扱いをしようと、人は人に変わりないというのに。
「つまり奴の目的は、鬼が支配する世を造るためだったと?」
「みたいね。都を落とすことは帝を落とすことにもなるから、手っ取り早く都を狙ったんでしょうね」
 紫苑はぐっと歯を食いしばった。人を家畜として飼い、繁殖させて糧にし、世を支配する。そんなもの机上の空論だ。そんなことのために、父母と仲間は残忍な殺され方をされ、玄慶や行毅は命を落としたのか。
 憎しみとやり切れなさが、胸一杯に込み上げる。
「くだらない……ッ」
 憎々しく吐き出した悪態をさらうように、ぬるい風が吹き抜けた。
 剛鬼は、そんな妄想を実現できると本気で信じていたのか。人の数は鬼よりはるかに多いのだ。全ての人を家畜として飼い、管理することなどできるわけがない。――いや、分かっているからこそ、悪鬼を従える力を持つ千代を味方につけたのか。悪鬼を見張りや脅しに使えば、人は従わざるを得ない。
 心底腹立たしく思うが、皓に恨みつらみを吐いても意味がない。紫苑は、気を落ち着かせるように、ゆっくりと長く息を吐き出した。
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