第12話

文字数 2,772文字

          *

「これから話すことをよく聞いて、よく考えろ。安直に答えを出すな。いいな」
 そう強く念を押した宗史は、意を決したように口を開いた。
「柴が復活した日のことだが、不自然な点に気付かないか」
「え?」
 思いもよらない問いかけに、大河は小首を傾げた。まさか半月以上も前の話しを持ち出されるとは思わなかった。唇に手を添え、うーんと唸りながら一つ一つ思い出す。
 皆で御魂塚へ行き、宗史と晴が結界を張っているところに、紫苑が現れた。志季と椿が応戦したけれど、結局止め切れずに塚は崩壊し、柴の封印が解かれた。正気を失った柴に紫苑共々襲われ、大河が牙を召喚し、柴を打ち負かして紫苑は撤退した。
 タイミング良く紫苑が現れたのは、昴がGPSで宗史と晴の動きを追っていたからだ。部屋で霊符を描くと言えばこもっていられるし、ある程度追えば、あとは紫苑を向かわせて任務は完了。十一時過ぎといえば、学生組は宿題か訓練、樹と怜司は就寝中、茂たちは訓練かシャワー中の時間帯で、一人になろうと思えば可能だった。当日の個々の様子を振り返っても、特定は難しかった。
 紫苑は会合で「封印場所を探している時に強い霊気を感じた」と言っていた。結界を張り終えるまでの短い時間で来たから、裏山のどこかにいたのだろう。
 昴たちが、詳しい場所が分かる前に紫苑を向かわせたのは、結界を張られると困るから。船で島の裏から入り森を越えるとなると、間に合わないかもしれない。さらに、あの時いたのは健人だけで、船からは離れられなかった。復活を阻止するのなら、こちらが強力な結界を張るだろうことくらいは予測できる。紫苑でも結界を破ることは不可能、あるいは手間と時間がかかると思ったのだ。
「……あれ?」
 ちょっと待て。大河は眉を寄せた。
 万全を期すなら、健人の他に仲間を連れてくるべきではないのか。そうすれば、無駄に裏山を探せるようなこともなく、結界を張られても対応できるのに。
「気が付いたか?」
 静かな声で宗史に問われ、大河は顔を上げた。
「何で、紫苑一人だったんだろう」
 きょとんとした顔で疑問を口にした大河を見て、宗史はゆっくりと、言葉を選ぶように尋ねた。
「例えば、お前が牙を召喚しなかったら、どうなっていた?」
「どうって、全滅……」
 紫苑でさえ柴に敵わなかったのなら、答えは一つしかない。大河は言葉尻を小さくし、浮かんだ可能性に目を見開いた。
「そうだ。間違いなく、俺たちは柴に殺されていた。さらに言うなら、鬼にとって一番美味い人間の部位は、おそらく心臓だ。つまり、心臓だけを食らって――」
「ちょっ、ちょっと待って」
 大河はあからさまに動揺して身を乗り出した。
 鬼にとって一番美味い部位は心臓、というのは間違っていないだろう。矢崎徹や三宅、田代の遺体からも抉り取られ、隗も影正の心臓を食らっていた。
 体勢を戻し、俯いて視線を泳がせる。
「つまり……あの時、もし俺が牙を召喚してなかったら、俺たちだけじゃなく、父さんたちや島の皆も殺されてたって、言いたいんだよね。敵の狙いはそれだったって」
「いや、刀倉家と俺たちのみが標的だったと思う。あの場所にいたのは、全員陰陽師だ。お前はすでに霊力が目覚めていたし、御魂塚から一番近い場所は刀倉家だった。霊力が弱いとはいえ、影唯さんも陰陽師に違いない。俺、晴、大河、影正さんに影唯さん。垂涎ものと言われるお前に、さらに四人の陰陽師の心臓や肉を食らえば、さすがに正気に戻るだろう。実際、柴と紫苑が幽閉されていた時の生贄は、二人ずつだった」
 極度の空腹にあって心臓だけを狙うのなら、例え陰陽師でも一人二人ではすまないだろう。垂涎ものである大河一人でも、飢えは満たされなかったかもしれない。
 腹を空かせ、獣のように飢えた柴が一番美味い心臓だけを狙って、宗史や影唯たちを皆殺しにする。雪子は陰陽師ではないが、刀倉家の人間だ。事情を知っていると思われたのだろう。あの時、自宅には省吾たちもいたが、敵側からすれば想定外のことだ。となると、犯罪者と事件関係者を標的とする基準に、合っている。
 大河は膝の上の拳を握った。それが、本当なら――。
「じゃあ……、紫苑、は……」
 狙いを知っていたことになりはしないか。ぐっと唇を噛んで、言葉を押し込める。そんなわけない。いくら柴に忠実で、異常なくらいの情があっても、まさか。
「俺も初めはそう思った。だが、知らなかっただろうな」
 言わんとしたことを察した宗史に、大河は勢いよく顔を上げた。
「何で?」
 紫苑は、封印から解かれた時の状況を隗から聞いていた。正気ではなかったことも、人を食ったことも。ならば、柴がどんな行動をするか分かったはずだ。
「よく思い出せ。紫苑は、柴を止めようとしていただろう」
「あっ」
 一番初めに自分が気付いたのだ。あの時、紫苑は柴に縋るようにして訴えていた。私の声さえ届きませぬか、と。目的を知っていたら、止める必要はない。
「それと、会合での証言だ。封印が解かれた直後の記憶はなく、気が付いたら幽閉されていた。さらに、公園襲撃事件の時、柴は万全ではなかった、と言っていただろう」
「うん」
「紫苑が隗から聞いていたのは、封印を解かれたあと人を食らったことのみ。どうやって幽閉場所まで連れてこられたのか、正気を失った鬼が、どれほどの強さなのかまでは聞いていなかった。だが、幽閉されている間に、体は衰え、早々に体力は戻らないことを、実体験として知っていたんだ。だとすれば、例え柴であれ、正気を失っていたとしても、止められると思った。あの時点で、紫苑の体力は戻っていただろうしな。あるいは、一人でも止められると聞かされていた」
「そうか。いくら紫苑でも、俺たちを皆殺しにするって知れば拒否するかも」
「可能性として、ないとは言い切れない。隗はすでに蘇生されていたから、柴と紫苑の性格を考慮した上でのものだろうな」
 柴は人を殺さない。封印から解かれ、正気を失っていたとはいえ人間を殺して食ったと知った柴が、どう思うか。何せ、影綱の子孫もいるのだ。紫苑は本当の目的を知らず、止められると思い、さらに生贄を用意しておくと言われたからこそ、封印を解くことに協力した。
 それでも、迷っただろう。犯罪者とはいえ、主に信条を破らせてしまうことを。迷って、迷って、けれどもう一度、会いたいと思った。
 生贄については、今でもこうして一緒にいるのなら、二人の間で解決しているのだろう。それに、紫苑が見誤った可能性もあるが、騙されていたかもしれないのだ。柴が頭ごなしに紫苑を責めるとは思えない。
 大河は長く安堵の息を吐いた。もし狙いを知っていたとしたら、ちょっと、いやかなり複雑な気分だった。大切な人にもう一会いたいと思う気持ちは、よく分かるから。
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