第12話

文字数 4,613文字

「それで、三つの事件が繋がるってのはどういう意味だ?」
 話を戻した下平は煙草を取り出し、火を点けた。
「そのことですが、噂の内容の不自然さについては気付きましたか」
「ああ。連絡手段がない、だろ。いつ行けば会えるとか、名刺の一枚も出回ってねぇ。しかも、ネットでもそれらしいホームページはねぇし、SNSも一つもヒットしなかった。ならどうやって仕事を受けてんだと思ったぞ。だから実態が掴めねぇって言ったんだ」
 あ、と紺野と北原が同時に呟いた。しまった、初めからヒントは出ていたのに気付かなかった。
「何だ、気付かなかったのか? お前ら、まだまだ甘いな」
 にやりと不遜な笑みを浮かべた下平に、二人はバツが悪そうに視線を逸らして「すみません」と呟いた。
「ま、俺も言えばよかったんだけどな。で?」
 先を促され、紺野は気を取り直すように咳払いをした。
「俺たちは、噂の内容は問題ではなく、樹に似せた噂を流すこと自体が目的だったのではないかと考えました。噂を流した奴と噂のイツキが同じでも別人でも鬼代事件の犯人であり、また少年襲撃犯も共犯である、ということが前提になります。あくまでも推測の域を出ませんが、明たちが少年襲撃事件は一連の事件と関係があると判断した以上、間違いないかと思います」
 登場人物は、噂を流した者、噂に出てくるイツキ、少年襲撃犯の三人。だが、少年襲撃犯が判明しない以上全員が同一とも考えられるため、最低一人、あるいは二人の可能性もある。そして全員、鬼代事件の犯人。
「基本的な構図はシンプルです。まず、アヴァロンに樹に似た噂を流す。パトロールをしている下平さんの耳には当然入ります。それから哨戒中の樹に少年たちと遭遇させる。防犯カメラがあると気付けば、もしくは他の一般人が目撃すれば警察に通報する。被害者が少年であることから、少年課が関わってくることは明らかです。そこで樹と下平さんを再会させて噂のことを樹に話させる。そして、樹がアヴァロンに行く」
「ちょ、待て待て待て」
 煙を吐きながら下平が手の平で制した。
「突っ込みどころが多々あるんだが」
「はい」
「はいじゃねぇよ。どういうことだ」
 怪訝な視線を向ける下平に、紺野は冷静な眼差しで続けた。
「この構図に、噂のイツキと成田樹が同一人物である、という条件を当てはめると、辻褄が合います。さらに、推理が当たっていた場合、成田樹は内通者、つまり犯人と断定されます」
 下平の眉根が寄った。
「冬馬たちは樹を見ていないと証言しているので、おそらく仲間が噂を流したと思われます。アヴァロンは一見の客も多いでしょうし、店内も薄暗い。酒も入っていますので、覚えていなくても納得がいきます。そして当然、樹は下平さんのことも知っている。そのうち貴方の耳に入ることは予想できる。噂が回った頃、少年たちの襲撃事件を起こす。つまり、自作自演です。襲撃犯と少年の一人が顔見知りである可能性は高いので、例えば、犯人が少年をあの場所と時間に呼び出し、タイミングを計って自分たちと遭遇させる。防犯カメラがある場所をわざと選び、警察に通報し、貴方と再会する。貴方のことをよく知っている樹なら、きっと噂のことを話すだろうと踏んだんでしょう。噂を聞き、気にしているふりをしてアヴァロンに顔を出す」
 一旦言葉を切り、紺野はぬるいウーロン茶に口を付けた。
「まあ、ぱっと聞けば辻褄が合ってるように聞こえるが、まだ突っ込みどころがあるぞ。自作自演する理由は何だ?」
「怜司です」
「里見くん?」
「鬼代事件からこっち、あいつらには二人一組で行動することを厳守するよう指示が出ています。冬馬の証言では、この三年間、姿を見ていないらしいので、おそらくあの界隈には近付いていないんでしょう。だとしたら、突然アヴァロンに足を運ぶのは不自然です。ですので、店に足を運ぶためのきっかけだったのではないかと。それと、鬼代事件においては自分たちの存在を示すためのパフォーマンス」
「パフォーマンス? 何でそんなことする必要があるんだ」
「現場の映像では、襲撃犯は少年を追い立て、まるで楽しんでいるかのようにも見えました。おそらく、少年は襲われる心当たりがなくても、犯人の方にはあった」
「つまり、復讐か」
 はい、と紺野は頷いた。
「さらに、樹が自分で仕組んだのなら、悪鬼が人に従っているように見えたと判断、報告することも容易です。怜司もそう判断すればなおさら、陰陽師たちは必ず事件を調べる。彼らに対して、さっさと捕まえないと次の犠牲者が出る、という警告とも思えます。そうでなければ、わざわざ防犯カメラがある場所を選んだりはしません。やり口から見て三年前の樹のイメージとは真逆だと思いますが、彼が当時のままだとは限りません」
 きっぱりと言い放った紺野に、下平はそうだなと溜め息交じりに呟いた。
 人は変わる。姿をくらませるほどのことがあったのなら、なおさらだ。信じたくない気持ちは分かるが、今は私的な感情を排除してもらわなければならない。
 下平は煙草を吸って吐き出した。
「この場合、そこまでして樹がアヴァロンにこだわる理由は三年前、か?」
「はい、おそらく。今の情報だけでは、はっきりしたことは分かりませんが」
 下平が煙草を灰皿で揉み消した。
「しかし、そう上手くタイミングを合わせられるもんか?」
「それについては後で説明を。先に、別人だと仮定した場合をお話します」
「ああ」
 了承を聞き、紺野は続けた。
「別人だった場合も、流れは同じです。噂を流し、少年襲撃事件を起こして樹と下平さんを再会させ、樹をアヴァロンにおびき寄せる。ここで重要なのが、下平さんの存在です」
 真っ直ぐに見据えると、下平はああと呟いた。
「俺が樹に噂を話すかどうか……そうか」
 下平が目を見開いた。さすが察しがいい。
「冬馬たち以外の、俺と樹を知っている人物」
「はい」
 噂を流したとしても、下平が樹に話さなければ意味がない。樹に関しては、過去の自分と似た噂を聞けば誰でも気になるという心理を利用した。つまり、樹のことはもちろん、下平が樹のことを気にかけていることを知っている人物。
 下平は低く唸りながら腕を組んだ。
「俺のことも知ってる奴と言ったら、やっぱ冬馬の取り巻き連中だな。でも頻繁に変わってたからなぁ、顔も覚えてねぇぞ。お前らが会った奴らは昔からいるが……まあ、それについては後で考えよう。それで、この場合の目的は?」
 話を戻した下平を、紺野は真っ直ぐ見据えた。
「樹本人、あるいは怜司も一緒かもしれません。鬼代事件に関わっている以上、犯人側からすれば敵です。平たく言えば、消すつもりではないかと」
「……っ!」
 飛び出した物騒な言葉に、下平は弾かれたように組んでいた腕を解き、目を剥いた。
「ただ、もしそれが狙いなら、ここまで手の込んだことを必要があるのかとも思います。わざわざアヴァロンを巻き込む意味。それが分かりません。もしかすると、それも三年前に関係があるかもしれません」
 忌憚なく見解を述べた紺野に、下平は溜め息と共に壁に背中を預けた。
「やっぱそこか……」
「可能性の話ですが」
 下平にとって、この事件は全て三年前、つまり自分の失態へと繋がる。こちらからすれば、傷口に塩を擦り込んでいるようなものだ。可能性などという言葉は気休めにもならない。
「二つの事件が繋がる可能性は分かった。で、さっきの質問の答えは?」
「GPSです」
 あっさりと答えた紺野に、なるほど、と苛立ったように頭を掻いた。
 本来なら身を守るための物が、犯罪に使用された例は多くある。盗聴器などは最たるものだ。GPSもまた同じで、その物自体は悪い物ではないのに、使用する人間によって悪になる。人を豊かに、世の中をもっと安全に、便利にと思いを込めたであろう開発した技術者たちは、どう思っているのだろう。
「寮の奴らは、賀茂宗史と土御門晴を含め、全員GPSを設定しているそうです。それと、哨戒ルート。これが分からない限り、罠を張ることはできない。哨戒は、時間は決まっていてもルートはその日に決めるらしいので、樹ならばもちろん、寮の奴らは全員知ることができる。つまり、この推理が当たっていた場合――」
 紺野は一旦言葉を切り、硬い声で言い切った。
「確実に、寮の中に裏切り者がいることになります」
 三人の空間だけが水を打ったように静まり返り、重苦しい空気が流れた。周囲の声や音が妙に大きく届く。
 沈黙を破ったのは、北原だった。
「でも後者だったとしたら、樹くんは被疑者から外れます」
 紺野も無言で頷いた。
 この推理は、罠を仕掛けた者は全員犯人であるということが前提になっている。罠を張るために必要な情報を全て握っているにも関わらず樹が仕組んでいないのなら、敵側と通じていないと判断してもいいだろう。
 寮の者たち、および怜司については樹のことをどれほど知っているのか判明しないため、外せない。
「ただ一つ、不可解な点があります」
「樹が噂の話を報告していないことか」
「はい。もし明たちに全て報告しているとすれば、あいつらなら鬼代事件と繋がっていることに気付くはずです。そうなると、アヴァロンはもちろん、噂の出所を探ろうとするでしょう。寮の奴らに探らせるにしても、噂のうの字も出なかった。樹が寮に入ったのが三年前だとすると、明たちは何があったのか知っているはず。だからこそ、報告していないのではとも考えられます」
 正直なところ、今の段階では樹が犯人である説が有力だ。だが決定的な証拠がない。それに、全ての状況が樹を示しすぎているようにも見える。犯人が、ここまで自分を示唆するような罠を仕掛けるだろうか。
 下平が、今日何度目かの溜め息をついた。
「もし……」
 紺野と北原が同時に視線を投げると、下平は眉間に皺を寄せて言い放った。
「もし樹が犯人だったら、俺が目一杯殴り飛ばす。そんで理由を聞き出して冬馬が関わってたとしたらあいつもぶっ飛ばして、まとめて逮捕してやる。それが、今の俺がやるべきことだ」
 よし、と下平は一人頷き、壁から背中を離した。
「それで? 俺の担当は噂の出所と、襲撃犯とガキ共の接点を探ることだな?」
 紺野と北原を真っ直ぐ見据えたその目には、もう迷いは見えなかった。けれどもう一つの決意の色が見え隠れして、紺野はわずかに眉を寄せた。
 止めても、無駄だろうな。
 紺野は伏せ目がちにええと頷き、視線を上げた。
「襲撃犯の方は、必ず接点があります。もし隠しているのだとしたら、警察に言えないようなことをしていたのかもしれません」
「だな。ちょっとつついてみるか。だが、噂の方はどうするかな……」
 樹がクロの場合、全ての情報は樹本人から流れるため企てには何ら支障はない。ただ、こちらからしてみれば手掛かりがないことになる。当時の樹と冬馬たちとは関係のない人物が流したとなれば、なおさらだ。
 一方、シロの場合、樹、下平両方のことを知り、下平が樹のことを気にかけていることを知っている人物に絞られる。しかし、当時のことを知っている冬馬たちが調べたにもかかわらず、尻尾すら掴めていない。
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