第5話

文字数 785文字

 大河の部屋の扉を閉めると、弘貴がふっと呆れたような笑いをこぼした。春平もつられて苦笑し、部屋の前へと移動する。
「もっと困った反応すると思ってた」
「俺も」
 別に隠しているわけではないが、わざわざ自分から言うことでもない。他愛ない話の流れから、実は、と話すことがほとんどだ。けれど、話したとたん妙に気を使われたり、どう接したらいいかと、困った反応をされることが多かった。寂しいとは思うけれど、それも優しさだとも、仕方ないとも思う。こちらが普通に接して欲しいと思っても、どうしても主観や先入観は拭えない。
 ここに来るまで、ずっとそう思っていた。
「そのまんま受け入れたって感じだったな」
「だよね」
 施設出身、という事実だけを受け入れた。可哀相だとか、大変だったねとか、そんな同情的な感情が一切ないように見えた。
「まあ驚いてたけど、結果的には、だから? って思ってるのかもな」
 弘貴が、落ち着いた優しい声色でそう呟いた。
 施設出身だから何? 解釈の仕方によっては冷たいようにも思えるが、大河にとっては特別重要なことではないのかもしれない。それはつまり――。
「皆と同じで、僕たち自身を見てくれてるってこと、なのかな?」
 多分な、と弘貴は嬉しそうに相好を崩した。
 施設出身だということは、皆が知っている。幼い頃からの「夏也姉」という呼び方がなかなか抜けず、気を抜くと無意識に出てしまうため驚かれる。その都度、話をした。
 その時の反応を思い出して、春平は小さく噴き出した。
「僕さ、ここに来て、良かったなって思うよ」
 そうなの? とか、へぇ、とか返ってくる答えはそれぞれだったけれど、皆、示し合わせたように大河と同じ反応だった。
「俺もそう思う」
 照れ臭そうに、けれど嬉しそうに満面の笑みを浮かべて見上げた春平に、弘貴はにかっと白い歯を見せて笑った。
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