第11話

文字数 1,995文字

 冬馬に話すとはいったものの、さすがにこと細かに説明する時間はない。敵側の狙いと北原の件、平良個人の狙いだけを伝えると、冬馬は忌々しそうに顔を歪めて悪態をついた。
「あの事件の被害者、北原さんだったんですか。あいつ、ほんとに頭おかしいですね。容体は?」
「心配ない。今日やっと目ぇ覚ましてな、さっき病院に行ってきた。思った以上に元気だったぞ」
「そうですか、良かった」
 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、冬馬はふと腑に落ちた顔でぽつりと呟いた。
「だからか……」
「だからって、何がだ?」
「それが、あの日、左近から護符の代わりになるからと言って髪の毛を渡されたんです。お守りは持っていますし、どうしてだって聞いたら、念のためだと言われて」
 あの日、冬馬が賀茂家へ行ったことは想定外だったはずだ。当主陣は、北原の事件の目的は樹だと推測していて、それを知っていた左近が気を利かせた。と考えるべきだろうか。会合で樹が自ら口にしたのだから、話していなかったはずだ。もし樹が気付かなければ、当主陣から話したのかもしれない。何せ一般市民の命がかかっている。
 誰がどこまで気付くか、樹たち陰陽師を試しているような気もするが、教育の一環だろうか。
「でも、樹の推測が正しいのなら、下平さんも危険なんじゃないですか?」
 榎本たちにも同じ指摘を受けた。自惚れるわけではないが、紺野いわく「熱烈な告白」を受けた以上、否定できない。けれどここで「そうなんだよ」と言って心配させるわけにはいかない。
「俺は刑事だ。それに、危険度でいえばお前の方が断然高い。人の心配してねぇで自分の心配しろ」
 にっと笑ってやっても、冬馬は釈然としない顔を崩さない。もうこればかりはどう説得しても無理だろう。
「で。話は変わるが、お前、紺野の顔は覚えてるか?」
 米粒一つ残さずに食べ終わり、さっそく内ポケットから携帯を取り出す下平に、冬馬がわずかに不満顔をしてええと頷いた。ナフキンで口元を拭う。
「なら……あっと、熊田さんと佐々木さんのがねぇな」
 迂闊だった。
「ひとまず、今から何枚か写真送る。こっち側の連中だ、覚えろ」
「写真ですか?」
「ああ。顔を合わせてない奴らもいるから、念のためにな。あと二人、右京署の熊田さんと佐々木さんって刑事もいるから、頼んどく」
「分かりました」
 次々と写真を送る中、寮の集合写真だろう。冬馬が嬉しそうに口元を緩めたのを、下平は見逃さなかった。ちなみに式神のコスプレ写真では、口を覆って肩を震わせていた。
「智也たちにも話しておきます」
「おう、頼む。それとな」
 下平は再び写真を表示させ、一人の人物を拡大して冬馬へ向けた。
「こいつ。朝辻昴は、向こう側だ。間違えるなよ」
「え?」
 さすがの冬馬も驚いたように瞬きをして、視線を上げた。こんなに和気あいあいとしている写真を見れば当然だ。
「内通者だった。今はいない」
 声色を低くすると、冬馬は目を丸くしてもう一度写真に目を落とした。
 紺野の甥だとは――話さない方がいいか。万が一にも対峙した時、冬馬なら必ず躊躇する。いくら強いと言っても、あくまでも一般人レベルだ。初めから敵わないところに躊躇すれば、助かる可能性がますます低くなる。余計な情報を与えない方がいい。
 テーブルに置かれた冬馬の手が、きゅっと握られた。
「だとしたら、樹たちのことは……」
「ああ。寮の場所はもちろん、実力も漏れてる」
 下平が携帯を引っ込めて体を引くと、冬馬は追いかけるように視線を上げた。心配そうな、強張った顔。
「心配するなとは言わん。けど、訓練もしてるし、色々と策を講じている。信じてやれ」
 樹と、仲間たちを。
 言外に告げると、冬馬は視線を落として、気を落ち着かせるように息を吐き出した。
「ええ、分かっています。さすがにこれ以上は、俺の出る幕じゃありません」
「それならいい」
 厳密に言うとすでに巻き込まれているのだが、素人が自ら首を突っ込んでいい事件ではない。賀茂家で再度身を持って実感しただろう。
「それともう一つ。お前ら三人とも、GPS設定しろ」
「GPSですか」
「ああ。樹たちも俺たちも、全員設定してる。いざって時にすぐ居場所が分かれば、式神が先行できるしな。もちろん何にもないのに確認したりしねぇし、事件が終わるまでだから」
 行動を監視されている気がするからと、嫌がる人もいる。そんなことを言っている場合ではないが、一応付け加えると、冬馬は苦笑いして携帯を操作した。
「分かりました。下平さんなら信用できますし」
「そりゃどうも」
「その言い方、信じてないでしょう」
「お前が言うと冗談に聞こえるのは何でだろうな」
「失礼ですね。本気で言ってるのに」
「ますます冗談に聞こえる」
「ますます失礼ですね」
 冬馬はGPSを設定しながら、下平は熊田と佐々木にメッセージを送りながら軽口を叩く。本当に、ああ言えばこう言う奴だ。

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