第4話
文字数 4,045文字
捜査本部が疑っているのは、おそらく昴 だけではない。三宅 とトラブルがあった人物はもちろん、紺野 の家族や紺野自身も含まれているだろう。
下平から連絡があったのは、十時を少し回った頃。驚いたことに、同時通話でだ。
冷房が効いた部屋のソファでコーヒー片手にメモ帳を読み返していた紺野は、カップをテーブルに置きながら携帯を覗き込んで感心した。それでグループメッセージか。通話ボタンを押すと、ほぼ同時に北原 のアイコンが画面に表示された。ちなみにそれぞれのアイコンは、北原は彼女か誰かに撮ってもらったのだろう自分の後ろ姿で、下平は満面の笑顔の孫、紺野はてまりだ。
「お疲れ様です」
挨拶が北原と被った。
「おー、お疲れさん。すげぇな、ほんとに三人で電話できるんだな。便利な世の中になったもんだ」
感心した様子の声の向こう側で、がさごそとビニールが擦れる音がした。北原が尋ねた。
「誰かに教えてもらったんですか?」
「冬馬にな。例の話を智也たちにした時に使ったっつーから、そりゃ使えるなと思って設定してもらったんだ」
「あー、なるほど」
コンビニ弁当だろうか、プラスチックの蓋を開ける音が聞こえて、紺野が尋ねた。
「下平さん、今帰ったんですか?」
「そうなんだよ。すまん、食べながらでいいか」
「ええ、もちろん。じゃあ、今日は俺たちから報告でいいですか?」
「おう、頼む」
声はすでにもごもごとくぐもっている。
「北原、下平さんには簡単に話してある。あれから何か進展あったか?」
「それが、何も掴めてないんですよ」
三宅は現在亀岡市在住。電子部品を作っている会社に勤めているらしく、会社や自宅近所の人たちは、気の弱いところはあるが人から恨みを買うような人ではなかったと、口を揃えて言っていたそうだ。田代の名前はおろか、トラブルのトの字も出てこない。また、以前勤めていた京都市内の会社の同僚や友人知人にも聞き込みを行ったが、同じ証言しか得られなかった。離婚前は何か悩んでいたようだったという証言は出たが、その内容までは知らないと一様に首を横に振ったらしい。携帯からも、不審な履歴などは見つかっていない。
紺野は、まあ当然だろうなとこっそり嘆息した。あんな理由で離婚を考えているなど、自分の不甲斐無さを晒すようなものだ。
「えっと、それと……」
突然言い淀んだ北原に、紺野は落ち着いた声で促した。
「いい、何となく分かる。言え」
北原は少し間を開けてから続けた。
「三宅は、再婚して妻子がいます。遺体が発見される前日の朝は、いつも通りの時間に家を出たそうです。特にこれと言って変わった様子はなかったと。ただ」
妻によると、その日の午後六時頃、三宅から残業で遅くなると連絡が入ったそうだ。そして十時頃に、今から帰ると再び連絡があった。だが、いつまで待っても帰って来なかったため、携帯に電話をしたが繋がらず、とうとう朝を迎えた。家族ぐるみで親しくしている三宅の同僚に連絡を入れたところ、駐車場に車はあるが、本人がいないとのことだった。それから何度も携帯に連絡したがやはり繋がらず、その日の朝――つまり、白骨遺体として発見された日の、午前九時頃に捜索願を出した。
その証言を元に、三宅が会社を出た時間の防犯カメラ映像を確認したところ、確かに時間外通用口を出る三宅の姿が映っていた。扉をくぐり、裏手にある従業員専用の平面駐車場へ向かう姿もはっきりと映っている。しかし、通用口の防犯カメラの撮影範囲から外れたあと、他のカメラにも一切映っておらず足取りがまったくの不明らしい。時間が時間だけに、目撃者は今のところ出ていない。
「てことは、悪鬼を使ってるな」
「おそらくそうだと思います。会社の建物は道路沿いにあるんですけど、駐車場はその裏なんですよ」
「道路の街灯が届かないのか。さすがに照明は設置されてるだろうが、かなり暗いだろうな。人目に付かない上に闇に紛れられる」
「ええ」
「奥さんは、三宅に離婚歴があることを知ってたのか」
「え……、はい。ですが、細かいことまでは全く聞いていないそうです」
そうか、と紺野は呟いた。結婚後、パスポートは変更の手続きなどで戸籍謄本、あるいは抄本が必要だ。持っていたとしたら隠しきれないと思って話したのだろう。
「紺野」
不意に下平が口を開いた。
「お前から見て、三宅はどんな人物だったんだ」
神妙な声で尋ねられ、紺野は記憶を辿るように目を伏せた。
「気が弱い部分を除けば、普通、なんだと思います」
そう前置きをして、紺野は淡々と語った。
三宅の出身は大阪だが、当時は大学を出てから京都市内の会社で働いており、朱音 が大学に通いながらバイトをしていたカフェの常連だったらしい。そこで知り合い、付き合いが始まったと聞いている。
ごく平凡なサラリーマンで、少々気が弱そうな印象を除けば特にこれといって特徴はない。あえて言うなら温厚なタイプ。ぼんやりとした朱音と相性が良かったのだろう。紹介された時は、少し不安になるくらい平和でのんびりしたカップルだと思った。
朱音が昴を生んだのは、二十歳の時。三宅は二十四歳。そして紺野は十五歳、中学三年で叔父になった。
妊娠が発覚した時、両親も、同居していた父方の祖父母もかなり渋った。朱音は学生で、三宅もまだ社会人として心許ない。さらに、俗に言う「できちゃった婚」は、世間的な印象があまり良くない。あれが「授かり婚」ならば、また違ったのだろうが。だがせっかく授かった命で、順序が逆だろうと幸せになってくれればそれでいい。朱音と三宅の強い希望もあって、二人は結婚し、昴が生まれた。
あの時きちんと互いが納得するまで話し合いをしたおかげか、両家の関係は良好だった。特に、三宅の三つ下の妹・成美 と朱音は、お互いに同性の姉妹がおらず年が近いこともあり、頻繁に連絡を取り合うほど仲が良かった。成美は会うたびに昴のことをとても可愛がってくれ、自分も早く子供を産んで昴と兄弟のように育てたいと言っていたらしい。
しかし――。
紺野はソファから床へ移動し、胡坐をかいてぬるくなったコーヒーに口を付けた。
「三宅は、大の幽霊嫌いだったんですよ」
「――は?」
大の野菜嫌いなんですよ、とでも言うような気軽い台詞に、北原と下平の気の抜けた声が被った。
「遊園地のお化け屋敷すら嫌がるほどその手の物が嫌いで、映画やテレビの特番はもちろん、ホラーがかったサスペンス物も駄目だったみたいなんです。例えば、呪いを絡めた殺人事件とか」
「ああ、山奥の村に伝わる呪いとか伝説とか、そういうのか」
「ええ」
「……じゃあ、昴くん……」
北原の悲痛な声に、紺野は「ああ」と頷いた。
今思えば、昴は目が見え始めた頃からすでに「視えて」いたのだろう。時折、何もないところを見てはきゃっきゃと笑っていた。だが赤ん坊だったし、よく笑う元気な子、くらいの認識だった。それが顕著になったのは、昴が言葉を喋りはじめた一歳を過ぎた頃。誰もいない場所に向かって、一人で喋ることが増えた。朱音は特に気に止めていなかったが、三宅は少々不気味がっていたらしい。
決定的な出来事が起こったのは、昴が二歳、紺野が高校二年生の時。父方の祖父が亡くなった。
葬儀の最中、朱音に抱えられていた昴が、祖父の遺影に向かってひらひらと手を振った。まだ人の死を理解できない幼児のすること、祖父に懐いていたからと、普通ならば悲しみに暮れつつも微笑ましい光景だ。だが、問題はそのあとだった。
遠くを見ていた昴の視線が徐々に近くなり、そして両手を伸ばして言った。
「じいじ、だっこ」
と。
周囲の誰もがぎょっとした。だっこ、だっこ、と誰もいない空間にせがむ昴の行動は異様なものとして大人たちの目に映り、葬儀ということもあってさらに真実味と不気味さを増した。けれど「将一 さん、お別れに来てくれたのねぇ」と涙ぐむ母方の祖母の言葉に、不気味さは感慨に変わった。しかし三宅にとっては恐怖心を煽るものだったらしく、一目散に葬儀場から逃げ出したのだ。
「大丈夫よ、昴の見間違えよ」
「何がそんなに怖いのよ。馬鹿馬鹿しい」
「あんたは昔から憶病なのよ。恥ずかしいわね」
「そもそも幽霊なんているわけないだろうが。子供じゃあるまいし、いつまでそんなこと信じてるんだ」
ロビーの隅で青ざめる三宅に、朱音をはじめ、三宅の家族が諭し宥め、叱咤しても、三宅は拒むように首を横に振るばかりだった。
「それからです、三宅が姉と昴を避け始めたのは」
葬儀での様子が気になり、両親は朱音と頻繁に連絡を取り合い、京都市内に住む母方の祖父母もたびたび訪れるようになった。
どうやら昴が「視える」体質らしいことは話しても、朱音は決して三宅の様子を話そうとはしなかった。だが、実家に遊びに来てもこれまでと変わらない態度の朱音に対し、昴の様子は実に分かりやすかった。笑顔が消え、いつも悲しそうな顔をしていた。厳しく問い質すと、朱音はしぶしぶ白状した。
帰宅時間は遅く、けれど家を出る時間は早い。最近では忙しいからと帰って来ない日が増えた、と。しかし、子供の中には見える子もいるらしいから大丈夫、そのうち分かってくれる、だから三宅の両親には黙っていて欲しいと、朱音は笑った。
その日から、両親は暇を見つけては朱音と昴の様子を見に行っていた。気丈に振る舞っていても日に日にやつれていく娘と、あんなに笑っていた孫が元気をなくしていく様を見ていられなかったのだろう。何度も三宅と連絡を取り激怒する母、夜中に「もう離婚させよう」と話し合う両親の姿を何度も目にした。
一方紺野は、学校に部活にと忙しかったが、時折他愛のないメールや電話をした。柔道部に所属しており、試合に勝っただの、遠征に行くからお土産を買ってくるだの、成績が落ちて母と喧嘩しただの、日々の取りとめのない話しだったけれど、朱音は楽しそうに聞いてくれた。試合に負けたことだけは言わなかったが。
下平から連絡があったのは、十時を少し回った頃。驚いたことに、同時通話でだ。
冷房が効いた部屋のソファでコーヒー片手にメモ帳を読み返していた紺野は、カップをテーブルに置きながら携帯を覗き込んで感心した。それでグループメッセージか。通話ボタンを押すと、ほぼ同時に
「お疲れ様です」
挨拶が北原と被った。
「おー、お疲れさん。すげぇな、ほんとに三人で電話できるんだな。便利な世の中になったもんだ」
感心した様子の声の向こう側で、がさごそとビニールが擦れる音がした。北原が尋ねた。
「誰かに教えてもらったんですか?」
「冬馬にな。例の話を智也たちにした時に使ったっつーから、そりゃ使えるなと思って設定してもらったんだ」
「あー、なるほど」
コンビニ弁当だろうか、プラスチックの蓋を開ける音が聞こえて、紺野が尋ねた。
「下平さん、今帰ったんですか?」
「そうなんだよ。すまん、食べながらでいいか」
「ええ、もちろん。じゃあ、今日は俺たちから報告でいいですか?」
「おう、頼む」
声はすでにもごもごとくぐもっている。
「北原、下平さんには簡単に話してある。あれから何か進展あったか?」
「それが、何も掴めてないんですよ」
三宅は現在亀岡市在住。電子部品を作っている会社に勤めているらしく、会社や自宅近所の人たちは、気の弱いところはあるが人から恨みを買うような人ではなかったと、口を揃えて言っていたそうだ。田代の名前はおろか、トラブルのトの字も出てこない。また、以前勤めていた京都市内の会社の同僚や友人知人にも聞き込みを行ったが、同じ証言しか得られなかった。離婚前は何か悩んでいたようだったという証言は出たが、その内容までは知らないと一様に首を横に振ったらしい。携帯からも、不審な履歴などは見つかっていない。
紺野は、まあ当然だろうなとこっそり嘆息した。あんな理由で離婚を考えているなど、自分の不甲斐無さを晒すようなものだ。
「えっと、それと……」
突然言い淀んだ北原に、紺野は落ち着いた声で促した。
「いい、何となく分かる。言え」
北原は少し間を開けてから続けた。
「三宅は、再婚して妻子がいます。遺体が発見される前日の朝は、いつも通りの時間に家を出たそうです。特にこれと言って変わった様子はなかったと。ただ」
妻によると、その日の午後六時頃、三宅から残業で遅くなると連絡が入ったそうだ。そして十時頃に、今から帰ると再び連絡があった。だが、いつまで待っても帰って来なかったため、携帯に電話をしたが繋がらず、とうとう朝を迎えた。家族ぐるみで親しくしている三宅の同僚に連絡を入れたところ、駐車場に車はあるが、本人がいないとのことだった。それから何度も携帯に連絡したがやはり繋がらず、その日の朝――つまり、白骨遺体として発見された日の、午前九時頃に捜索願を出した。
その証言を元に、三宅が会社を出た時間の防犯カメラ映像を確認したところ、確かに時間外通用口を出る三宅の姿が映っていた。扉をくぐり、裏手にある従業員専用の平面駐車場へ向かう姿もはっきりと映っている。しかし、通用口の防犯カメラの撮影範囲から外れたあと、他のカメラにも一切映っておらず足取りがまったくの不明らしい。時間が時間だけに、目撃者は今のところ出ていない。
「てことは、悪鬼を使ってるな」
「おそらくそうだと思います。会社の建物は道路沿いにあるんですけど、駐車場はその裏なんですよ」
「道路の街灯が届かないのか。さすがに照明は設置されてるだろうが、かなり暗いだろうな。人目に付かない上に闇に紛れられる」
「ええ」
「奥さんは、三宅に離婚歴があることを知ってたのか」
「え……、はい。ですが、細かいことまでは全く聞いていないそうです」
そうか、と紺野は呟いた。結婚後、パスポートは変更の手続きなどで戸籍謄本、あるいは抄本が必要だ。持っていたとしたら隠しきれないと思って話したのだろう。
「紺野」
不意に下平が口を開いた。
「お前から見て、三宅はどんな人物だったんだ」
神妙な声で尋ねられ、紺野は記憶を辿るように目を伏せた。
「気が弱い部分を除けば、普通、なんだと思います」
そう前置きをして、紺野は淡々と語った。
三宅の出身は大阪だが、当時は大学を出てから京都市内の会社で働いており、
ごく平凡なサラリーマンで、少々気が弱そうな印象を除けば特にこれといって特徴はない。あえて言うなら温厚なタイプ。ぼんやりとした朱音と相性が良かったのだろう。紹介された時は、少し不安になるくらい平和でのんびりしたカップルだと思った。
朱音が昴を生んだのは、二十歳の時。三宅は二十四歳。そして紺野は十五歳、中学三年で叔父になった。
妊娠が発覚した時、両親も、同居していた父方の祖父母もかなり渋った。朱音は学生で、三宅もまだ社会人として心許ない。さらに、俗に言う「できちゃった婚」は、世間的な印象があまり良くない。あれが「授かり婚」ならば、また違ったのだろうが。だがせっかく授かった命で、順序が逆だろうと幸せになってくれればそれでいい。朱音と三宅の強い希望もあって、二人は結婚し、昴が生まれた。
あの時きちんと互いが納得するまで話し合いをしたおかげか、両家の関係は良好だった。特に、三宅の三つ下の妹・
しかし――。
紺野はソファから床へ移動し、胡坐をかいてぬるくなったコーヒーに口を付けた。
「三宅は、大の幽霊嫌いだったんですよ」
「――は?」
大の野菜嫌いなんですよ、とでも言うような気軽い台詞に、北原と下平の気の抜けた声が被った。
「遊園地のお化け屋敷すら嫌がるほどその手の物が嫌いで、映画やテレビの特番はもちろん、ホラーがかったサスペンス物も駄目だったみたいなんです。例えば、呪いを絡めた殺人事件とか」
「ああ、山奥の村に伝わる呪いとか伝説とか、そういうのか」
「ええ」
「……じゃあ、昴くん……」
北原の悲痛な声に、紺野は「ああ」と頷いた。
今思えば、昴は目が見え始めた頃からすでに「視えて」いたのだろう。時折、何もないところを見てはきゃっきゃと笑っていた。だが赤ん坊だったし、よく笑う元気な子、くらいの認識だった。それが顕著になったのは、昴が言葉を喋りはじめた一歳を過ぎた頃。誰もいない場所に向かって、一人で喋ることが増えた。朱音は特に気に止めていなかったが、三宅は少々不気味がっていたらしい。
決定的な出来事が起こったのは、昴が二歳、紺野が高校二年生の時。父方の祖父が亡くなった。
葬儀の最中、朱音に抱えられていた昴が、祖父の遺影に向かってひらひらと手を振った。まだ人の死を理解できない幼児のすること、祖父に懐いていたからと、普通ならば悲しみに暮れつつも微笑ましい光景だ。だが、問題はそのあとだった。
遠くを見ていた昴の視線が徐々に近くなり、そして両手を伸ばして言った。
「じいじ、だっこ」
と。
周囲の誰もがぎょっとした。だっこ、だっこ、と誰もいない空間にせがむ昴の行動は異様なものとして大人たちの目に映り、葬儀ということもあってさらに真実味と不気味さを増した。けれど「
「大丈夫よ、昴の見間違えよ」
「何がそんなに怖いのよ。馬鹿馬鹿しい」
「あんたは昔から憶病なのよ。恥ずかしいわね」
「そもそも幽霊なんているわけないだろうが。子供じゃあるまいし、いつまでそんなこと信じてるんだ」
ロビーの隅で青ざめる三宅に、朱音をはじめ、三宅の家族が諭し宥め、叱咤しても、三宅は拒むように首を横に振るばかりだった。
「それからです、三宅が姉と昴を避け始めたのは」
葬儀での様子が気になり、両親は朱音と頻繁に連絡を取り合い、京都市内に住む母方の祖父母もたびたび訪れるようになった。
どうやら昴が「視える」体質らしいことは話しても、朱音は決して三宅の様子を話そうとはしなかった。だが、実家に遊びに来てもこれまでと変わらない態度の朱音に対し、昴の様子は実に分かりやすかった。笑顔が消え、いつも悲しそうな顔をしていた。厳しく問い質すと、朱音はしぶしぶ白状した。
帰宅時間は遅く、けれど家を出る時間は早い。最近では忙しいからと帰って来ない日が増えた、と。しかし、子供の中には見える子もいるらしいから大丈夫、そのうち分かってくれる、だから三宅の両親には黙っていて欲しいと、朱音は笑った。
その日から、両親は暇を見つけては朱音と昴の様子を見に行っていた。気丈に振る舞っていても日に日にやつれていく娘と、あんなに笑っていた孫が元気をなくしていく様を見ていられなかったのだろう。何度も三宅と連絡を取り激怒する母、夜中に「もう離婚させよう」と話し合う両親の姿を何度も目にした。
一方紺野は、学校に部活にと忙しかったが、時折他愛のないメールや電話をした。柔道部に所属しており、試合に勝っただの、遠征に行くからお土産を買ってくるだの、成績が落ちて母と喧嘩しただの、日々の取りとめのない話しだったけれど、朱音は楽しそうに聞いてくれた。試合に負けたことだけは言わなかったが。