第13話

文字数 2,368文字

 しかし、本来の目的は分かったが、疑問が残る。
 紫苑は、柴を連れてくるという交換条件で封印場所を聞いたと言っていた。だが。
「もし成功してたら、柴と紫苑をどうするつもりだったのかな。柴は正気に戻るわけだし、いくら隗と約束したっていっても、紫苑には従う理由がないよね」
「それはおそらく方便だ。連れて来いと言えば、自分でも止められると紫苑に思い込ませることができる」
「ああ……、そっか」
 だから「一人でも止められると聞かされていた」と推理したのか。
 方便のつもりが、奇しくも言葉通りになったわけだ。なるほどと思うけれど、そんなことに気付く宗史が怖い。絶対に敵に回したくない。複雑な顔で見つめる大河に、宗史は小さく首を傾げつつ続けた。
「成功していた場合、柴と紫苑が大人しく幽閉場所に戻るとは思えない。見届けたあとで渋谷だけ潜伏場所へ戻るつもりだったんだろう。一方で二人は、敵の狙いを知っていた紫苑から話しを聞き、海を泳いで向島へ渡り、京都に来ていたかもしれない」
「てことは、元から仲間にするつもりはなかったってこと……え、それなのにわざわざ柴と紫苑を復活させて、俺たちを殺そうとしたの? 向こうにはすでに隗がいたのに? 何で?」
 大河は不可解そうに眉をひそめた。協力しろと言ったのは戯れだったのかもしれない。しかし、初めから仲間にする気がなく、隗がいるのに二人の封印を解いた。三鬼神の一人である隗ならば、面倒な手間も時間もかからない。さらに、復活させれば敵に回ると分かっていたにもかかわらず、だ。
 ますます封印を解いた理由が分からなくなった。一体何がしたいのだろう。
「それについては、これから分かるかもしれない。他に何かあるか?」
 柴と紫苑も分かっていない様子だったし、敵に聞くしかないだろう。大河は頭を切り替えてうーんと逡巡した。
「俺たちを殺そうとしたのは、やっぱり戦力を削ぐためと、影綱の子孫だから?」
「だろうな。一番の狙いは刀倉家だったと思うぞ。この世を混沌に陥れることに成功しても、この先影綱の霊力を受け継いだ者が現れると都合が悪い。奴らにとっては脅威だ」
「そんなことまで……」
 もっと先のことまで考えて刀倉家を狙ったはいいが、すでに大河が受け継いでいた、というわけだ。そんな先のことまで考えて計画を立てているのか。
 それほどこの世への恨みは深く、本気だということだ。
「ここまではいいか?」
「あ、うん。大丈夫」
 頷くと、宗史は改めて静かに深呼吸をした。わずかに空気が張り詰めたのが分かって、不思議に思いつつ姿勢を正す。
「結論から言おう。敵の標的は、お前だ。大河」
「――は?」
 寝耳に水とはまさにこの事だ。こてんと首を傾げた大河を、宗史は肩を震わせるでもなく、真剣な眼差しで見据えている。まるで、こちらの様子を観察するような視線。これは冗談でも何でもない。本気で言っている。
 大河は何度か瞬きを繰り返して、気を落ち着かせた。
「どういうこと?」
 本当に分からないと言った様子に一度唇を結び、宗史はゆっくりと口を開いた。
「紫苑は柴を連れて撤退したあと、渋谷へ報告した。どこまで報告したかは分からないが、お前が牙を召喚したことは説明しただろう。影綱の霊力を受け継いでいることは何となく察しただろうし、会合で公表された。そこで、奴らは計画を変更した」
 淡々と語る宗史の顔は、能面のように無表情だ。あえて感情を殺しているように見えるが、どこか、酷く緊張しているようにも見える。
「お前を、事件に巻き込む方向へ」
「……俺を?」
 いまいち要領を得ない。ああ、と宗史は頷いた。
「お前も知っているように、悪鬼は、邪気が濃い者に取り憑く習性がある。霊力が強ければ強いほど――特に俺たち陰陽師は、強力な邪気や悪鬼を生みやすい。奴らは、例の日に、お前の負の感情を利用するつもりだ」
 至極静かに告げられた言葉を、すぐには理解できなかった。
 悪鬼の習性、陰陽師の難点、例の日。そして、負の感情を利用――つまり敵側は、影正を殺すことで大河に恨みと殺意を植え付けた。膨大な霊力を受け継いだ大河に強力な邪気を生み出させ、この世を混沌に陥れるための、餌にするために。
 隗と再会した時の感情を思い出した。
 吐き気がするほどおぞましく、真っ黒で醜くて、烈火のように激しい憎しみ。他の感情は飲み込まれ、自分では制御できないほどの、殺意。
 頭が真っ白になった。大河は目を見開き、唇を震わせた。
 つまり、それは。
「……俺の、せい……?」
「大河」
 宗史が布団をめくり、ベッドから下りた。
「やっぱり、俺のせいだった……?」
「違う、そうじゃない」
 一点を見つめたままの大河の両肩を掴む。
「そうじゃん!」
「大河」
 語気を強めて告げ、宗史は大河の頭を抱え込んだ。
「安直に答えを出すなと言っただろう。あくまでも状況からの推測だ。落ち着け」
 そんなの、落ち着かせるためのただの方便だ。状況からの推測だからこそ、確率は高いのではないか。宗史がこうして改まって話しをしたということは、宗一郎や明たちも同じように考えているということだ。そんなこと、頭の悪い自分でも分かる。
 心臓を鷲掴みにされたような胸の痛みに、肺がぎゅっと収縮したような息苦しさ。大河は肩で大きく息をした。鼻の奥がつんと痛んで、じわりと涙が滲む。震える唇を噛んで嗚咽を殺した。
 じいちゃんは自分を助けるために死んだ。そう思っていた。でも影正は、どんな形で死んだとしても、それは自分が選んだ人生だと手紙で言った。お前が責任を感じる必要はないと。悲しみに溺れ、憎しみに囚われることを望まなかった。だから、完全に割り切ることができなくても、影正の意志を汲んだ。
 でも、直接の原因が自分にあるのなら、話は別だ。
 ――影正は、自分のせいで殺された。
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