第3話

文字数 2,735文字

 このまま乱闘開始かと思いきや、樹が口を開いた。
「ふーん、やっぱりね。おかしいと思ったんだ。報酬が五百なんて、どう考えても真っ当じゃない仕事を冬馬(とうま)さんが受けるわけない。ましてや智也(ともや)さんと圭介(けいすけ)さんがいるなんて。それにあんたしかいないよね、あんな噂流そうとするの。首謀者は誰? そいつの目的と連絡先は? こんな手の込んだことしたんだから知ってるよね」
 大河と刑事組が驚いたように目を瞠った。報酬、仕事、噂、手の込んだこと、何の話だろう。宗史らが言っていた、隠している何かか。それに首謀者とはどういうことだ。良親に尋ねるということは、樹が仕込んだのではないのか。
 矢継ぎ早に問う樹に、良親がへぇと感嘆を吐いた。
「お前、ずいぶん喋るようになったじゃねぇか。昔はもっと」
「余計なおしゃべりはいらない。答えろ」
 威圧するように目を細めた樹に、良親が眉根を寄せた。命令口調が気に食わなかったのだろう、わずかに纏っていた邪気が質量を増した。
「樹さん」
 陽が口を挟んだ。視線が集まる。
「その件については僕が聞きました。ただ、首謀者については何も」
「ああ、そうなの? だったらいいや」
 良親に向き直る。
「首謀者の情報だけを言え」
 二度目の命令に、良親が目を据わらせた。
「俺に命令するなんざ偉くなったもんだな、樹。金魚のフンみてぇに冬馬にべったりだった奴がよ」
「あんたは相変わらずだね」
 嫌味のつもりだったのだろうが、さらりとかわされて良親は舌打ちをかました。
「仲間連れてるからって調子に乗んなよ。言っとくけどな、こいつら全員、人を殺すことなんざ何とも思ってねぇ奴らばっかりだぞ」
 男たちが一斉に持っていた武器を構え、近くにいる招かざる客たちに殺意を向ける。比例して邪気が大きくなった。樹はちらりと周囲に視線を巡らせ、小さく溜め息をついた。
「だろうね。色々不満を溜め込んでるみたいだし、しょうがないか。じゃあ僕も言わせてもらうけど、僕たち、強いよ?」
 同じく大河たちも一斉に構えた。一触即発の空気は重苦しく、肌に刺さる。
「大河さん」
「平気、大丈夫」
 また陽に心配そうに横目で見上げられ、大河はかろうじて引き攣った笑みを浮かべた。
 正直言って、手は汗で湿り、背中も汗が伝い、息苦しいくらい緊張している。大河は表情を引き締め、ゆっくりと深呼吸をした。訓練は受けているが、中途半端で実戦経験はない。しかも乱闘の上に相手は武器を持っている。虚勢を張ったはいいが、対応し切れるだろうか。
 良親はふんと蔑むように鼻で笑った。一瞬だけ、空白の時間が流れた。
「やれッ! 一人も逃すなッ!」
「警棒を許可! 全員確保しろッ!」
「了解!!」
 良親と下平の鋭い声が重なり、立て続けに男たちの鬨の声と、紺野と北原の了承の声、さらに三人が伸縮性の警棒を振りロックされた音が重なった。
 一斉にあちこちから怒号が響く。
 大河は襲ってきた鉄パイプを大きく後退して避けた。続けて襲ってきた大ぶりの拳を横に避けると腕を掴み、引き寄せるようにして床に押し倒した。即座にまた鉄パイプが降ってきた。
「危な……っ」
 驚きの声を上げながら仰け反ると目の前を鉄パイプがかすめ、鈍い音を響かせて床を叩いた。持ち上げられた鉄パイプを咄嗟に掴んで固定し、容赦なく腹に足蹴りを食らわせる。同時に手を離すと男は派手に後ろに転がり鉄パイプを離した。
 動きは樹や夏也よりも格段に遅い。対応できる。しかし一人で複数を相手にしなければならない上に、武器は厄介だ。
 それに今、躊躇いがなかった。
 人を殺害することを何とも思っていないということは、相手が丸腰だろうが関係ない。危害を加えることに慣れている。邪気の影響が多少あるにせよ、ここにいる男たちは全員、元々そういう人たちだ。それに陽のあの傷。大河は独鈷杵(どっこしょ)を握り締めた。
 具現化の影響で息苦しくなるのは承知の上だ。でも負けられない。負けてやるわけにはいかない。仲間を傷付けられた。
「この……っ」
 転がった鉄パイプを別の男が拾い上げ、振りかぶって向かってくる。ぎりりと奥歯を噛み締め、鋭く男を睨みつけた。男は動かない大河ににやりと笑い、鉄パイプを振り下ろした。邪気がわずかに膨らんだ。
「ふざけんなッ!」
 一瞬だった。手の中に現れたのは霊刀でも、あの憧れた漫画の主人公の木刀でもなく、今日の昼間に散々握った童子切安綱(どうじきりやすつな)を模した木刀だった。腰を落とし、両手で柄を握って右脇に構え、床を蹴る。身を低くして男の右側へすり抜けながら、力任せに腹に木刀を叩き込む。これが霊刀なら胴が真っ二つだ。男は体を二つに折って前のめりに膝から崩れ落ちた。手から鉄パイプがガランと音を立てて転がる。邪気が薄れていく。
「い、今の、どこから木刀が……」
 先程腹に蹴りを食らわせた男が復活し、呆然とぼやいた。大河がじろりと睨むと、男はひっと引き攣った声を上げて後ずさった。じりじりと迫る大河に対し、男は怯えた様子で後退する。
「智也、圭介なにぼさっとしてんだ! あいつらがどうなってもいいのか!」
 不意に良親の叱責が耳に飛び込んできた。あいつらって誰のことだろう、と一瞬気が逸れた時、それを見逃さなかった男の拳が頬に命中した。
 首が取れそうな勢いで右に傾ぎ、大河は足を踏ん張った。ここで倒れるわけにはいかない。傾いだ体を起こす反動で、思い切り木刀を薙いで男の左脇腹を狙う。だが果敢にも素手で受け止め、大河の腹へ蹴りを入れた。がはっと呻いてわずかに後退すると同時に木刀が消えた。
「え……」
 呟いたのは男の方だ。今度は突如として消えた木刀に、男は自分の手を呆然と見つめている。そうか、掴まれたらすぐに消せばいいんだ、と腹を押さえて咳き込みながら気付く。大河は息を詰めて再度具現化し、素早く構えて大きく振りかぶり振り下ろした。見事に頭頂部を捉え、痛みに頭を抱える男の腹を蹴り飛ばした。
 と、次は右側からナイフを持った男が襲いかかり横殴りに振った。右後ろに体を逸らしながら後退する。間合いはこちらの方が長い。ナイフを切り返したタイミングに合わせ、顔面に向かって力任せに横に振り抜いた。木刀は見事に頬を捉え、パンッ、と風船が弾けるような音が響く。男は右に首を伸ばし、横向けに倒れ込んだ。頬に真っ赤な一文字の跡がついている。
 具現化の影響ですでに息が上がっている。荒い呼吸をしながら、長引くともたないな、と頭が少し冷静さを取り戻したその時。
「智也、圭介ッ!」
 結界の中から、男が叫んだ。
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