第10話

文字数 3,000文字

              *

「それと、もう一つ――二振りの、刀」
 影唯の言葉に、大河たちは揃って目をしばたいた。
「刀、ですか?」
 宗史が怪訝そうに問い返し、影唯は頷いてから携帯を操作した。
「そう。初めは、誰のものか分からなかったんだ。でも」
 影唯は、視線を上げて柴と紫苑を見やった。
「確か、刀を持ってたんだよね」
 影唯に問われ、二人は目を丸くした。有り得ないことではない。剣術の指導は、二人が刀を扱えるから任せたと聞いている。影唯は日記から知ったのだろう。
 しかし、柴はすぐに難しい顔をした。
「だが、私の刀は、あの戦の時に折れている」
「あれ、そうなんだ。でも、一応確認してくれるかな。写真を撮ったから」
 そう言って影唯が携帯をテーブルの上に置くと、大河たちが一斉に身を乗り出して覗き込んだ。四角い穴の中に木箱と文献が並び、奥には、柄と(こじり)、つまり切っ先の方が隠れているが、間違いなく二振りの刀が台座と共に前後に鎮座している。
「もう一枚」
 影唯が画面をフリックした。穴に携帯を入れて撮ったのだろう、隠れていた柄の部分だ。それを見るなり、柴と紫苑が目を丸くした。
「この(こしら)えは……、柴主」
 珍しく紫苑が興奮気味に見やると、柴は小さく頷いた。
「ああ……、確かに、私たちのものだ」
 写真に目を落とす柴の横顔には、驚きと懐かしさの色が浮かんでいる。本当に二人の刀らしい。千年もの時を経て、自分の愛刀を目にできるとは想像もしなかっただろう。
「どっちがどっち?」
 大河が問う。
「手前が私だ。奥が紫苑」
「へぇ……」
 戦う上で、いくら強いとはいえ武器があった方が断然有利だ。けれどそんなことよりも、今は純粋に感動を味わいたい。
 良かったね。大河がそう声をかけようとした時、宗史が訝しげな顔を上げた。
「もしかすると、影綱が大戦後に回収して打ち直したのかもしれないな。刀身の確認はしていませんか」
「うん。むやみに触らない方がいいかと思って」
「そうですか……。それにしても、刀もそうだが、全体的に綺麗すぎやしないか……?」
「それ、俺も思ったわ。千年以上放置されてたとは思えねぇよな」
 もう一度写真に目を落とした宗史と晴につられて、大河も覗き込む。言われてみれば確かに。建物の中とはいえ埃はあるだろうし、湿気は避けようがない。木箱も文献も、傷みや色褪せは見えるがそう酷くはない。ましてや刀の鞘や柄には布が使われているだろうし、刀身は鉄だ。カビや錆びが浮いているのが自然なのに、それが見当たらない。
「それなんだけどね」
 口を開いた影唯に視線が集まる。
「それを見つけたあとで、まさかと思っておじいちゃんの部屋を探してみたんだ。遺品整理をまだしていなかったから。そしたら、押し入れから刀の手入れの道具が一式出てきた。定期的に手入れをしてたんだと思う。だから、宗史くんが言ったように影綱が打ち直したんじゃないかな。まあ、こればっかりは見てみないとはっきり言えないけど」
 それは、つまり――。
 唖然とする大河たちを見渡して、影唯は言った。
「おじいちゃんは、独鈷杵の隠し場所を知ってたんだよ」
「は!?」
 いの一番に大河が素っ頓狂な声を上げ、晴と志季がぽかんとし、宗史がまさかとは思ったがと一人ごち、柴と紫苑は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ何で教えてくれなかったの?」
 矛盾しやしないか。影正は自分の死を先見し、千代をはじめ、柴と紫苑が復活したことを知っていた。ならば、こうなることが分かっていたはずだ。初めから教えてくれていれば、こんなに探し回る必要はなかった。
「大河」
 思わず身を乗り出した大河へ、影唯が至極真剣な眼差しを向けた。
「京都へ戻ると決めた時、迷わなかったかい?」
「え?」
 突然の話題の転換に、大河はきょとんと瞬きをして体勢を戻した。
「そりゃ、迷ったけど……」
 もう一度京都へ行って、何が起こっているのか、何故影唯が殺されなければいけなかったのか知りたい、このままでは後悔すると思っても、鬼の強さを実感したあとでは、そう簡単に答えは出せなかった。
 影正が残してくれたノートを読みながら、考えて考えて、迷って、ふと窓から見た島の景色に不思議な感慨を覚え、やっと決意した。
 それから、まずは略式の術を会得しようと思った。会得できれば影唯たちを説得する材料にもなるし、自信にもなる。会得できた時、ますます京都へ戻りたいと思った。自分には術を使える力がある。宗史たちに稽古をつけてもらえば、戦えるかもしれないと。
「あ……そうか……」
 目を丸くしてぽつりと呟いた大河に、影唯は頷いた。
「おじいちゃんは、事件の危険性をきちんと理解していた。お前とお父さんの性格もね。だからこそ、伝えなかったんだよ」
「うん、分かる……」
 あの時点で、宗史たちの弓矢や霊刀を見ていたが、何なのかは分からなかった。ましてやそれを自分も扱えるなんて、想像もしなかった。独鈷杵、つまり武器があると知っていれば、あんなに迷わなかったかもしれない。結局中途半端だったけれど、それ以上に中途半端な覚悟のまま、感情のままに決めていた。知らなかったからこそ、迷いに迷った上で決意した。そしてもう一つ。知っていたら、略式の術を会得しようと思わなかったかもしれない。基本のきの字も知らないのに、霊刀を具現化することに躍起になって、絶対に失敗していた。略式を会得したからこそ、何となくでも霊力の使い方が身について、訓練初日から結界を張ることができた。
 陰陽師として、京都へ戻るかどうか。戻らなければそれでいい。けれど戻るのならば、半端な覚悟で戻るなと、そう言いたかったのだろう。
 でもせめてとノートを残し、大河を信じて、選択を委ねた。
「お前はおじいちゃんに似て頑固なところがあるから、止めても無駄だと思った。お父さんや宗史くんたちが許可しなくても、こっそり行っただろう?」
「う……」
 図星を刺されて声を詰まらせ、へらっと笑ってごまかす。宗史たちから一斉に呆れた嘆息が漏れた。
 許可が下りなくても、貯金はそこそこある。寮の住所は知らなかったけれど、到着してから宗史か晴に連絡を入れて教えてもらえばいいと企んでいたのだ。要は、行ったもん勝ちだと思っていた。
「だから許可したんだ。もし、大河が略式の特訓をせずに行きたいって言ったとしても、知ってたら独鈷杵の隠し場所を教えてた。こっそり行くだろうと分かっていて、自分の息子を丸腰で戦場に送り出す親はいないからね。あ、本当はノートも渡そうかどうか迷ったんだよ。でもねぇ」
「何をどうしても、結局行くって言いだすものね、この子」
 苦笑した影唯の隣で、雪子も苦笑いした。
 影正は、自分の息子と孫の性格を、実に正しく理解していたのだ。だからあえて、伝えなかった。大河には、半端な覚悟で戦いに臨むな。影唯には、息子に半端な覚悟をさせるな、と。
 また、影唯と雪子も、大河の性格や行動パターンを把握していた。きちんと、知っていてくれた。そりゃ親なんだしとは思うけれど、照れ臭いようなバツが悪いような気がして、大河は視線を泳がせた。
「それにしても、やっと肩の荷が下りた。今回は色々隠し事をしたけど、お父さんほんとに苦手なんだよ、こういうの……」
 しんどかった、と溜め息まじりに呟いて遠い目をした影唯に、少し空気が緩んでくすくすと笑い声が漏れる。
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