第13話

文字数 3,808文字

      *・・・*・・・*・

 今朝、捜査本部に足を踏み入れるや否や、既視感のある光景にうんざりした。溜め息をつく紺野に、沢村は「気にするな」と言ってくれたけれど、熊田と佐々木は必死に笑いを堪えていた。もう何とでも思ってくれ。
 そして夕方頃、明からメッセージが届いた。明日のことについて話がしたいので連絡が欲しい、と。同様に送ったのだろう、下平から「どうせなら下京署に全員集合ってのはどうだ?」とメッセージが入り、仕事が終わり次第、下京署に集合となった。どのみち榎本たちにも伝えておかなければならない。ならいっそ、先日のように全員集まった方が効率はいい。ただ、近藤は体調不良もあって不参加。グループメッセージを使ったためやり取りは読んだようだが、今回ばかりは食い下がってくることはなかった。あとで絶対教えてよ、と念は押されたが。
 そこでふと気付いた。北原にもこれまでの経緯を詳しく説明した方がいいだろうか、と。近藤のようにごねることはないだろうし、今は治療に専念して欲しいとは思うけれど、気にしているのは間違いない。しかし、長時間病室に居座るわけにはいかない。さて、どうするか。
 そんなことを考えながら一旦府警本部に戻り、下京署へ向かった。
「そうだ紺野。お前、写真撮らせろ」
 先に来ていた熊田と佐々木、そして下平班一同を交えて小会議室で夕飯を摂っていると、下平が突然そう言った。
「は?」
 紺野は口元で箸を止めた。ちなみに夕飯は某全国チェーンの牛丼とみそ汁で、榎本たちが買いに走ってくれたそうだ。
「さっき大河からメッセージが来てな、親と幼馴染みにも俺たちのことを知らせておきたいそうだ。ほら、会合の時に撮った賀茂さんたちの写真、俺が持ってるだろ」
「ああ……でも、何でまた」
 大河の親や幼馴染みと会うことはないだろうに。
「親や幼馴染みからすれば、大河がどんな生活して、どんな奴と会ってるのか気になるだろうしな。安心させるためだろ」
「なるほど」
 確かに下平の言うとおりだ。しかし、改めて写真を撮られるというのは何だか恥ずかしい気もする。そもそも、写真を撮られるのはあまり好きではない。
 そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。下平が代替案を出した。
「急ぐ必要ねぇだろうから、手帳の写真でもいいぞ。明日送ってくれれば。熊田さんと佐々木さんもそうだったし」
「そうなんですか?」
 初耳だ。紺野が隣を見やると、熊田と佐々木が頷いた。
「冬馬くんに写真を渡したいって言われたの」
「でも、今さらお互いを撮り合うのも、肩並べて自撮りすんのも何かあれだろ」
 付き合いが長く、遠慮のない関係ではあるが、だからこそ照れ臭いのだろう。その気持ちはよく分かる。想像したとたん、全身に鳥肌が立った。相手はもちろん北原だ。全力で拒否する。
「確かに」
 心底嫌そうに顔を歪めた紺野に、だろ、と熊田と佐々木が苦笑いした。
「そんなに嫌なもんですか?」
 みそ汁のカップを抱えた牛島が、不思議そうな顔で口を挟んだ。
「嫌だな。お前は嫌じゃねぇのか?」
「全然」
「俺はお前とツーショットなんか嫌だぞ。皆と一緒ならともかく」
 辛辣な口を挟んだのは、牛島とコンビを組んでいるらしい新井だ。甘いマスクが残念なほど歪んでいる。
「えー、何でそんな冷たいこと言うんですか。俺は全然平気なのに」
「やめろ、キモイ」
 新井はぴしゃりと一蹴して牛丼をかきこんだ。牛島は、酷い、とぼやいて目じりに涙を浮かべ、はっと何か閃いた顔をした。
「どうせなら撮り直します? そしたら、何枚も送らなくていいじゃないですか。大河くんも手間が省けますし」
「あー、確かにそうだな。俺は構わんぞ」
 下平が同意した。全員の分となると、寮の集合写真に下平班、式神、熊田、佐々木、明と陽、それと宗一郎。全部で七枚。紺野の分が加われば八枚になる。簡単に送れるとはいえ、確かにこの枚数は少々手間だ。
「俺も別にいいぞ」
「あたしも。普通に撮る分には抵抗ありません」
 熊田と佐々木が同意し、榎本たちも「そういうことなら」と言うので、紺野もじゃあと了承した。
 写真の使い道が使い道なだけに、その辺の署員に頼むわけにはいかない。食事を終わらせたあと、前田の発案でさっそく椅子を積み上げた。三脚並べて置いた椅子の座面をまたぐようにして二脚乗せ、さらに同じように一脚。その座面に下平の携帯を置いたのだが、三段にしても座面の高さは百二十センチほどにしかならず、軒並み身長百七十センチを超える男どもには低すぎる。しかし四段では百六十センチと、女性陣には高い。何とか距離を調節し、撮り終わった頃には十五分ほど過ぎていた。
 写真一枚撮るのに十五分。五枚送った方が早かったのでは、とは思うものの、下平班をはじめ熊田も佐々木も楽しそうだから良しとする。
 椅子を戻し、下平は大河に写真を送り、トイレや一服を済ませ、改めて席についたのは八時を過ぎた頃。
「もしもし。お疲れ様です」
 会議テーブルの真ん中に置かれた紺野の携帯から、明の声が流れた。お疲れ様です、と一斉に挨拶を口にする。明には、榎本たちも一緒だと事前に伝えてある。
「下平さんの部下の方は、初めましてですね。土御門明と申します」
「初めまして、前田です」
「大滝です」
「新井です」
「牛島です」
「榎本です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 順に名乗り終えると、明はさっそく口火を切った。
「まず、こちらからの報告の前に、そちらから何かありますか」
「俺たちの方は特に」
 下平が榎本たちを見やると、少々悔しげな顔が返ってきた。下平たちの捜査は雅臣の捜索一本だ。犯人たちの潜伏場所のヒントでも分かれば進展するのだろうが、今のところ何もない。
「じゃあ、俺たちから」
 紺野は、熊田や佐々木と顔を見合わせてからメモ帳を繰った。緒方から、ではなく、捜査本部に直接入ってきた情報だ。
「昨日の件だが、下鴨署から捜査本部に連絡があった。主犯の男は室山(むろやま)って言って、近藤のことを付け回していたそうだ。北原の事件の時も現場にいたらしくて、こっちの捜査員が聴取に行った」
「平良の顔を見られていましたか」
「いや、フードを被っていてはっきり見えなかったらしい。ただ、北原と監視のことは覚えていた。近藤を付け回してる間に俺と北原のことを知ったらしくてな、俺の自宅まで知ってたらしいぞ」
「本格的にストーカーのようですね」
「ようじゃなくて、あれはストーカーだ」
 これでもかと眉間にしわを寄せると、下平たちがうんうんと頷く。
「で、北原と近藤が店から出てから、監視のさらに後ろからあとを付けたそうだ」
 監視二人に対して、気付かなかったのかという叱責があったことはさておき、つまり、北原と近藤、目的は違えどそれぞれが尾行されていたことになる。
「あいつらが現場で話している間も、監視から少し離れた場所でずっと見てたらしくてな、監視以外に警察がいないか、周囲にも目を配っていたそうだ。だが、視線を北原と近藤へ戻したほんの少しの間に現れて、横を通り過ぎたと言っている。この暑い時期にフードなんか被ってる奴がいたら絶対に覚えている、後ろを確認した時は間違いなくいなかったってな」
「ということは、やはり移動手段は悪鬼ですね」
「だろうな。正直、亀岡の事件も進展がねぇし、凶器も未だに絞り込めてねぇ。捜査が暗礁に乗りかけてんだよ。だから室山の証言を頼りに、周辺の防犯カメラをもう一度確認したが空振りだ。聞き込みも収穫なし。さらに平良は何も持っていなかったって証言したもんだから、また混乱してる。あの辺は路地も多いし、凶器に関しても現実味がない。けど室山自身、神経質になってただろうから信憑性はあるだろ」
「ストーカーですからね。職質などの警戒はしたでしょうねぇ」
「それとな。平良の顔ははっきり見えなかったが、目だけ印象に残っていたそうだ。あれはクスリをやっている奴の目だって、断言しやがった」
「クスリですか?」
「ああ。共犯者の奴らから薬物反応が出て、そいつらと組対(そたい)三課に防犯カメラ映像を確認してもらったんだが、何せ顔が映ってねぇ。駄目だった」
 組織犯罪対策第三課は、薬物、銃器犯罪の捜査を担当する課だ。通称、組対と呼ばれる。
 共犯者の男三人からは、薬物の取引や噂で見たこと聞いたことがないか、組対からはこれまでの逮捕者や目を付けている対象者に似たような者がいないか期待したようだが、結局どちらも空振りだった。
「平良の正体に関しては、薬物関係を中心に捜査が決まった。さすがに鵜呑みにはしてねぇけどな」
「そうですか、分かりました」
 下平が口を挟んだ。
「あいつがクスリやってるっつっても驚きはしねぇが、やってねぇだろうな」
「俺もそう思います。あいつは、あれで素ですよ」
 それはそれでどうかと思うが。
 正直なところ、捜査が暗礁に乗りかけている分、どんな小さな可能性にも縋るしかないといった雰囲気になりつつある。そこへタイミング良く室山の証言だ。忌々しくはあるが、室山の証言のお陰で捜査が明後日の方向へ進んでいる。平良の身元が判明することはないだろう。一方で、捜査本部からしてみれば室山に助けられた形だ。
 また、先日健人と田代の父親との接点が判明したはいいが、田代の父親が勤めている会社の周囲の聞き込みからは、健人の姿を見たという証言は出ていない。
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