第1話

文字数 1,510文字

 翌日。
 早朝訓練をして朝食。宿題や掃除、双子の散歩、そしてまた訓練。柴と紫苑による潜伏場所の捜索はなかったものの、いつも通りのことをして過ごす時間は瞬く間に過ぎた。
 そして昼食後。
 午後一時に宗史と宗一郎と左近、閃と鈴と右近に抱えられた三兄弟が到着した。
「もういい加減諦めてくれませんかねぇ」
 さすがの明も、しつこく張り付いている警察にはうんざりし始めているようだ。こうも外出できない日が続けば気も塞ぐ。今朝は堂々と散歩に出掛け、近所の柴犬と戯れてきたらしい。うちも犬を飼おうかな、と真剣な顔で悩むあたり、相当まいっている。
 そんな話をしている間に、お待ちかねの土産が届いた。我先に宗史と晴が自宅用の瓦そばを確保したのを見て、食べないって、と樹が呆れ気味に突っ込んでいた。普段の行いって大事だな、とは弘貴の言だ。
 紺野たちの土産はどこに置いておこうか、などと考える余地はない。迷うことなく自室へ避難させた頃、土御門家氏子の槇幸雄と軽部、それぞれの秘書によって三台の車が届けられた。
槇は、日本屈指の自動車メーカー「MAKI」の現社長の従弟に当たる人物らしい。もう驚くどころか、彼の会社での地位がどのくらいなのか考える気も失せた。
 鬼代事件をはじめ、寮のことは氏子代表とその秘書しか知らず、しかし帰りの足の車と、三台の車を届けるには槇と秘書だけでは手が足りない。そこで、栄晴の件で後ろめたさを感じている軽部に気を使い、声をかけたそうだ。
 槇たちが届けたのは、この春に発売されたばかりのフルモデルチェンジした新型車で、離れの駐車場に入ってくるや否や大河たちから歓声が上がった。柴と紫苑も例に漏れることなくわらわらと集まり、その洗練されたフォルムから設備、内装に至るまで眺め回し称賛する大河たちに、槇は終始得意げだった。
 必要な車は全部で六台。寮が二台、賀茂家が一台、そして届けられた車が三台。計六台が揃い、運転操作の説明を受けたあと、
「皆様、ご武運を」
 そう言って、槇たちは粛々と頭を下げた。
 ご武運なんて言う人、漫画やアニメの中でしか見たことがない。しかし、不思議と違和感がなかった。むしろ生々しい現実感に、気が引き締まる思いがした。
 秘書が運転する一台の車に同乗して槇たちが辞したあと、妙子がタクシーで寮に訪れた。寮が無人になるため、妙子と共に賀茂家へ避難するのだ。
「藍、蓮。妙子さんたちのことをよく聞いて、いい子にしてるのよ。大丈夫、皆すぐに帰ってくるわ」
 着替えが入ったリュックを背負い、不安そうな目で見上げる藍と蓮に、華は笑顔で何度もそう言い聞かせた。
 お気に入りのおもちゃや絵本を妙子に預け、見送りに出た大河たちを何度も振り向きながらタクシーに乗り込んだ双子は、結局今にも泣き出しそうな顔のままだった。だが、嫌だと駄々をこねなかったところを見ると、正確にとはいかないまでも、状況を把握しているのだろう。
 こうして準備は進み、出発の時間は刻一刻と近付いた。
 晴が志季を召喚し、戸締りを確認して支度を整え、荷物を持って庭へ集合する。窓もカーテンも閉められた縁側の前に宗一郎と明が並び、向き合う形で陰陽師一同が並んだ。
「全員、揃ったな」
 宗一郎は、集まった大河たちを見渡した。
「誰がどこへ配置されるか、こればかりは現場に行かなければ分からない。だが、それは敵側も同じだ。人員的にはこちらが有利だが、あちらの戦力は未だ判然としない。最後まで決して油断しないよう、心してかかるように」
「はい」
 全員の硬い声が揃う。
「では――出発だ」
「はい!」
 八月十四日。午後三時。晴れ渡った真夏の空に、陰陽師たちの精悍な声が響き渡った。
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