第11話

文字数 1,714文字

 翌日、学校のパソコンで調べた。案の定、いくつも同じような記事が検索に引っ掛かり、樹は溜め息をついた。その中に、元信者のブログがあった。
 面倒で詳しくは読まなかったが、どこから出たのか天光様という神を祭っている教団らしい。教祖はその天光様の声を聞くことができるだの、遣わされた使者だの、宗教団体ではよくある形態だ。
 やり口は同じ。初めはワンセットを五万で買わせ、会費は五百円。週末のお祈りの会とやらの参加費もタダだが、お布施を収めるブースがしっかり設けてあるらしい。他にも、言葉巧みにお布施と称して金を要求し、徐々に金額を吊り上げる。得を積んで家族や周囲の人々が幸せになるためだとか、悪いことがあれば信仰心が足りない、お祈りが足りない、得が足りない、このままではもっと悪いことが起きて不幸になると言って不安にさせ、最終的に高額な金を要求する。
 また、教団内での地位は、布教活動の実績に左右されるらしい。それを知ってやっと腑に落ちた。自宅へ来たのなら、生活状況は分かったはず。それなのに何故母を勧誘したのか疑問だった。とどのつまり、入会してくれれば誰でもいいのだ。金を持っていてもいなくても。入会させれば五万は確実に取れる。そこから先は、様子を見ながら適当に絞り取っていくのだろう。
 必要な本や冊子一式は、信者が自腹で買い取っているのだという。天光教は良いもの、良いものを人に勧める、その人が幸せになる、そのために必要な物を自腹で購入することは人に尽くす行為であり、得を積むことになるそうだ。
「……何これ」
 眉を寄せてモニターを凝視し、樹はぼやいた。
 信者に向けての理屈なのだから仕方ないと言えばそうなのだが、釈然としない。
「あ、いたいた、成田」
 ふいにPC教室の扉が開き、クラスメートの若木(わかぎ)が顔を覗かせた。
「お前、今日日直だろ。担任が探してたぞ」
「ああ、忘れてた。ごめん」
「何してんだ? 調べもん?」
 ずかずかと教室に入り、遠慮なくモニターを覗き込む。
「あー、これな」
 何やら知っている風な物言いに、樹は若木を見上げた。
「知ってるの?」
「知ってるもなにも、しつこく勧誘に来るっておかんが言ってた。何、お前んとこも来た?」
「うん」
 隣のデスクに体を預けた若木を見上げる。
「はっきり断れよ? うちのおかん、玄関でブチ切れてやっと諦めたって言ってたからな」
「何て言ったの?」
「えーと、あんた日本語通じないの興味ないって言ってるでしょ、あんたたちがやってるのは押し売りって言うのよ迷惑なのよー、だったかな。めっちゃ叫んだから、近所の人も何事かって出てきたらしいぜ」
 またずいぶんと豪気な母親だ。
「正論」
 ふっと噴き出すと、だろ? と若木は呆れた風に同意した。
「ああいうのって、本人たちは良かれと思ってやってんだよな。だから全否定はしないけど、限度を超えると押し付けだよな。何でもそうだけど」
「確かにね」
 樹はサイトを閉じ、電源を落として腰を上げた。午後の体育ってだるいよなー、動きたくないよね、と他愛のない会話をしながら教室を出る。
 若木の母親とまでは言わない。けれど、せめて彼女の一割でも豪気さがあればこんなことにならなかっただろうと思うのは、母にとって酷だろうか。
 その日の夜、母と膝を突き合わせて調べた内容を事細かに説明し、根気強く説得した。母はどこか寂しげに、黙って話を聞いていた。
「でも、皆が皆、お布施を払ってるわけじゃないんでしょ?」
「母さんは、お布施が足りないから不幸になるって言われたら、そんなことないってはっきり言える自信ある?」
 そう切り返すと、母は肩を震わせて俯いた。そもそもそんなことを言える人間は、怪しげな宗教に傾倒しない。母はしばらく沈黙し、やがて分かったと小さく頷いた。井畑に言って脱会させてもらう、と。その声は、微かに震えていた。
 数日後、脱会するための書類を団体に送り、手続きは終わったと聞いた。普段の会話に出てこなかったし、五万で買った本や冊子なども返品したと。
 だから、安心していた。そのうち笑い話になる日が来ると。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み