第13話

文字数 3,169文字

      *・・・*・・・*

「さて、皆さん。お揃いですね」
 鬱蒼と茂った葉の隙間からオレンジ色の夕陽が落ちる庭で、満流は一同を見渡した。それぞれの足元には一抱えほどの木箱が置かれ、ティッシュの空箱を持った満流の背後には、杏が控えている。空箱の側面には太いマジックで、「クジ」。
「では、配置を決めたいと思います。いいですか? 文句は言いっこなしですよ」
 晴がいたら、引率の先生かよ、と突っ込みそうだ。
「先に引くぞ」
「あっ、ずるーい」
 いの一番に歩み出て手を突っ込んだのは平良で、真緒が唇を尖らせてあとに続く。がさがさとクジをかき回す平良と、横から早く早くと急かす真緒の二人を、昴だけが微笑んで見守っている。あとは全員どこか呆れ顔だ。
「たかが五カ所なんだから、あんたが適当に決めればいいでしょ。何でわざわざクジなんか」
 弥生が溜め息交じりに苦言を漏らした。足元では、二匹の犬神が大人しくお座りして無邪気な主を見守っている。
「どうせあちらの配置は分からないんですから、どうやって決めても同じです。だったら、楽しい方がいいじゃないですか」
「そうよ、弥生。何ごとも楽しんだ者勝ちよ」
 うふふ、と口角を上げて笑う皓を、弥生がじろりと睨んだ。
「ちょっと平良ちゃん、早くしてよー。次あたしが引くんだから」
「うっせぇな。こういうのはな、ピンとくるもんがあるんだよ。つーかお前、いい加減その『ちゃん』呼びやめろ」
「何で? 可愛いのに」
「クソほども嬉しくねぇ。これにするわ」
 口汚く言い返してやっと手を引き抜いたとたん、真緒が即座に平良を横へ押しのけた。お前っ、と食いかかろうとした平良を、昴が「まあまあ」と言って制する。
 舌打ちをかまして踵を返す平良をよそに、真緒は勢いよく箱に手を突っ込んだ。
「おっと。真緒さん、箱が破れますからもう少し優しく……」
「これっ」
 苦言も何のその。意気揚々と手を引っこ抜いて高く掲げた真緒に、満流は苦笑いだ。
 満面の笑みでくるりと身を翻し、まるで宝物のように大事そうに胸に抱えて小走りに戻る。弥生と健人に見せながら、四つ折りにされたクジを開いた。
「お前も引くか?」
 里緒を抱えた隗が問うた。里緒がこくりと頷くと隗は進み出て、満流は手が届く高さに箱を掲げる。小さな手で何度かクジを混ぜてすぐに引き抜き、これ、と言った様子で隗へ見せる。
「開けてみろ」
 戻りながら隗に言われてまた頷き、クジを開く。昴が隣から覗き込んだ。
「あたしが引いていい?」
「ああ」
 雅臣に尋ねて、皓が足取りも軽く進み出た。
「先にいいのかしら?」
「ええ、どうぞ。残り物には福があると言いますからね」
「人って、いつの時代も縁起を担ぐわよねぇ。じゃ、遠慮なく」
 手を入れて、先に指先に触れた方の一枚を引き、さっさと踵を返す。
「さて、どこかしら」
「残りは僕ですね」
 満流は残りの一枚を取り出して、空箱を小脇に抱えた。
 満流が言ったように、配置については互いに誰と当たるか分からないため、あれこれと頭をひねらせるだけ無駄だ。唯一、戦力が極端に偏らないよう、班分けだけは満流が先にしていた。
それぞれクジに書いてある場所を確認しながら、遠いだの近いだの、ここならあいつがいそうだのと予想を言い合う満流たちを、椿は少々ぎこちない笑みを浮かべて背後から見守る。
 何というかこう、想像していた雰囲気とずいぶん違う。
 潜入して五日目。こんな事件を起こした犯人たちだ。きっと殺伐とした雰囲気なのだろうと思っていたのに、目の前の和気あいあいとした姿は、まるで寮の彼らそっくりだ。
 大体同じ時間に起床し、揃って食事を摂り、満流と昴の指導の下、鬼や式神を相手に訓練に明け暮れる。樹へ対する執着のせいか、協調性がなさそうな平良でさえ例に漏れない。違うのは、掃除や食事の担当を持たず、学校の宿題がないことくらいだ。宿題はともかく、共同生活をしているのに家事の担当がないのは。
「っ!」
 不意に感覚に触れた禍々しい気配に、体がぞくりと震えて硬直した。弾かれたように縁側の奥へ視線を投げる。
 部屋の中から中年女性に付き添われ、ゆったりとした足取りでこちらへ向かってくるのは、黒い着物を身にまとった少女――千代だ。
 普段は、食事や入浴など以外であまり部屋から出て来ることはなく、やはり近くにいると少々居心地が悪い。昴たちはもちろん、杏はよく平気だなと思う。表情も乏しく口数も少ないが、見た目や振る舞いはごく普通の少女と変わらない。体調なのか気分なのか、時折昴たちと一緒にテレビを見たり、里緒と一緒に本を読んだり。他愛ない会話をする姿を見た時は、人違いかと思ったほどだ。
 けれど今は、全身からおぞましい気配を放っている。つい先ほどまで、ここまで強烈ではなかった。今日のために悪鬼を集め封印していると聞いてはいたが、全て取り込んだのか。
 ただそこにいるだけなのに、足が竦むほどの威圧感。呼吸することさえ躊躇ってしまうほど、空気が重く淀んでいくのが分かる。同じように感じているのか、雅臣、健人、弥生、真緒の四人が顔を強張らせて千代を見つめ、里緒が隗にしがみつき、二匹の犬神がわずかに後ずさりした。
 本能が訴える――彼女には決して手を出すな、と。
 今にも逃げ出したい気持ちを必死に押し込んで、椿はごくりと喉を鳴らした。
 ――勝てるだろうか。
「いかがですか?」
 満流が声をかけると、千代は「ああ」と短く返事をして目を伏せた。
「悪くはない」
「そうですか。それは何よりです」
 中年女性に気遣われながら一緒に縁側を下り、草履をつっかけて満流の側で足を止める。一方で、中年女性は隗に声をかけた。
「里緒ちゃんを預かるわ」
 千葉百合子(ちばゆりこ)。四十代半ばくらいだろうか。里緒と同じく、草薙からの情報にはなかった人物だ。簡単な術が使える程度の霊力しかないらしく、話を聞く限りでは、香苗や夏也にも及ばないだろう。そのため、戦闘には加わらず家事全般を担当している。昴たちが家事の担当を持たないのは、彼女が一手に引き受けているからだ。
「里緒。良い子にしているのだぞ」
 隗が言い聞かせながら下ろすと、里緒は小さく頷いて百合子と手を繋いだ。
 玖賀里緒。真緒の従妹らしい。千代と同じく小学生低学年くらいの小柄な少女で、物静かであまり口を開かない。詳しい事情はまだ聞き出せていないが、真緒と弥生以外にも、隗によく懐いている。見る限り、陰陽師としての資質はかなりのものだ。すでに香苗や夏也にも引けを取らないだろう。成長すれば、華や茂をも凌駕するかもしれない。しかし、術の訓練には参加するが、さすがに少女を参戦させるわけにはいかず、基本的には百合子と一緒に留守番だ。
「椿」
 仲良く縁側へ向かう里緒と百合子を見送っていた満流が、不意に椿を見やった。
「申し訳ありませんが」
 中途半端な言葉の意味は、言われなくても分かる。たった五日で信用されるなどとは思っていない。
「はい」
 素直に頷いて足を踏み出すと、倣うように杏が動いた。結界で隔離されるのだろう。変化できる式神の結界は、今の自分には壊せない。
 杏に連行されるように縁側から室内へ入る椿の背中を見つめていた里緒が、何を思ったか繋いでいた手を離して身を翻した。小走りに縁側へ駆け寄り、よじ登るように上がって二人を追いかける。
「里緒ちゃん、どうしたの?」
慌てて百合子もあとを追った。
 懐いちゃいましたかね、と苦笑いで里緒の動向の意味を思案していた満流が振り向いた。示し合わせたように昴たちがしゃがみ込み、足元の木箱の霊符に手をかける。
 満流がにっこり笑顔を浮かべた。
「では皆さん――行きますよ」
 その言葉を合図に一斉に霊符が剥がされ、オレンジ色の夕日が差し込んでいた庭が、不気味な唸り声と共に暗闇に包まれた。
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