第17話

文字数 2,215文字

「隗は、どのようにして剛鬼と接触したのだ。奴が生きていることをどこかで知ったのか」
「剛鬼の方から接触してきた、としか言わないわね」
「ならば、奴は隗に何があったのか知っていたのか」
「みたいよ」
 ふむ、と紫苑は逡巡した。
 因縁があるにもかかわらず剛鬼の方から話を持ちかけたとなると、隗が仲間に加わる確信があったのだろう。そうでなければ接触などしない。そして隗が奴を殺したのは、報復の意味もあったのだろうが、おそらく口封じも兼ねていたのだろう。そうまでして裏切った理由を隠し、剛鬼が確信を持つほどのこととは、一体何だ。
 柴は、隗に何があったのか知りたがっている。皓はそれに気付いている。そして、宗史の突拍子のない推理。今問い詰めてもいいが、やはり皓が答えるとは思えない。それに、もし宗史の推理が正しかった場合、こちらがどこまで気付いているか知られるのは、おそらく得策でない。
 だが、探りを入れなければ逆に不自然か。
「お前は、隗が裏切った理由に気付いているのだろう」
「ああ、柴から聞いたのね。でもただの憶測よ。正しいかどうかまでは分からないわ」
 そのわりには、自信ありげのようにうふふと笑う。本当にこの女は食えない。
「答える気はないのだな」
「だって、そのうち分かるもの」
 断言した。どこかに何らかの手がかりがあるのだ。そして皓は、こちらがそれを探して解き明かすのを楽しんでいる。悪趣味だとは思うが、長年気になっていた謎は解けた。柴に話すかどうかは、別として。
「報告――」
 平静を装いつつ、
「感謝する」
 紫苑は語尾と同時に地面を蹴った。と。
「行っていいわよ」
 思いもよらない答えが返ってきて、思わず足を踏ん張った。砂埃を上げながら、長く地面を滑る。
「……私を行かせるのか」
 唖然として問い返すと、皓はけらけら笑って着物についた埃を払い始めた。まるで、これで終わりと言わんばかりだ。
「あたしね、巨大結界の阻止には反対なのよ」
「は?」
 今さら何を言っている。
「そりゃあ、発動を阻止してこの世が混乱すれば、きっと今より簡単に食事ができるでしょうね。でも、それまでの過程がねぇ。貴方たちに加えて地獄まで敵に回すとなると、いくら千代がいてもさすがに勝てる気がしないわ。それに、せっかくこうして蘇ったんだもの。もっとこの時代を楽しみたいのよ。だから無謀だって言ったんだけど、聞きやしない。あとでうるさく言われたくないから、仕方なく一戦交えたけど」
 そのわりには楽しそうにぼこぼこにしてくれたではないか。と言いかけてやめた。時間の無駄だ。つらつらと喋る皓に、紫苑は警戒心満載の眼差しを向けた。
「私が背を向けたとたん、背後から襲うつもりではないだろうな」
「失礼ね、そんな卑怯なことしないわよっ」
 ほんっと可愛くないわね、と膨れ面でぼやく皓をじっと見つめる。
 確かに、皓の言い分は正しい。どうあがいても地獄そのものを相手取ることなど無謀だ。言っていることは筋が通っているし、皓の性格を鑑みると、楽しみたいという主張も不自然ではない。信じてもいいのだろう。相手が皓でなければ。
 紫苑は皓を寸分違わず見据えたまま、じりじりと距離を取った。
「襲わないって言ってるでしょ! 早く行きなさいよ!」
 肩を怒らせて荒げた声に弾かれるように、紫苑は大きく跳ね、その場をあとにした。


 はらはらと舞い落ちる枝葉を見上げながら、皓は膨れ面でぼやいた。
「まったく、柴ってばどういう育て方したのかしら」
 口調は大人びてはいたものの、あんなに素直で純粋だったのに。昔の面影はどこへやら。
溜め息をつきながら、地面に落ちる枝葉を目で追いかける。足元へ滑り落ちた青々とした葉を見つめ、不意に顔が曇った。
 正直、迷った。
 剛鬼の情報は、向小島での戦いの前に、すでに聞いていた。柴が剛鬼の行方を気にしていたことも、餓虎との戦に違和感を抱いていたことも知っていた。それでも伝えるかどうか散々迷い、結局、言えなかった。
 このまま知らせずにいても、特に不都合はない。しかし、同じ三鬼神として、柴の気持ちは痛いほど理解できる。だが同時に、憂いもあった。
 巨大結界を巡るこの戦で、もし柴と対峙した時はと覚悟はしていたけれど――いや、それでもやっぱり言えなかっただろう。だから、紫苑の姿を見た時はほっとしたのだ。
「……最低ね、あたし」
 柴が酷く傷付くと分かっていて、伝えるかどうかの判断を紫苑に押し付けた。彼がどれだけ柴を慕っているか、知っているのに。
 ぐっと唇を一文字に結び、皓はゆっくりと頭上を仰ぎ見た。
伽南(かなん)……貴方がいたら、どんな助言をしてくれたのかしら」
 脳裏に浮かぶのは、強く美しい、聡明な腹心。真面目で少し口うるさくて、時々優しくて。
「今思えば、あれってアメとムチよねぇ」
 ふ、と皓は苦笑した。
 好きで就いたわけではない、三鬼神の座。でも、そうするしか生きる道がなかった。自分には分不相応な役割でも、彼女がいてくれたから務めることができて、好き勝手に振る舞えた。自分の過去を知った上で、それでもずっと仕えてくれた。側にいることが当たり前だった。三鬼神として、また一人の友として彼女に甘え、頼り切っていた。
 彼女が隣にいないことが、こんなにも心細いなんて。
「ねぇ、伽南。あたしは、どうしたらいい……?」
 ぽつりと呟いた問いかけに返ってくる声はなく、代わりに届いたのは、膨れ上がる神気の気配だった。
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