第13話

文字数 2,017文字

 射貫くようなまなざしで、半身の体制で左腰に刀を構える。と、皓が苦い顔をした。
「前から思ってたんだけど、貴方、ほんっと可愛げがなくなったわよねぇ」
 やれやれと言いたげに両手を広げておどけた皓に、紫苑の顔から表情がなくなった。唐突に何だ。皓が手のひらを水平にし、膝を折って下げた。
「昔はこーんな小さくて、柴主大好き! って気持ちが全身から溢れてて可愛かったのに。いつの間にか口うるさくなっちゃって。姑か! みたいな?」
「余計な世話だッ!」
 下げた手のひらを横へ素早く振った皓に噛み付くと、けらけらと楽しげな笑い声が返ってきた。柴主大好き、は否定しないが、そんなに小さくなかったし姑でもない。
 餓虎との戦のあと、野鬼の動向を共有するという名目で、皓はたびたび根城を訪れていた。その際に、よく顔を合わせていたのだ。
『この前もいたわよね。綺麗な子ね、先が楽しみだわ』
 などと言ってからかわれていた。それはともかく、皓は訪れるたびに、柴に色目を使っていた。聞くところによると、もっと以前から言い寄っているらしく、何度あしらわれてもめげないそうだ。しかも柴だけでなく、隗の配下の鬼にも同じことをしていた。
 信条が異なるからこそ縄張りがあり、しかもその頂点に立つ者同士が交合など有り得ない。柴は「ただの戯れだ」と意にも介していなかったし、玄慶たちも心配もしてなかった。皓自身も分かっていたはずだ。それなのに懲りずに柴を誘う理由が分からなくて、つい聞いたことがある。「柴主をお慕いしておられるのですか?」と。すると皓はいたずらっ子のように笑ってこう言った。
『男が美しい女に惹かれるのと同じ、女も見目の良い男に惹かれるのよ』
 と。皓にとって見目が良ければ敵対していようと関係ないらしい。幼心に嫌な気分になった。柴は誰が見ても美しいが、彼の魅力はそこだけではないというのに。
 三鬼神として最低限の役目は果たしていたようだが、昔から自由で、自分の欲求に素直。それゆえに、何を考えているか分からない時がある。皓の一番厄介な部分だ。
 今の話題もそうだ。この状況で、可愛げがないだの口うるさいだの、これっぽっちも関係ないだろう。
 くすくすと笑って肩を揺らす皓へ白けた視線を投げ、紫苑は言った。
「貴様は相変わらずのようだな。ならば私からも言わせてもらうが、何度色目を使っても無駄だ。柴主はなびかぬぞ」
 ずっと言ってやりたかった苦言をここぞとばかりに言ってやる。紫苑の勝ち誇ったような顔を見て、皓があらと笑った。
「それは残念。今の姿でも駄目かしら。なかなか美人だと思うんだけど」
「姿形の問題ではない。そのような瑣末なことで御心を動かされる柴主ではない」
「それは否定できないわね。でも、見た目って大切よ。鬼でも人でも、見た目がいい方が何かと得だもの。色んな意味で」
「そのような言動が、淫鬼と揶揄される原因であろう。少しは改めてはどうだ」
 こんな状況で一体何の話をしているのだと思いつつ、これまで溜まりに溜まっていた苦言を口にすると、皓は笑みを浮かべたまま言った。
「そんな必要ないわ。間違っていないもの」
 いっそ開き直ったような言い草に、紫苑は嘆息した。こいつはどんな生き方をして、どんな経緯で三鬼神の座に就いたのか。全く謎だ。まあ興味もないが。
「ねぇ、餓虎との戦、覚えてる?」
 唐突な話題の転換に、紫苑は少々苛立たしげに眉を寄せた。今度は何だ。
「覚えてるわよね。貴方が柴に助けられた戦だもの」
「何が言いたい」
 もしや、弱点を隠すための作戦だろうか。全身で警戒をあらわにした紫苑に、皓は笑みを収めた。
「あの剛鬼は、偽物よ」
「……偽物?」
「やっぱり、聞いてないのね。無理もないわ。このことを知ってたのは、あたしたち三鬼神と腹心。それと選りすぐりの兵が数名。限られた者だけだものね」
「待て。何を言っている」
 心持ち身を乗り出した紫苑を置いて、皓は続ける。
「貴方は参戦してなかったから知らないだろうけど、不自然だったのよ。三鬼神の縄張りを一斉に襲撃できるほどの野鬼を従えていたわりには、大して強くなかった」
「それだけ三鬼神の力が桁外れだという証拠だろう。全員揃っていればなおさらだ」
「そうね。初めはそう思ったわ。でも、どうしても違和感が拭えなかった。数はこちらの方が圧倒的に有利だけれど、そんなことは承知していたはず。その上で宣戦布告とも取れる夜襲を仕掛けておきながら、警戒は杜撰で剛鬼を守る兵も少ない。何より、剛鬼の撤退命令を聞かなかった。柴と隗も、不可解に思ってたわ。だから、戦のあとも剛鬼の行方を追ってたのよ。でも結局見つからなかった。どうしてだと思う?」
「やはり本物だったのだろう」
「いいえ、偽物よ」
「何故言い切れる。根拠は」
「剛鬼が、千代との戦の首謀者だから」
「……何だと?」
 あっさり返ってきた答えに、愕然とした。あれは、千代が単独で起こした戦ではないというのか。
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