第12話

文字数 2,503文字

「ところで、宗史」
 志季がそばをつゆにつけながら言った。
「もし椿が来た場合、手加減なしでいいんだな?」
 さらりと告げられた問いに、思わず全員が箸を止めて宗史を見やる。考えなかったわけではないけれど、その可能性は十分あるのだ。むしろ敵側からしてみれば、椿が本当にこちらを裏切ったのかどうかを確かめる、絶好の機会。
 分かってるけどやっぱりやだなぁ、と思っていると、宗史がこれまたさらりと言った。
「可能性としては低いが、そうだな。それで構わない」
「来ないと思ってんのか?」
「ああ」
「なんで」
 そばを箸で挟んだまま、志季が心持ち身を乗り出した。宗史は一旦箸を置く。
「こちらを裏切った理由は、事前に用意してあった。おそらく、あれが一番『椿らしい』と思われる理由だ」
「一番椿らしいって……、宗史さんのため? しか思いつかない」
 大河が何の気なしに口にすると宗史は目をしばたき、少し照れ臭そうに視線を泳がせた。当たりらしい。皆分かってることだし、別に照れなくてもいいのに。大河と晴と志季から噛み殺し切れない微かな笑い声が漏れる。
 宗史は三人を睨み付け、気を取り直すように咳払いをした。
「それはともかく、例え椿らしいと思っても、ここまで手の込んだことをする奴らだ。どんな理由であれ、すぐには信じないだろう。だとしたら、安易に俺たちと接触させるのは危険だと判断する」
「そっか。潜伏場所をバラされたら困るもんね」
「ああ。それを踏まえると、式神は治癒要員として確実に同行させるだろうから、隗と皓、どちらかが監視役として残る。あとは平良」
「樹がいねぇからな」
 志季が呆れ気味にぼやいてそばをすすった。
「それ、敵側はこっちのメンバーを把握してるってこと?」
「把握というよりは、大体の予測はしているだろうな。例えば樹さん。俺が敵側なら、こう推理する。ここは影綱の生まれ故郷だ。移動手段はともかく、柴と紫苑、さらに誰かが必ず同行するのは間違いない。となれば、戦力が分散するから警戒せざるを得ない。実力的に樹さんを寮から不在にさせるわけにはいかないだろう。ならば、樹さんはここへは来ない。当然、コンビを組んでいる怜司さんもいない。となると、あの二人がいない以上、襲撃される可能性を考えて、柴と紫苑以外で同行するのは俺と晴。さらに誰か加えるのならしげさんか華さんだろうが、柴と紫苑もいないし、さてどうかな。というところだと思う」
 は――、と感心の息が大河から漏れる。この人の頭の中はどうなっているのだろう。宗史も宗史だが、もしこれが当たっていたとしたら、敵側も相当なものだ。昴から情報が漏れているから、余計推測しやすいのだろう。厄介な。
「鈴に関しては、あれから姿を見せていないから、候補には入れているかもしれない」
「じゃあ、敵側は?」
 大河が尋ねると、宗史は難しい顔をした。
「正直に言うと、絞り切れない。椿の監視は十分だろうし、例の日が近い。ここで人員を失いたくはないだろうが、こちらと同じで独鈷杵は手に入れたいはずだ。残り全員がこちらへ来ている可能性もある。ただ、移動手段が船だとしたら、こちらに拘束される可能性を考えて、一人は待機させると思う。免許を持っているのが渋谷だけなら、彼だな」
「ああ、帰れなくなるもんね」
 皓は角が小さく髪を盛って隠していたと言っていたから、新幹線も使えるだろう。隗は柴たちと同じように帽子で隠したのだろうか。でも、気兼ねなく移動するなら、やはり船が一番なような気がする。
 全員、ということは、やはり昴も来るかもしれないのか。
「それと千代は……どうだろうな。鬼や式神に加えて彼女が参戦すると、戦況が激化する。向こうも島の人たちを巻き込むのは本意ではないだろうし……」
 平良と昴はともかく、他の者たちの実力や行動基準が分からないため、絞り込みにくいようだ。
 宗史は、どうかなともう一度小さく繰り返した。懸念、というか何か気にしているような雰囲気だが、何か気がかりでもあるのだろうか。
「楠井親子は?」
 晴が尋ねると、宗史は箸を持ち上げながら言った。
「動くのなら満流の方だな」
「ラスボスはやっぱ最後か」
「多分。こんなくだらない復讐劇を企てた奴だ。ここぞとばかりに現れて悦に浸るのを楽しみにしてるんじゃないのか。いっそ、よくぞここまで辿り着いた褒めてやろう、とかドヤ顔で言って欲しい。思いっきり笑ってやる」
「お前の中のラスボス、ちょっと古いな……」
 ゲームをしない人にとって、ラスボスのイメージはそんな感じらしい。見事な推理を披露した人とは思えない。影唯と雪子の肩が小刻みに震えている。
「うるさい。とにかく、隗と皓のどちらかと平良以外は来ていると考えた方がいい」
 了解、と大河たちから一斉に承諾の声が上がる。
 全員来ているとしたら、隗と皓のどちらか、満流、健人、雅臣、弥生、真緒、そして昴と千代の八名。人数的には向こうの方が有利な上に、間違いなく悪鬼を使ってくる。
 宗一郎たちは、どこまで推理していたのだろう。もし宗史と同じように考えていたのなら、いくら鈴がいると言っても、あと一人二人は同行させてもいいと思うのだが。まさか椿がいないことを忘れていたわけではあるまい。
 大河は千枚漬けをつまみながら、ふと口にした。
「そういえばさ、椿が裏切った理由って、どんなの?」
 先程は話しが逸れそうで聞かなかったけれど、気になる。大河が悪気なく尋ねると、あっ馬鹿、と晴と志季が声を揃え、宗史は雪子が漬けた大根の漬物をつまんだまま冷ややかな視線を向けた。
「そんなこと、知ってどうする……?」
「え……、どうするって、別に……」
 どうもしませんが。最後まで答える前に、大河は身の危険を察して降伏した。
「すみません忘れてください」
「よし」
 ぽりぽりと軽快な音を立てて漬物を噛む宗史を盗み見て、大河は千枚漬けを口に運ぶ。いつもこんな感じ? と影唯と雪子にこっそり尋ねられ、晴と志季が深く頷いた。
 照れ臭そうな反応といい、よほど宗史にとっては知られたくないらしい。だが、こうも隠されると気になるのが人の性だ。椿に聞いたら答えてくれるだろうか。
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