第8話

文字数 3,030文字

 晴は、来た道を戻る大河の背中を慌てて追いかけながら、動きが不自然なことに気付いて眉を寄せた。度々、上斜め前に顔を向けている。何だ、と訝しげに思い視線を辿った。その先には、どう見ても人では有り得ない動きをする人の形をしたもの。大河を気にするように時折ちらりと見下ろすその横顔は。
「柴……! 何で……っ!」
 まさか、と人ごち、大河を見失わないように追いかけつつ、携帯を操作する。もう到着しているはずだが、なかなかつながらない呼び出し音に舌打ちをかます。とたん通じた。
「俺だ、今すぐこっちに来い! 大河が柴を追ってる! いいから早く来い!」
 宗史の第一声を待たずにまくしたてると、おい待て! と制止する声を遮るように通話を切った。晴は携帯を握り締めたまま速度を上げた。と、
「晴さん!」
 脇道から弘貴の声が響き、速度を落として振り向く。春平も一緒だ。邪魔だと思ったのだろう、閉じた傘を持って駆け寄ってくる。
「お前らいいタイミングだ! 一緒に来い!」
 言い放って再び速度を上げた晴の後を、は!? と困惑した声を上げながらもついて来た。
「どうしたんですか!? 双子は!?」
「分からん! けど多分……っあー、もう訳分かんねぇ! 何なんだあいつらッ!」
「はあ!?」
 一人で混乱して喚き散らす晴に、弘貴と春平がさらに困惑した声を上げた。
 もしも、もしもだ。柴が双子の居場所を捜し当て大河に伝えに来たのだとしたら、こちらを監視していた証拠になる。
 奴らは敵ではないのか。それとも何か目的があるのか。
「何がしたいんだ……」
 賀茂家で会合があった日、帰宅するなり明に問われた。どこまで気付いているのか、と。
 これまでは面倒な推理や仕事での作戦は宗史任せにしていた。しかし、疑問や不自然さが多分に残る今回の事件は、そうしようにもできなかった。寮の中に内通者がいるかもしれないと気付いた時、思っていた以上に彼らを信じていることを自覚した。加えて、不覚にも大河が草薙に食ってかかったことを嬉しく思う自分に気付き、妙な情が湧いてしまった。
 だから、推理した。
 宗一郎や明、宗史、あるいは樹や怜司ほど頭が回るわけではないし、面倒事や複雑な思考は性に合わない。案の定、穴は多かったけれど、明からぎりぎり合格点が出た。
 だが、素直に喜べなかった。
 私情を排除し、事実と証拠だけを鑑みて推理すると、どうしてもああなってしまう。ただ、柴と紫苑が敵なのかそうでないのかは、どう考えても答えが出なかった。
 だから今、大河を奴らと接触させるわけにはいかない。
「待て大河ッ!」
 雨音で届かない声を、それでも張り上げて北側の道へと曲がった大河の後を追う。さらに角を曲がり、西側へ消えた。
「この先、神社が……っ」
 春平が息苦しそうに言って、思い出した。確かに宮司が常駐していない小さな神社がある。 木々が鬱蒼としていて周囲からは窺えず、社も参道が曲がっているため鳥居からは見えなかったはずだ。もし大河をおびき寄せようとしているのなら、うってつけの場所。
 これは本気でまずいかもしれない。晴は舌打ちをかまして角を曲がると、かなり先の方で大河が弾かれたように駆け出したところだった。道路を挟んだ住宅の屋根に、柴と紫苑が静かに佇んでそれを見つめている。追わせるわけにはいかない。
「おいッ!!」
 上を見上げながら鋭く叫んだ晴につられた弘貴と春平が顔を上げ、ぎょっと目を剥いた。
「お前らは大河を追え!」
「はい!!」
 弘貴と春平に指示を出して鳥居をくぐらせると、晴は息を切らせて立ち塞がった。こんなことをしても意味がないのは分かっているが、心理的にそうせずにはいられない。
 鬼と遭遇した時は逃げろ、と樹は指示を出したが無理な相談だ。とは言え、宗史が到着した様子はない。
 大学は車通学を禁止している。夕方から雨の予報が出ていたのなら、訓練の中止を視野に入れ、予定を前倒しにして大学へ行っているはずだ。となると、電車ではなくバイク。大学からここまで十五分ほどだ。捜索前に連絡を入れているから、さすがにもう到着しているだろう。GPSを確認して別の場所を探しているのかもしれない。どこにいるのか知らないが、一分と持ち堪えられる自信など微塵もない。
 さてどうするか。
 柴と紫苑の視線を受けながら、晴は息を整えつつ独鈷杵が入っている尻ポケットに手を突っ込んだ。霊刀を見せて警戒させるのは得策ではない。
 ごくりと生唾を飲み込んで大きく深呼吸をした、その時。
 睨み合う三人が同時にぴくりと小さく反応を示した。次の瞬間、柴と紫苑が高く飛び上がり、それを追いかけるようにして右側下方から二つの炎の塊が曲線を描きながら物凄い勢いで襲いかかった。柴と紫苑が仰け反って交わす。重力に従って落ちてきたところを、狙ったように姿を現した志季が襲いかかった。
 柴を背に庇うように前へ踏み出した紫苑へ、志季が息をつく暇もなく攻撃を仕掛ける。平然とした顔でそれを受ける紫苑の背後で、柴が何か呟いた。紫苑は頷き、志季が軽く飛び上がり回し蹴った足を片手で掴んで、晴の方へと放り投げた。すぐさま揃って背を向け、寮とは逆の方向へと立ち去って行く。
 一方志季は、宙で一回転し、晴の横をしゃがみ込んだ体勢で地面を後方へ擦りながら止まった。飛び散った水飛沫がばらばらと地面に落ちる。
「ここじゃ不利だぜ。どうする」
「追え。ここから引き離すだけでいい」
「了解」
 すぐさま志季は飛び上がり、二人が立ち去った方へと姿を消した。
 晴はポケットに突っ込んだままの手を出し、息を吐いた。ひとまずこれでいい。あとは神社の中を確認するだけだ。と、大河たちが戻って来ないことに違和感を覚え、振り向いた。双子がいるにしろいないにしろ、名前を呼びながら探しているだろうし、いたのなら先に入った大河が見つけて戻ってきてもおかしくないはずだ。
 もしかして、柴と紫苑は囮で他に仲間が――いや、それなら後に続いた弘貴か春平が報告に戻ってくるはず。物音一つしないのもおかしい。何かトラブルか。
「ったく、どうなってんだ……っ」
 一人悪態をついて駆け出そうとした時、
「晴くん!」
 茂の声に足が止まった。香苗も一緒だ。
「しげさん、香苗。何でここに」
「もう三十分以上経ってるから、皆に連絡して一旦戻ろうとしたんだよ。そしたら、大河くんのGPSがおかしな動きをしていたから何かあったのかと思って。大河くんに連絡しても出ないし、晴くんは通話中になってるしで、とにかく行ってみようって。遠くから志季くんと炎が見えたけど、何かあったのかい?」
 宗史に連絡している時とちょうど被ったらしい。駆け寄りながら説明をした茂と香苗が息を切らせ、鳥居を見上げながら立ち止まった。
「説明は後で」
 視線で二人を中へ促し、参道を駆け抜ける。
「樹くんと美琴ちゃんにも連絡してあるから、もうすぐ来ると思う」
「分かりました。こっちもさっき宗に連絡したんですけど」
「ああ、宗史くんのGPS、逆方向にあったな。ちょっと時間かかるかもしれないね」
 そうですか、と相槌を打って先を進みながら、晴は眉根を寄せた。何かトラブルが起こっているにしても、静かすぎる。
 そう思った矢先、双子を呼ぶ声と真言を唱える声が、雨音に交じって微かに届いた。
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