第2話
文字数 1,862文字
*・・・*・・・*
状況報告のために連絡を入れた下平は、困惑の声を漏らした。
「まあ、それは後々聞くとして、俺が動くのはまずいよなぁ」
もどかしそうな低い唸り声を聞きながら、紺野はハンドルを切った。
「まずいですね。別府さんが通報しているでしょうし、機捜ならともかく、下平さんが現場にいるのは不自然ですから」
だよなぁ、と下平はもどかしげに嘆息し、長い息を吐いた。煙草の煙を吐き出す音だ。
別府が通報しないはずがない。もう動いているはずだ。機動捜査隊全隊へ犯人の車の車種とナンバーが伝えられ、すでに捜索が始まっている。そうなると、発見後、どうしても応援を呼ばなければならない。少年課の刑事がいち早く現場にいるなど不自然だ。雅臣 を探して偶然現場に居合わせたと言い訳できないこともないが、下平は北原 の事件でお守りを渡した人物として面が割れている。そこへ来て近藤の事件に居合わせるなんて、偶然が過ぎる。無駄に疑われる行動は避けた方が無難だ。
「分かった。とにかく、熊田 さんと佐々木 さんに報告して、待機するように伝えとく。あと榎本 たちもだな」
「すみません、お願いします」
「ああ。いいか、無茶するなよ」
「はい」
通話が切れ、紺野は自嘲気味に息をついた。
こんな時、自分なら飛び出すだろうと思う。実際、宗一郎の指示を聞かなかった。しかし下平は、かなりやきもきしているはずだが冷静な判断をした。あんなふうにと思ってはいるが、どうも冷静さを欠くことの方が多い。性格の違いなのか、それとも年季の差か。
できれば後者であって欲しい。そう自分の性格を恨めしく思っていると、一本の電話がかかってきた。緒方 だ。報告書を書いていたから、まだ署にいたのだろう。思わず顔が歪む。ここで無視すると後々面倒だ。しぶしぶ通話ボタンをタップすると、即座に緒方の怒声が飛んできた。
「あっ、紺野お前、一体どうなってんだ!」
車内に緒方の声が響き、紺野はさらに顔を歪める。
「聞きましたか」
紺野の冷静な声に我に返ったのか、緒方は溜め息をついた。
「聞いた。例の動画も見たぞ。交通状況と動画が撮られた時間から移動距離が絞れるらしいんだけど、それ以前に行方がさっぱりじゃ検問もかけられねぇ。今、機捜が捜索中だ。科捜研もNシステムと防犯カメラで追ってる。で、何がどうなってる。説明しろ」
思った通りの動きだ。しかし、現場となっているであろう小さな町には、交番どころか駐在所すらない。一番近い駐在所でも、車で三十分だ。科捜研次第ではあるが、すでに犯人の車が市街地を抜けていたとしたら発見は遅れるだろう。
紺野は、近藤がGPSを設定していた理由を含め、これまでの経緯を伝えた。ただし、あれこれ突っ込まれると面倒なので、拉致計画の情報を得ていたことだけは伏せた。
「なるほど、北原の事件で警戒してたのか。てことは、同一犯の可能性もあるな」
「はい」
「お前は何してるんだ」
「周辺を捜索中です。まだ道路が混む時間帯なので、そう遠くへは行っていないかもしれません」
「そうか。無茶すんなよ。それと、何か分かったらすぐ連絡しろ。いいか、すぐだぞすぐ」
「了解です」
強く念を押されて渋い顔をすると、通話が切れた。
「……そんなに信用ねぇのか、俺」
確かに鬼代事件関連は隠し事だらけだし、すでに近藤の行方が分かっていて報告しない自分にこんなことを言う資格はないと分かっているが、一課長といい、ここまで信用されないとちょっとへこむ。
市街地を抜ければ、交通量はぐっと減る。東山区から現場へ行くには、367号線から477号線へ入る経路が一番早い。
紺野は、367号線のあるカーブに差し掛かったところで速度を緩めた。六年前の事故現場だ。
ガードレールは新しいものに交換されているようだが、対向車線に刻まれた長いタイヤ痕は、まだうっすらと残っていた。中央車線を越えて、崖ぎりぎりまで延びている。よほど強くブレーキを踏んだ証拠だ。
六年だ。六年経っても、事故の痕跡は消えることがない。
長く響く甲高いブレーキ音。アスファルトとタイヤが擦れ合うゴムの匂い。ガードレールに激突した衝撃に爆発音、上がった炎、白い煙。それらを感じ、炎に焼かれながら、栄晴 は三人の子供たちの顔を思い浮かべ、何を思っただろう。
ぐっと奥歯を噛んで睨むように前を見据え、通り過ぎる。本当なら、車を降りて手の一つでも合わせたい。だが、栄晴には申し訳ないけれど今は時間がない。
事件が終わったら、必ず。紺野は心の中でそう約束し、速度を上げた。
状況報告のために連絡を入れた下平は、困惑の声を漏らした。
「まあ、それは後々聞くとして、俺が動くのはまずいよなぁ」
もどかしそうな低い唸り声を聞きながら、紺野はハンドルを切った。
「まずいですね。別府さんが通報しているでしょうし、機捜ならともかく、下平さんが現場にいるのは不自然ですから」
だよなぁ、と下平はもどかしげに嘆息し、長い息を吐いた。煙草の煙を吐き出す音だ。
別府が通報しないはずがない。もう動いているはずだ。機動捜査隊全隊へ犯人の車の車種とナンバーが伝えられ、すでに捜索が始まっている。そうなると、発見後、どうしても応援を呼ばなければならない。少年課の刑事がいち早く現場にいるなど不自然だ。
「分かった。とにかく、
「すみません、お願いします」
「ああ。いいか、無茶するなよ」
「はい」
通話が切れ、紺野は自嘲気味に息をついた。
こんな時、自分なら飛び出すだろうと思う。実際、宗一郎の指示を聞かなかった。しかし下平は、かなりやきもきしているはずだが冷静な判断をした。あんなふうにと思ってはいるが、どうも冷静さを欠くことの方が多い。性格の違いなのか、それとも年季の差か。
できれば後者であって欲しい。そう自分の性格を恨めしく思っていると、一本の電話がかかってきた。
「あっ、紺野お前、一体どうなってんだ!」
車内に緒方の声が響き、紺野はさらに顔を歪める。
「聞きましたか」
紺野の冷静な声に我に返ったのか、緒方は溜め息をついた。
「聞いた。例の動画も見たぞ。交通状況と動画が撮られた時間から移動距離が絞れるらしいんだけど、それ以前に行方がさっぱりじゃ検問もかけられねぇ。今、機捜が捜索中だ。科捜研もNシステムと防犯カメラで追ってる。で、何がどうなってる。説明しろ」
思った通りの動きだ。しかし、現場となっているであろう小さな町には、交番どころか駐在所すらない。一番近い駐在所でも、車で三十分だ。科捜研次第ではあるが、すでに犯人の車が市街地を抜けていたとしたら発見は遅れるだろう。
紺野は、近藤がGPSを設定していた理由を含め、これまでの経緯を伝えた。ただし、あれこれ突っ込まれると面倒なので、拉致計画の情報を得ていたことだけは伏せた。
「なるほど、北原の事件で警戒してたのか。てことは、同一犯の可能性もあるな」
「はい」
「お前は何してるんだ」
「周辺を捜索中です。まだ道路が混む時間帯なので、そう遠くへは行っていないかもしれません」
「そうか。無茶すんなよ。それと、何か分かったらすぐ連絡しろ。いいか、すぐだぞすぐ」
「了解です」
強く念を押されて渋い顔をすると、通話が切れた。
「……そんなに信用ねぇのか、俺」
確かに鬼代事件関連は隠し事だらけだし、すでに近藤の行方が分かっていて報告しない自分にこんなことを言う資格はないと分かっているが、一課長といい、ここまで信用されないとちょっとへこむ。
市街地を抜ければ、交通量はぐっと減る。東山区から現場へ行くには、367号線から477号線へ入る経路が一番早い。
紺野は、367号線のあるカーブに差し掛かったところで速度を緩めた。六年前の事故現場だ。
ガードレールは新しいものに交換されているようだが、対向車線に刻まれた長いタイヤ痕は、まだうっすらと残っていた。中央車線を越えて、崖ぎりぎりまで延びている。よほど強くブレーキを踏んだ証拠だ。
六年だ。六年経っても、事故の痕跡は消えることがない。
長く響く甲高いブレーキ音。アスファルトとタイヤが擦れ合うゴムの匂い。ガードレールに激突した衝撃に爆発音、上がった炎、白い煙。それらを感じ、炎に焼かれながら、
ぐっと奥歯を噛んで睨むように前を見据え、通り過ぎる。本当なら、車を降りて手の一つでも合わせたい。だが、栄晴には申し訳ないけれど今は時間がない。
事件が終わったら、必ず。紺野は心の中でそう約束し、速度を上げた。