第9話

文字数 2,532文字

 下平が言った。
「今のところはどこにも。ただ、裏に倉庫があったので、そっちに何かあるかもしれません」
「倉庫ですか」
「ええ。それと、術に関するものは何も見当たりませんでしたが、手紙を見つけました」
「手紙?」
 栄明が反復し、下平が内ポケットを探って例の手紙を出した。
「机の天板の裏に貼り付けてあったんです」
「何でそんなところに……」
 熊田が訝しげに眉を寄せ、栄明が手紙を取り出す。三人が顔を寄せるように覗き込んだ。視線が文面をなぞると、佐々木は首を傾げ、熊田は顔をしかめ、栄明は思案顔をした。
「満流を救って欲しいって、どういう意味ですかね?」
「さあな。意味は分からんが、勝手なこと言ってんのは分かるぞ」
「楠井道成……初めて聞く名前ですね」
 それぞれの感想を聞いて、下平が言った。
「文面からして満流の兄じゃないかと思うんですが、親類の可能性も」
 栄明が一つ唸る。
「そうですね……親類かもしれませんが、おそらく兄の可能性が高いと思います。ああ、双子とも考えられますね。どちらにしろ、兄弟かと」
 藍と蓮のことを思い出したらしい。
「なるほど、それも有り得ますね。でも、どうしてですか?」
 栄明が手紙を封筒に入れ直す。
「名前です。うちもそうですが、もし蘆屋道満から一字ずつ取ったのだとしたら」
「ああ」
 一同が声を揃えた。道成と満流。道満の字が一字ずつ入っている。自分がそうだからこその視点だ。
「あくまでも憶測ですが、しかし、もしそうだとしたらあの男は一体誰なんでしょう」
 栄明が困惑気味に嘆息した。
「さっき熊さんから聞いた時、一瞬道成かもと思ったんですけど」
「ああ、俺も思った。けど、兄貴にしてはさすがに年が離れすぎてる。どう見ても中年だろ」
「そうなんですよね」
 手紙が本物なら、道成は満流を案じている。一見仲の良い兄弟にも思えるが、道成に愛情があっても、満流にあるとは限らない。何かしらの理由で、一方的に道成を恨んでいた。そう思ったのだが、あの生首はどう見ても中年だった。さすがに兄弟には見えない。
 となると、動機が判明していない平良と真緒の復讐相手か。あるいは。
「そういやお前、さっき何か言いかけてなかったか?」
「ああ、はい。道成は、すでに亡くなっているのではと思ったんです」
「亡くなってるって、何でだ」
 問い返したのは熊田だ。
「この前――寮が襲撃を受けた日の帰りに下平さんと話したんですが、楠井家の目的が土御門家への復讐でなかった場合、あるいは他にも動機があるとしたら、奴らも何かしらの犯罪被害者、あるいは遺族かもしれない。だとしたら……」
 熊田が腕を組んだ。
「なるほど。道成の死も動機の一つかもしれねぇってことか。で、あの冷凍庫の男は犯人。けどそうなると、あの手紙は殺害される前に書かれたことになるよな。まるで自分が死ぬことが分かってた、ような……」
 熊田が何かに気付いたように語尾を小さくし、佐々木が「あっ」と呟いた。
「ええ。もし道成も陰陽師だとしたら、刀倉影正と同じように、先見をしたのかもしれません」
 影正だけではない。寮の陰陽師たちは、当主二人の先見によって集められたのではないか、という憶測も出ている。さすがに、明たちには話していないけれど。
「あたし、ちょっと気になってることがあって」
 思案顔で佐々木が口を挟んだ。視線が集まる。
「母親はいないんですかね?」
「あ、そうか」
 今どき片親の家庭は珍しくないし、草薙も全員と会ったわけではないだろう。母親の話しが出なかったなとは思ったが、特に気に止めていなかった。だが。
 熊田と下平が言った。
「離婚じゃなくて殺されたとしたら、そっちも動機の一つになるな」
「ええ。とりあえず、明日、道成も含めて班の奴らと手分けをして調べてみます」
「お願いします」
 正式な捜査ではないので戸籍は調べられない。だが、警察のデータに残っていれば分かる。道成はフルネームが分かっているので問題ない。母親の方は、楠井という名字に性別や県名で検索をかければ、かなり絞り込める。
 何にせよ、道成然り、母親然り、生死すら分からない状態では憶測が増えるだけだ。下平がそうだと栄明に目を向けた。
「栄明さん、その手紙こっちで預かってもいいですか。紺野、指紋がついてるだろうから、念のために近藤に回せ」
「了解です」
 差し出された手紙を紺野が受け取り、内ポケットにしまいながら踵を返す。
「じゃあ、行きましょうか」
 促すと、使いが先行した。紺野、下平と栄明、熊田と佐々木が最後に続く。
「そういえば、あの封筒と便せんの柄、何の花ですかね」
 不意に、佐々木のそんな声が聞こえた。
「何って、コスモスだろ?」
「似てるように見えましたけど、ちょっと違う感じがするんですよね。コスモスって、もっと花びらが太くなかったですか?」
「そうかぁ? 俺は同じに見えたけどな」
「熊さんは花より団子ですもんね」
「花で腹は膨らまねぇ」
 俺もコスモスに見えました、などと余計な口を挟まない方が良さそうだ。紺野は聞こえていないふりをして使いのあとを追う。下平も同じ判断をしたのか沈黙を守っており、反対に口を挟んだのは栄明だ。
「コスモスに似ていましたが、確かに花びらの形が違いましたね」
「ですよね。栄明さん、花お好きなんですか?」
「いえいえ。私ではなく妻が。色々植えてるみたいですが、あれは見たことないですねぇ」
「珍しい花なのかしら」
 そんな話しをしている間に扉の前まで到着し、順にフットカバーを脱いで外へ出る。正直、あの花が何であれ興味はない。気にするのは女性だからだろうか。
 数メートル先の倉庫はこちらに扉を向け、闇の中にぽつんと佇んでいる。木造で、屋根はトタン。元々茶色だったのか、それとも錆なのか分からないくらい劣化しており、ところどころに枯れ葉が散らばっている。扉も壁板も黒ずんで苔生し、周囲は一面雑草と枯れ葉だらけだ。
 ただの倉庫なのに、異様な存在感とおどろおどろしさを放っている。古さといい、鬱蒼とした暗い林の中といい。先程の生首の影響もあってか、何があるか分からない、そして犯人たちの元潜伏場所という状況がそう感じさせるのか。
 紺野たちは、一様に気を引き締め直して足を踏み出した。

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