第15話
文字数 2,088文字
「あ、そうだ、ちょっと質問」
茂に「泣き虫なのかなぁ」とからかわれた前例がある。また言われないように、大河は先に口を開いた。
「公園の事件の時はじいちゃんを狙ってたんだよね。何で隗は俺を狙ったんだろう」
宗史の言葉で思い出した。あの時、結界を張っていた影正をそのまま殺すこともできたのに、隗はわざわざ大河を狙った。本当に影綱の霊力を受け継いでいるかどうか確認するため、とも考えられるが、霊気で分かる。それ以外の理由が思い付かない。
「それについては、俺たちも不可解に思っている。だから推測だと言ったんだ」
大河は新しいティッシュで鼻をかみかけて、固まった。タイミングはともかく、推測だと繰り返したのはそのせいか。確率的にはかなり高いと思うので、てっきり気を使ってくれているものだとばかり。先に説明してくれればいいのに。
自意識過剰。大河は恥ずかしさのあまり鼻にティッシュを押し当てたまま深く俯いた。
いやでも、当たっていたらショックは最小限で済む。念のため、心の準備をしたと考えればいい。宗史もそのつもりで話したのだろうし、そうすれば、号泣した恥ずかしさは無駄にはならない。保険だ、保険。
「どうした?」
「……何でもありません」
敬語で返ってきた棒読みの答えに、宗史が小首を傾げた。
そうだ、そう思うことにしようと必死に自分に言い聞かせる大河をよそに、宗史は難しい顔で唇に手を添えた。
「お前を狙えば、確実に影正さんが庇うと考えたのかとも思ったが、そんなことをしなくても狙える状況だったんだよな」
問いかけに、大河は鼻をかんで顔を上げた。いつまでも自己嫌悪していても仕方ない。
「うん。結界張って守ってくれてたから、そのまま狙えた。そのあとも、俺と香苗ちゃんは双子を抱えて足止めされてたし、しげさんたちもやられてたから」
どう考えても、影正を殺すつもりなら直接狙った方が確実だった。もし影正が間に合わなかったらどうするつもりだったのか。先程宗史が言ったように、大河が殺されていたかもしれない。
だからあの時、昴は「やめろ」と叫んで隗を止めようとした。演技ではなく、本気だったのだ。何せ、隗は寮には向かわずに昴たちを襲い、影正を殺せる状況にありながら大河を狙った。昴からすれば、大河が死ねば計画が狂う上に、隗の行動の意味が分からない状態だった。焦って当然だ。あれは、助けるためではなく、計画を頓挫させないためのひと言だった。
と解釈すれば、推理は当たっているようにも思えるが、果たしてどうなのだろう。
「皓といい、どうも思考が読めないな……」
眉間に皺を寄せ、宗史は溜め息まじりにぼやいた。どうやら宗史たちでも隗の行動の謎は解けていないらしい。
隗が計画を無視して昴たちを襲ったこと、一掃すると言ったにもかかわらず大河たちが到着するまで香苗と双子が無事だったこと、大河を狙ったこと。加えて。
「酒吞童子の件もあるしね」
大河がぼそりと呟くと、同時に溜め息が漏れた。
「鬼の思考って、人には読めないんじゃないの?」
「それは困る」
きっぱりと言い放った宗史に、それはそうだけど苦笑する。他に探れそうなものといえば。
「日記は? 隗の性格からとか」
「いや、それらしい記述はなかったな。お前の先祖が書いたとは思えないくらい読みやすかったから、気付かないことはないと思うんだが」
「ひと言多い!」
余計な答えに大河が噛み付くと、宗史は朗らかに笑った。むうと唇を尖らせてペットボトルをあおる。鼻をかんだティッシュを投げつけてやろうかと思ったが、半殺しにされそうなのでやめておいた。
「さて、俺からは以上だ。お前から何かあるか?」
「んー、特にないかなぁ」
小難しいことを考えるのはむいていない。だからこそ、こんなふうに気を使わせてしまう結果になってしまったのだが、だからといって突然宗史のようには考えられない。
「分かった。お前、今から宿題するんだよな」
「うん……」
本当はもうこのまま寝たいのだが、後々困るのは自分なので仕方ない。宗史が胡乱な眼差しを向けた。
「時間を削って悪かったが……ちゃんとしておけよ?」
「分かってるよ」
そんなに顔に出やすいのだろうか。バツの悪い顔でペットボトルを小脇に抱え、ティッシュを回収して腰を上げると、宗史も苦笑して立ち上がった。後ろをついてくるが、見送りでもないだろうに。
「宗史さん、何してんの。早く寝てよ。明日早いんだし」
今度は大河が胡乱な目で睨みながらティッシュの箱を元に戻して、丸めたティッシュをゴミ箱に放り込む。
「歯を磨きに行くだけだ」
他のことに関しては信用しているが、無理をするなということに関してだけは信用できない。一階ではまだ皆が起きている。じっと見つめる大河に、宗史は一つ息をついた。
「言っておくが、俺はお前以上にお前を疑っているからな?」
不意に冷ややかな視線を投げられ、大河はぐっと声を詰まらせた。
「や、やるよちゃんと!」
あとで泣きを見るのは自分だぞ、分かってるってば、と言い合いながら廊下に出る。そのあと、宗史は部屋に入るまでじっとこちらを監視していた。
茂に「泣き虫なのかなぁ」とからかわれた前例がある。また言われないように、大河は先に口を開いた。
「公園の事件の時はじいちゃんを狙ってたんだよね。何で隗は俺を狙ったんだろう」
宗史の言葉で思い出した。あの時、結界を張っていた影正をそのまま殺すこともできたのに、隗はわざわざ大河を狙った。本当に影綱の霊力を受け継いでいるかどうか確認するため、とも考えられるが、霊気で分かる。それ以外の理由が思い付かない。
「それについては、俺たちも不可解に思っている。だから推測だと言ったんだ」
大河は新しいティッシュで鼻をかみかけて、固まった。タイミングはともかく、推測だと繰り返したのはそのせいか。確率的にはかなり高いと思うので、てっきり気を使ってくれているものだとばかり。先に説明してくれればいいのに。
自意識過剰。大河は恥ずかしさのあまり鼻にティッシュを押し当てたまま深く俯いた。
いやでも、当たっていたらショックは最小限で済む。念のため、心の準備をしたと考えればいい。宗史もそのつもりで話したのだろうし、そうすれば、号泣した恥ずかしさは無駄にはならない。保険だ、保険。
「どうした?」
「……何でもありません」
敬語で返ってきた棒読みの答えに、宗史が小首を傾げた。
そうだ、そう思うことにしようと必死に自分に言い聞かせる大河をよそに、宗史は難しい顔で唇に手を添えた。
「お前を狙えば、確実に影正さんが庇うと考えたのかとも思ったが、そんなことをしなくても狙える状況だったんだよな」
問いかけに、大河は鼻をかんで顔を上げた。いつまでも自己嫌悪していても仕方ない。
「うん。結界張って守ってくれてたから、そのまま狙えた。そのあとも、俺と香苗ちゃんは双子を抱えて足止めされてたし、しげさんたちもやられてたから」
どう考えても、影正を殺すつもりなら直接狙った方が確実だった。もし影正が間に合わなかったらどうするつもりだったのか。先程宗史が言ったように、大河が殺されていたかもしれない。
だからあの時、昴は「やめろ」と叫んで隗を止めようとした。演技ではなく、本気だったのだ。何せ、隗は寮には向かわずに昴たちを襲い、影正を殺せる状況にありながら大河を狙った。昴からすれば、大河が死ねば計画が狂う上に、隗の行動の意味が分からない状態だった。焦って当然だ。あれは、助けるためではなく、計画を頓挫させないためのひと言だった。
と解釈すれば、推理は当たっているようにも思えるが、果たしてどうなのだろう。
「皓といい、どうも思考が読めないな……」
眉間に皺を寄せ、宗史は溜め息まじりにぼやいた。どうやら宗史たちでも隗の行動の謎は解けていないらしい。
隗が計画を無視して昴たちを襲ったこと、一掃すると言ったにもかかわらず大河たちが到着するまで香苗と双子が無事だったこと、大河を狙ったこと。加えて。
「酒吞童子の件もあるしね」
大河がぼそりと呟くと、同時に溜め息が漏れた。
「鬼の思考って、人には読めないんじゃないの?」
「それは困る」
きっぱりと言い放った宗史に、それはそうだけど苦笑する。他に探れそうなものといえば。
「日記は? 隗の性格からとか」
「いや、それらしい記述はなかったな。お前の先祖が書いたとは思えないくらい読みやすかったから、気付かないことはないと思うんだが」
「ひと言多い!」
余計な答えに大河が噛み付くと、宗史は朗らかに笑った。むうと唇を尖らせてペットボトルをあおる。鼻をかんだティッシュを投げつけてやろうかと思ったが、半殺しにされそうなのでやめておいた。
「さて、俺からは以上だ。お前から何かあるか?」
「んー、特にないかなぁ」
小難しいことを考えるのはむいていない。だからこそ、こんなふうに気を使わせてしまう結果になってしまったのだが、だからといって突然宗史のようには考えられない。
「分かった。お前、今から宿題するんだよな」
「うん……」
本当はもうこのまま寝たいのだが、後々困るのは自分なので仕方ない。宗史が胡乱な眼差しを向けた。
「時間を削って悪かったが……ちゃんとしておけよ?」
「分かってるよ」
そんなに顔に出やすいのだろうか。バツの悪い顔でペットボトルを小脇に抱え、ティッシュを回収して腰を上げると、宗史も苦笑して立ち上がった。後ろをついてくるが、見送りでもないだろうに。
「宗史さん、何してんの。早く寝てよ。明日早いんだし」
今度は大河が胡乱な目で睨みながらティッシュの箱を元に戻して、丸めたティッシュをゴミ箱に放り込む。
「歯を磨きに行くだけだ」
他のことに関しては信用しているが、無理をするなということに関してだけは信用できない。一階ではまだ皆が起きている。じっと見つめる大河に、宗史は一つ息をついた。
「言っておくが、俺はお前以上にお前を疑っているからな?」
不意に冷ややかな視線を投げられ、大河はぐっと声を詰まらせた。
「や、やるよちゃんと!」
あとで泣きを見るのは自分だぞ、分かってるってば、と言い合いながら廊下に出る。そのあと、宗史は部屋に入るまでじっとこちらを監視していた。