第2話

文字数 2,369文字

 作戦はこうだ。
 まず荷物。大河は家に着替えが一式残っている。念のために一日分だけ持って行くことにしたキャリーケースの中は、十分すぎるほど余裕がある。そこへ柴と紫苑の着替えと宗史のバッグを詰め込んで、一つにまとめた。
 次は時間。発車時刻は八時二十六分。ぎりぎりを狙う。
 さらに晴。大河たちが到着するまでに、パスワードを受け取ってチケットを購入し、改札前で待機。
 そして大河たちは、京都駅南側にある八条口・一般車乗降場から新幹線の改札を目指す。その名のとおり、一般車専用の乗降場所で、しばらく停まっていようものならすぐに監視員に注意を受ける。そのため、車も人もすぐに立ち退かなければならず、イケメンに群がっている暇はないのだ。
 これが、目立つであろうことを想定し、声をかけられたり写真を撮られないようにするための最善策だった。
「さりげなく急げ」
 無茶言うな。思わず突っ込みそうになった宗史の指示は、けれど間違っていない。無駄に走ると逆に目立つ上に危険だし、荷物もある。
 乗降場から改札まで、混んでいなければ十分かからないが、夏休み真っ只中のこの時期に混まないわけがない。それはすでに経験済みだ。
 晴から状況を聞き、発車時刻の十五分前に乗降場へ到着。
 そこからは早足だ。人の多さや土産物屋に気を取られている場合でもなければ、エスカレーターやエレベーターに驚いている暇もない。脇目もふらず一直線に改札を目指すのみ。それでも足を止めそうになった柴と紫苑を引っ張り、改札前で無事、晴と合流した。
 席順など構っていられない。適当にチケットを配り、改札を抜ける。チケットを吸い込んで吐き出す改札に、柴と紫苑が気味悪そうに顔を歪めた。
 宗一郎が予約した席は、なんとグリーン席だった。紫苑がキャリーケースを抱え、エスカレーターを駆け上がり、すでに到着して乗客を乗せていた車両を横目に、グリーン車両へ急ぐ。列車のほぼ中央にあるためそう離れていないが、乗客はほとんど乗り終わっている。本当にぎりぎりだ。
 そして、発車合図のベルが鳴った直後に車両へ飛び乗り、今に至る。
 浴びせられる視線から逃げたいという気持ちと、乗り損ねると洒落にならないという強迫観念から、知らず知らずのうちに速度が上がっていたらしい。デッキで息を整える大河たちをよそに、柴と紫苑が、平然とドアの小窓から閉まるホームドアを興味深げに眺めている。
「あれも、からくりなのだな」
「そのようです」
 のんきにそんな会話をする二人が恨めしい。
 そもそも、乗降場に降りた時点で目立っていた。助手席と後部座席から宗史と紫苑が降りたとたん大注目を浴び、続けて柴が降りるとさらにどよめきが上がった。最後に降りた大河へ、じゃあね、と満面の笑みで声をかけた茂は、逃げるように車を発車させた。
 かっこいい、イケメンという色めき立った声はもちろん、案の定、コスプレ? 撮影? と囁き声がした。さらに「京都っぽい」とちょっと先入観のある声が聞かれ、挙げ句の果てに携帯を持った白人男性にしばらく追いかけられた。大変申し訳ないが、「Oh,beautiful! please,wait!」とか叫ぶ筋肉ムキムキの外国人から追いかけられるのはちょっとした恐怖だ。
 新幹線はゆっくりと発車し、次第に速度を上げる。
 小窓にへばりつき、あっという間に後方へ流れてゆくホームを目で追いかけて「ほお」と感嘆を漏らした。今どき、どんな田舎出身でも新幹線くらいでここまで驚かない。
 ガチで平安時代の鬼だもんな。物珍しげに車内をきょろきょろしたりチケットを眺め回す二人を見て、大河はくすりと笑った。
 座席は、四人で予約されていた席がキャンセルになったのか、前後二列の四席と、離れた場所に一席。喫煙ルームが近いという理由で、晴が一席の方を選んだ。もしキャンセルが出なかったら、自由席だったのかもしれない。
 まさかグリーン席に座れる日が来ようとは。大河は、少し緊張気味に先行した宗史らに続いた。
 自由席や指定席とは違い、自動ドアの向こう側は静寂とまではいかないまでも、静かで落ち着いた雰囲気だった。床はふかふかで前後の席の間も広く、座席も見るからに座り心地が良さそうだ。それと乗客たち。一瞬驚いた顔はするが、騒ぎ立てるようなことはしない。紳士然とした老齢の男性が感心したように見上げ、にっこり笑顔を向けてくれた。あの年齢なら、パナマハットが男性の正装だった時代を知っていそうだ。昔を思い出して懐かしんだのかもしれない。
 キャリーケースを窓際に押し込み、ボディバッグを下ろしてやっと一息つく。
「間に合ってよかったね」
「ああ」
「あの外人さん、よっぽど着物が好きなのかな」
「そうなんじゃないか? 光栄だ」
「ははっ。確かに」
 自国の文化にあれほど興奮してもらえると、確かに嬉しい。そう考えると、無視してしまったことを申し訳なく思うが、こちらにも事情がある。良い旅になりますようにと祈るばかりだ。
 お茶飲む? と宗史に尋ねながらキャリーケースを開ける。売店に寄れないことは分かっていたので、行きがけにコンビニで買って押し込んだのだ。
「そういえば、晴さん大丈夫だったの? 警察の人が張り付いてるんだよね」
 さらに声量を落として尋ねる。参考人だか被疑者だかの弟が旅行鞄を持って出掛ければ、警戒されてもおかしくない。
「閃に頼んで、人気のない場所まで運んでもらったらしいぞ」
「閃に? 志季じゃなくて?」
「志季に抱えられたくなかったんだろ」
「ああ……」
 おんぶか俵担ぎ、あるいはお姫様だっこくらいしか手段が思いつかない。互いに嫌がりそうだ。
 一瞬想像して噴き出しそうになるのを堪え、宗史にペットボトルを渡す。柴と紫苑にも、と思ったところで、後ろからひそひそと声がかかった。
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