第3話

文字数 2,899文字

 477号線に入ってすぐ。連絡を寄越した別府は、
「白川通りにあるNシステムに北上する対象車両が映ってた。けどそこから先は不明。引き続き探すから、じゃあね!」
 と早口で言うだけ言ってぶつっと切った。白川通りを北上。ということは、やはり367号線に向かっていたようだ。宗一郎の情報は正しかった。
 白川通りは、のちに367号線と合流する。合流地点の先にNシステムが設置されているはずだが、そこに映っていないということは、途中で道を逸れ、住宅街を通って367号線、さらにこの477号線に乗ったのだろう。Nシステムを避けて遠回りをしたのなら、通常より時間がかかっているはずだ。間に合うかもしれない。
 と、紺野なら推測できるが、別府たちからするとどこへ行ったのかまだ分からない状態だ。周辺を広範囲で捜索するしか手がない。
 警察が動いているため、色々と考慮しなければいけないことはある。鬼代事件関連なら、共犯者は生きていない可能性がかなり高く、聴取でどう説明するか。また、茂たちをどうするか。確定事項は、応援を呼ばなければならないことだけ。救出に成功しても、しなくても。
 紺野は苦い顔で舌打ちをかました。
「何考えてんだ……っ」
 左近が先行している。茂たちも向かっている。失敗は有り得ない。してたまるか。
 ぐっとアクセルを踏み込んで、暗い山道をひたすら進む。
 477号線を途中で右折し、町へ入る。町というよりは、集落と言った方が正しい規模だ。立派な日本家屋や平屋が点在し、あとは畑の側に物置小屋が建っている。民家に明かりは灯っているが、人影はまったくない。
「……静かだな」
 現場はこの集落を抜けた先にある。もし鬼代事件関連ならば、先に到着しているであろう左近と戦闘になっているはずだ。こうも静かだと、音が響いて必ず騒ぎになる。ということは、別件。
 一人としてすれ違わずに集落を抜けた。あとは道なりだ。すぐ左手には山が迫り、右手は道路と並走する小さな川を挟んで、畑の向こう側に影絵のような山が稜線を描いている。
 こんな山奥ならば、救出後に応援を呼ぶと時間がかかる。録画を見る限り、あとをつけていた男、スプレー男、そして運転手の三人。現場にまだ仲間がいるかもしれない。左近や茂たちが来るにせよ、制圧したあと長時間放置できない。
 紺野は速度を落とし、携帯を操作した。やってはいけないと分かっているが、今は少しでも距離を稼ぎたい。ホルダーに戻すコール一回の間に、緒方へ繋がった。
「どうした?」
「対象車両を発見しました」
「でかした、どこだ!」
 噛み付くように問い返され、場所を告げる。
「分かった。すぐに応援を向かわせるからそのまま追え。慎重にな。いいか、一人で突っ込むなよ」
 紺野は逡巡した。
「……分かりました」
「何だ今の間は! 絶対だぞ!」
 突っ込みと念を押して、緒方は通話を切った。あいつは! とぼやく緒方の姿が想像できる。
 緒方には悪いが、指示を聞くわけにはいかない。おそらく、犯人たちはもう現場にいるのだ。だが、緒方からすれば「犯人はまだ現場に到着しておらず、紺野が追っている」状態だ。もし近藤が暴行を受けていたとしたら「指示を聞かずに一人で突入して救出したにも関わらず怪我を負っている」状況は不自然だ。となると、待機していたが待ち切れずに突入した、と報告した方が辻褄は合う。
「面倒くせぇな」
 どの事件にせよ、陰陽師たちのことを話すわけにはいかないため、いちいち言い訳や辻褄を合せなければならないのは、非常に面倒で手間だ。しかも今回は別件の可能性が高い。どこの誰か知らないが、紛らわしいことをしてくれたものだ。
 紺野はこれでもかと顔を歪ませて舌打ちをかました。
 やがて、同じような景色が続く道路の右手前方に、木々の上からちらりと屋根が覗いた。
 若干速度を落とし、敷地の中央辺りに架けられた、コンクリートの小さな橋を視認する。川が流れているため橋があるだろうと思っていたが、予想通りだ。その橋目がけて勢いよくハンドルを切ると、タイヤがアスファルトを擦り、派手な音を立てた。とたん、一台の車の周りでこちらの様子を窺っていた男たちが、一斉に立ち上がった。動画で見た長髪の男に加えて、金髪と腕にタトゥーを入れた男二人。全員二十代くらいの若者だ。
 敷地に入るや否や、砂を巻き上げながら急ブレーキをかけてエンジンを切り、ヘッドライトは点灯させたまま飛び出す。
 駐車場か重機置き場も兼ねていたのだろう。敷地自体は広いが、正面に横長二階建ての建物がどんと居座っているだけだ。裏側は鬱蒼とした森が迫り、トタン張りの壁は茶色い錆びが浮いてところどころ剥がれ、それを覆い隠すように蔦が張っている。一階の真ん中では作業場らしき出入り口が口を開け、男たちの車はその前に横付けされている。等間隔に並んだ窓はひび割れて白く濁り、割れ目から蔦が中に侵入している。二階の壁に社名らしき文字が見えるが、錆びや掠れ、薄暗さで読み取れない。だが、左端の窓にほんのりとした明かりが確認できた。
「何だてめぇ!」
 駆け寄って立ち塞がった三人のうち、金髪男が凄んだ。相手にしている暇はない。
「どけガキどもが!」
 怒鳴り返しながら車のドアを閉めると、金髪男と動画男の二人が拳を握って向かってきた。紺野はとっさに閉めたドアを勢いよく開けた。姿勢を低くし、襲いかかる拳を避ける。動画男が勢い余ってドアに激突し、金髪男の腹には紺野の蹴りが入った。ぐはっと唸り声を上げ、体を二つに折って腹を押さえてよろよろと後ずさる。
 紺野は素早く体勢を戻し、動画男の首に腕を引っ掛けた。ぐえっとくぐもった呻き声を漏らす男を、腹の痛みに耐える金髪男へ向かって力任せにぶん投げる。
「うわっ!」
「何やってんだ!」
 もつれ合いながら転んだ男二人を一瞥し、タトゥー男は舌打ちをかまして地面を蹴った。右、左と繰り出す拳を後退しながら難なく避ける紺野に、くそっと悔しげに吐き出す。そして、転がっていた動画男と金髪男が腰を上げた――次の瞬間。ふっと、頭上から赤い光が降ってきた。
 男たちが動きを止め、それを見上げる。
 十か二十か。真っ赤な火の玉が、建物の屋根から吸い寄せられるようにこちらへ向かってくる。ひっ、と引き攣った悲鳴を上げたのは、動画男だ。
「ひ、ひ、火の玉……っ」
 違う、精霊だ。この形は初めて見るが、左近が来ているのなら間違いない。姿は見えないが。
 見ているのなら直接手を貸してくれればいいのにと思わなくもないが、一般人に姿を見られると後々面倒だと思ったのだろう。それに、こうしてフォローを入れたのなら、近藤はまだ生きている証拠だ。
「うわぁっ!!」
 狙い澄ましたように集まってくる精霊に、男たちが本格的に悲鳴を上げた。
「何だこれ!」
「来るな来るな!」
「マジか聞いてねぇぞ!」
 男たちが追い払おうと大きく腕を振る。これは意図的だろうか。煽っているようにも、弄んでいるようにも見える精霊に追い立てられて、男たちが一か所に集まった。
「ありがとな」
 紺野はごく小さく呟きながら、精霊の間をすり抜けた。
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