第3話

文字数 1,633文字

「少し、良いか」
 大河と宗史は背もたれから体を離して振り向いた。上から紫苑も顔を覗かせている。二人とも帽子を被ったままだ。もういっそ脱いでいいのでは。
「どうした?」
「これなのだが……」
 少々戸惑った様子で柴が見せたのは、携帯電話だ。画面には、宗一郎からのメッセージが表示されている。
『無事に乗れたか?』
『心配になる。返事が欲しいな』
『柴、紫苑?』
『おーい』
 またか! と喉まで出かかった突っ込みを大河と宗史は根性で飲み込み、代わりに盛大な溜め息をつく。心配なら宗史たちに聞けばいいのに。これは洗礼か何かか。
「ワンパターンだな」
 宗史が白けた目で酷く冷たく指摘した。
「こういう面倒なのは、無視するかスタンプを返しておけばいい。どうする?」
 さらりと面倒呼ばわりだ。そんなこと教えていいのか。
「心配をしているようだし、無視するのは心苦しい」
 面白がってるだけだと思う。
「じゃあスタンプだな。分かるか?」
「すたんぷ……確か……」
 柴は神妙な顔で画面を自分の方へ向けた。隣から紫苑が覗き込む。この小さい印を、とぶつぶつ呟きながら操作する柴と、それを真剣な面持ちで見守る紫苑。鬼が文明の利器を使いこなそうとしている。やっぱり微笑ましい。
「これで良いか?」
 そう言って柴が選んだのは、犬が親指(と言っていいのか)を立てているスタンプだ。意味は茂が説明したのだろう。
「ああ、的確だ」
 とんとタッチして表示されたスタンプに、柴の表情がわずかに緩み、紫苑が「お見事です」と褒める。もう何も言うまい。
 柴と紫苑にペットボトルを渡し、一仕事終わった気持ちで座席に座り直す。宗史には出がけに茂から借りた文庫本も渡し、大河はボディバッグのポケットからイヤホンを引っ張り出した。ワイヤレスが欲しい。
「景色が見えなくなった」
「山の中に入ったのでしょう」
「なるほど。それで、真っ暗なのか」
「そのうち見えるようになりましょう。時に柴主。この肘置きに付いているものは何でしょう?」
「どれ」
「すいっち、というものでしょうか」
「押せぬのか?」
「押してみましょう」
「……紫苑、ここを見ろ。明かりが点いた」
「おや。しかし、室内は十分明るいですし、何をするためのものなのか……」
「この二つの穴は……こんせんと、だったか?」
「でんきを使用するための物ですね」
「移動しながらでんきが使えるのか。どのような仕掛けに……紫苑、足元にある、あの板は何だ?」
「はて。何でございましょう」
「足元にあるということは、足を置くのか?」
「そうやもしれません。あるいは、足を鍛錬するための道具でしょうか」
「ほう。いかなる時でも鍛錬を怠らぬか。感心な心がけだ」
 違います。大河は唇を噛んで携帯を握り締め、ぷるぷると肩を震わせた。ぼそぼそと小声だが、周りが静かなため微かだが聞こえてしまう。宗史の文庫本を開いた手も小さく震えている。
それから、肘掛けが開くことに驚き、中に収納されているテーブルを出して感心したり、前の席の背にも設置されているテーブルと見比べて何故二つもと不思議に思ったりと、次から次へと興味が移る。車に乗った時も、装備品や流れる景色に興味津々で質問攻めだった。
 とうとう堪え切れず、ふ、と宗史が小さく噴き出した。
「一緒に来て、良かったかもな」
「だね」
 唇に手をあてがい、苦笑いでぽつりと言った宗史に、大河は頬を緩めて頷いた。念のための配慮は必要だったけれど、柴と紫苑も楽しそうだし、やっぱり間違っていなかった。
 でも、おしぼりをサービスしてくれた乗務員のお姉さんに「良いのか? かたじけない」はやめて欲しかった。必死に笑いを堪えたお姉さんは偉いと思う。
 あれこれ見終わり、今度は携帯へと話題が移った。昨夜、茂から渡されて一通り教わった使い方の確認をしているようだった。
 大河は息を吐き出して気を取り直し、携帯に繋いだイヤホンを耳に付けて再生する。聞き慣れたメロディと歌声に、目を閉じた。
 あの携帯は、昴が使っていたものだ。
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