第2話

文字数 2,498文字

 冬馬が龍之介を縁側から投げ飛ばし、容赦ない一撃を食らわせた場面を、志季ら四人は対峙したままそれぞれ横目で眺めていた。敵対しているとは思えない軽口が飛び交う。
「ふむ。なかなか良い拳が入ったな」
「気合い入ってるからなー」
「いっそ殺しても構わないわよ」
「もういらないもんねぇ」
 左近と志季に、女二人が続いた。
「あー、やっぱもう用済みか。つーかこっちに処分回してくんなよ」
「あいつに用があるんでしょ。残しておいてあげたんじゃない」
「そりゃあ、お気遣いどうも」
 冬馬から視線を戻し、真っ赤な刀を手にした志季が不敵な笑みを浮かべた。女二人が表情を険しくし、睨むようにそれぞれを見据える。二人の隣で二匹の犬神が唸り声を上げて威嚇した。
 志季は、もう一度冬馬を一瞥した。地面に拳を叩きつけて、悔しげに悪態をついている。と、火の鳥が庭へ飛び込んできた。男たちが到着したらしい。
「こっちはいいから、椿を寮に誘導しろ」
 目の前で一つ羽をはばたかせ、火の鳥は再び飛び去った。入れ替わるように、玄関の方から人の足音と微かな邪気の気配がした。志季たちが揃ってそちらへ視線を向ける。先程の男たちだ。女は車で待機、あるいは拒否したか。
「おいこら左近、通用口の鍵閉めとけよ」
「開けておけと宗一郎(そういちろう)から指示が出ていた」
「何でだよ!」
「ちょっとぉ、鍵開いてたんだってー」
「無駄な労力だったわね」
 左近と少女、志季と女が対峙したまま苦言と弁明を口にする。
 女の方は見覚えがある。写真で見た、確か弥生(やよい)と言ったか。彼女たちの言い回しからして、敷地へ入る手助けをしたのだろう。その程度のことは予測できたが、ならばご丁寧に鍵を開けていなくてもいいのに。
 ほんとあの当主は、と志季が渋い顔をする間に男たちが冬馬へ駆け寄り、一方こちらは少女と弥生が先制した。
 弥生が正眼の構えから右に刀を倒して左へ振った。それを志季は片手で持った刀で受け、一瞬目を合わせる。一旦刀を離し、今度は左から振られた刀を志季は容易に受け止めた。次の瞬間、弥生が刀を左下へ下げて志季の足元を狙い、横に振り抜いた。ひょいと跳ねてかわし、志季は弥生の頭に手を置いて支えにすると、弥生の頭を押し出すようにしてバック転の要領でくるりと回って着地した。とたん、志季の頭上から犬神の両足がびゅっと伸びて一直線に襲いかかってきた。弥生がつんのめりながら前に出て、しかめ面で振り向く。
「おお、触手も使えんのか」
 驚いた様子ではあるが、動きは余裕だ。志季はふっと刀を消して両手でその両足を掴み、そのまま引き寄せながら回転する。掴んだ足を握り潰し、背後から襲いかかった弥生に投げつけた。握り潰された足と胴体が千切れ、きゃんっ、と犬神が高く鳴いた。志季の手の中の足が煙のように溶けて消えていく。
「っ!」
 弥生が目を丸くして咄嗟に霊刀を消し、犬神を抱きしめるようにして両手で受け止めた。
「あーっ! ちょっと可哀想なことしないでよ!」
 少女が刀を振り上げた恰好のまま足を止め、苦言を呈した。一方弥生は、足を踏ん張り、後ろへ数メートルほど地面を滑って止まった。
「はあ? この状況で何言ってんだ、仕掛けてきたのそっちだろ!」
「動物虐待反対!」
「悪霊だろうが!」
 なんだこいつのノリは。酷いー! と叫びつつ左近に突っ込む少女を一瞥し、志季は弥生に視線を戻して腑に落ちない顔をした。
 触手を引っ込めた犬神が、するりと弥生の腕の中から抜けて宙に浮き、気遣うように顔を寄せる。握り潰した足の先端が蠢いて、再生していく。
 一体ずつ使役しているとも考えられるが、少女の様子からすると、犬神の術者は彼女。だが犬神は悪霊、負の感情の塊だ。術者はともかく、他人にこうも懐くものなのか。古より禁忌とされた呪術ゆえ、見るのは初めてでよく分からない。それに、さっきの弥生の反応。避けようと思えば避けられる速度だったのに、わざわざ受け止めるなんて。
 こいつら――。
 志季はいやいや違うだろと自分に突っ込んで思考を切り替えた。今はそれどころではない。
 二人の実力はおそらくこれが全力ではないだろう。少なくとも(しげる)(はな)と拮抗する。だが、犬神を連れているとはいえ式神相手に敵うと思ってはいまい。
 では何が目的なのか、と考えるまでないが、だからこそ違和感がある。目的は別にあり、百パーセント敵わないと分かっているのに、何故わざわざ戦いを挑んだのか。龍之介を排除したいのなら、敷地に入れてすぐ退散すればいい。それに、自分たちも拘束される恐れがあることくらい分かる。となると、他の仲間が援護に来る。その前に拘束しなければ。
 半身で腰を落とし、霊刀を左腰に構えた弥生に志季も刀を具現化する。
 そもそも、左近も左近だ。犬神がいてもこの程度なら簡単に拘束できるだろうに。何を遊んでいるのか。それとも、宗一郎から何か指示が出ているのだろうか。
「引くぞお前ら!」
 男の一人が悔しげな顔で踵を返し、二人の男たちも冬馬を忌々しそうに睨み付けて庭をあとにする。咄嗟に追いかけようとした冬馬に、弥生側の犬神が素早く移動して触手を伸ばした。
「冬馬止まれッ!」
 一喝するように叫ぶと冬馬が地面を滑って足を止め、その数センチ先の地面に触手が刺さった。
 志季は眉を寄せた。と、弥生が地面を蹴って、真っ直ぐ志季へ向かった。左から右へ一閃、振り抜かれた霊刀を刀で受ける。すぐに上から下ろされ、刀を横に倒して防御すると、回し蹴りが飛んできた。志季がのけ反って避け、数歩後ろに下がった隙に弥生も下がる。
「あたしたちも引くわよ」
「りょーかいっ」
 少女が嬉しそうに返事をして、合わせていた左近の刀を弾いた。すぐさまステップを踏むように弥生の元まで後退する。合わせて犬神が二人の頭上で待機した。
「待て待て、逃がすわけねぇだろ。お前らには聞きたいことが山ほど……」
 志季は言葉を切ると同時に弾かれたように頭上を見上げ、目を剥いた。同じように左近も見上げて素早く両手を掲げる。
 ――速い!
「冬馬動くなッ!!」
 志季が鋭く指示を飛ばした瞬間、頭上に現れた大量の真っ赤な針が一斉に降り注いだ。
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