第12話

文字数 2,705文字

 初めに行使したのは火天、次が風天。そして水天と地天。威力はほぼ同等。加えて。
「器用な奴だ」
 術の威力を揃える繊細さだけでなく、霊刀以外にも具現化できるとは。賀茂宗史も弓矢を具現化できると聞いているが、他にもいたか。いや、宗史が土御門尚に倣ったといった方が正解だろう。
 千代は、空中から尚と悪鬼の攻防を見下ろしながら称賛を口にした。
 高さは16尺(約五メートル)ほどだろうか。双方の間に無数の土の針がそびえ、貫かれた触手が消滅していく。本体の方は、一部がやられたようだが大部分はとっさに反応して分裂し無事だ。そして尚は、独鈷杵で具現化した円盾(まるたて)を霊刀に変え、姿勢を低くしたまま地面を蹴った。
 円盾はしゃがんだ体よりひと回りほど大きいくらいだったが、おそらく霊力量によって変えられる。だからといって、無真言結界が使えないと決めつけるのは危険だ。戦況によって使い分けているのだろう。そして地天の尖鋭の術を行使したのは、障害物を作って触手の速度と動きを制限し、かつ身を隠すため。
「奴一人に護衛を任せた理由は、これか」
 限られた者にしか存在や居場所が知らされておらず、実力はおろか、属性すら判明していない。しかも戦い慣れている。さらに風天。かの大戦でも、晴明以外で行使した陰陽師は見たことがない。それをあっさりと。隠したがるはずだ。だが、所詮は人。そのうち体力も霊力も尽きる。
 千代は、瞬きをするついでに視線を眼下の当主二人へ投げた。
 美しい五芒星の結界は黄金色の光を放ち、白と黒の狩衣をまとった両家の当主は、ただひたすら祈祷を続けている。二人の声に呼応して、燃え盛る炎は徐々に勢いと濃さを増していく。
 巨大結界の一端を担う各神社と伊吹山。破壊するといっても、ご神体を破壊しなければ意味がない。向こうには、各地に式神が一体ずつ配置されているのは間違いない。ご神体の護衛は間違いなく彼らが付く。さらに、満流が向かった伊吹山は、山全体がご神体だ。山一つ消し去るには、いくら杏がいても時間がかかる。となると、発動を阻止するのが一番確実だ。
 千代は、おもむろに両手を前へ突き出した。手のひらの前に小さな黒い球体が現れ、あっという間にサッカーボールほどの大きさまでに膨らむ。そして、銃から発砲される弾のように弾き出され、結界に激突した。


 林立する土の針の隙間を蛇のようにするするとぬって、息つく暇もなく触手が襲いかかる。目の前に一本の土の針。右正面から触手。土の針の左側へ避け、同じく正面から襲いかかる触手を叩き切った。同じ軌道を辿っていたらしい、別の触手の先端が目の前に迫る。
「っと」
 とっさに首を横に倒してぎりぎり避けたつもりが、頬を掠った。つ、と細く血が流れる。
「顔はやめなさいよ、顔は!」
 喚いて触手を一刀両断し、しかし足を止める気配はない。土の針の林の向こう側では、一度分裂した本体が再び融合し、次から次へと触手を作り送り込んでくる。襲ってこないのは、侵入されて内部から調伏されるのを避けるため。分裂しないのは、風天を警戒しているからだろう。いくら数が多くても、風圧を利用し広範囲に渡って一気に捕獲できる颶風(ぐふう)の術は、悪鬼にとって厄介極まりない。
 もう何本の触手を叩き切ったのか。着実に、かつ確実に本体の体積は減っている。だが、いつまでも地道に相手にしている暇はない。体力も霊力も限界がある。千代の狙いはそれだ。
 内部から調伏できると判明した今、悪鬼の攻撃方法は触手のみ。本体さえ調伏してしまえば、そこで終いだ。その証拠に、尚が近付いた分だけ後ろへ下がっている。
「さて、どうしようかしら」
 少々のんきに呟きながら触手を叩き切る。と、ドンッ、ドンッ! と連続して豪快な衝撃音が響き渡った。千代が結界を攻撃しているのだろう。そう簡単に破壊できないだろうが。尚はちらりと横目で見やり、ぎょっと目を剥いた。
 バトル漫画で見たことがある。手のひらに気を凝縮させ、攻撃する技。あれとそっくりだが、まさか千代が気を扱えるとは思えない。羽の代わりにしていることといい、身の内に宿した悪鬼、あるいは邪気を利用しているのか。
「何よあれ聞いてない、危なっ!」
 つい目を疑う光景に気を取られ、喉を貫かれるところだった。ぎりぎりで弾き返し、ついでに触手を四本ほど叩き切る。
 千代がどれほどの悪鬼や邪気を宿しているのか知らないが、さすがに無限ではあるまい。だが、あの威力は少々不安だ。それにこの音。こうしている間にも、ダイナマイトに似た爆撃音が響き渡っている。通報されかねない。
 せっかく障害物を作ったというのに。
「しょうがないわね。オン・バザラナラ・ソワカ!」
 一つぼやいて霊刀に炎を纏わせ、向かってくる触手目がけて一気に振り抜いた。飛び散った火玉が、土の針もろとも触手を貫く。轟音を響かせながら、周囲の土の針が瓦解した。
 もうもうと上がる土煙の中、尚は足を止めて尻ポケットに手を突っ込んだ。霊力を倍消費するのであまりやりたくはないのだが、あんな攻撃手段があるのならつべこべ言っている暇はない。
 取り出したのは、独鈷杵。即座に二本目の霊刀を具現化し、交差させた。霊気を感じ取っているのだろう。土煙の中から邪気が近付いてくる。
「ノウマク・サマンダ・バダナン・バロダヤ・ソワカ」
 二本の霊刀に渦を巻いた水が顕現し、尚は細く息を吸い込んで、ぐっと止めた。そして、左右に一閃。
 霊刀は土煙を切り裂き、飛散した大量の水塊が広範囲に渡って土の針と土煙を貫いた。水塊の勢いで土煙が排され視界が開けたと思ったら、次の瞬間には悪鬼本体に水塊が激突した。土の針が瓦解する轟音と土煙に混じって、あちこちで触手が黒い煙となって消滅する。そしてハチの巣状になった悪鬼本体は動きを止め、かろうじて水塊から逃れた触手も電池が切れたようにぴたりと動かなくなった。
 油断大敵、念には念を。尚は独鈷杵を一本しまうと、代わりに霊符を取り出して口元に添える。
「オン・マヤラギランデイ・ソワカ――」
 突如、我に返ったように悪鬼が低い低い唸り声を漏らす。オオオォォォ、と尾を引くその声は、無念か嘆きか。それとも拒絶か。最後の足掻きとばかりに、本体の一部がもぞもぞと蠢いた。
帰命(きみょう)(たてまつ)る。邪気砕破(じゃきさいは)邪魂擺脱(じゃこんはいだつ)顕現覆滅(けんげんふくめつ)――」
 真言を唱えている間に、悪鬼は低い唸り声と共に宙に溶けてゆく。霊符が自立し、ひとりでに空を飛んで蠢いていた部分にぴたりと張り付いた。
急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)
 最後のひと言に応えるように、霊符が黄金色の強い光を放った。悪鬼がひときわ大きな唸り声を上げ、黄金色の光に包まれて消えてゆく。
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