第9話

文字数 2,510文字

「無茶言うよな、宗一郎さんって」
 同日午後十時。大河は晴の運転する車で、宗史と共に「現場」へと向かっていた。
 後部座席に座る大河のぼやきに、晴が短く笑った。
「昔っからあんなだからなぁ、あの人。無茶ぶりっつーか、スパルタっつーか」
「大河の成長は目覚ましいからな、この調子で成長を続けて欲しいって思いもあるんだろう」
「期待してくれるのは、そりゃ嬉しいけど……だからってさぁ……二人の足手まといになりたくない」
 ぶつぶつと不満気にぼやき続ける大河に、宗史がルームミラー越しに言った。
「そんなに堅苦しく考えなくてもいい。大丈夫だよ」
「んー……」
「ま、最初は誰でも不安だよな。現場の雰囲気とか、見るだけでも勉強になるだろ。とりあえず見学ってことでいんじゃね? よっぽどなんかあったら手ぇ貸してくれればさ」
「……分かった」
 むっつりとした表情のまま、大河は頷いた。
 決して仕事をしたくないわけではないのだ。興味もあるし、仕事を任されるということは認められた証明になる。嬉しい。けれど、何事にも時期というものがある。宗一郎と明の判断を疑うわけではないが、もしもの場合を想定しているのだろうか。いや、それを言ったら宗史と晴の実力を甘く見ているということになる。もしもの事態でも、二人なら対処できると信じているからこそ、自分を同行させたのだろう。
 運転席と助手席の二人の横顔をちらりと覗き見て、大河は拳を握った。
 宗史は「鬼に敵わなかった」と言っていたが、それでも紫苑を相手にして生きていること自体がすごいことだと思う。それほど紫苑の強さは尋常ではなかった。確かに紫苑と対峙していたのはほぼ志季と椿ではあったが、その式神が術者の鏡だと言うのなら、彼と渡り合えるほどの実力を持つ式神を使役している宗史と晴の実力は、相当なものだという証拠だ。
 うん大丈夫、この二人と一緒なら。
 大河は一人、こっそりと頷いた。と、携帯がメッセージの通知を知らせ、宗史が振り向いた。
「言い忘れてたけど、携帯サイレントモードで頼む」
「あ、うん。分かった」
 現場で着信音を響かせるのは何かとまずいのだろう。大河はボディバッグから携帯を取り出し、ひとまずメッセージを確認する。送信者は――宗一郎だ。
 「私に従え」発言をされ固まった大河を溶かそうと、茂が気を使って道すがら話した連絡先の交換のことを切り出してくれた。無事当主と陽、華、茂と終わらせ、寮に戻ってからは皆とも交換できた。
 ちなみに、宗史から報告を受けたらしい樹に「やれ」と命じられて独鈷杵を使ってみたが、何故か今度は形を成さなかった。何度か試したが結果は同じで、終いには「僕の誘導じゃ駄目なの!?」と拗ねられた。不機嫌度マックスの樹から受けた結界の拡大縮小の指導は二時間にも及び、茂からの助け船が出されてやっと終了した頃には、息も絶え絶えの状態だった。
 おかげであの感覚はすっかり体に馴染んだが、数分前、寮を出る時に不安そうな表情を浮かべていると、「大丈夫だよ、宗史くんと晴くんがついてるんだから。僕より信用してるでしょ」と嫌味を言われた。機嫌を損ねると面倒なタイプだということを、身を持って知った。
 それはともかく、何か言い忘れたことでもあるのか。大河は宗一郎から初めて届くメッセージを開いた――開いて、これでもかと眉を寄せた。
 可愛らしくデフォルメされたウサギが可愛らしい文字で「頑張れ」と書かれた横断幕を掲げているスタンプが一つ、送られている。
 大の男が使うスタンプか。大河は静かに溜め息をつき、ありがとうございますと一言だけ返信しメッセージを閉じた。励ましてくれているのだろうが、今は仕事に集中しなければ。そう思いながらサイレントに設定しなおそうとすると、また着信があった。ひとまず設定は置いておく。
 開くと、今度は可愛らしくデフォルメされた猫が同じく可愛らしい文字で「君なら大丈夫」と書かれた横断幕を掲げていた。うん、分かった。大河は心の中で頷き、二人が一緒なので大丈夫ですと送った。即、返信があった。仕事前に少々しつこくはないか。若干イラっとしつつ開く。今度は可愛らしくデフォルメされた犬が「僕がついてるよ」と――以下同文。
 これはもしかしてキリがないパターンか。相手は当主だ、宗一郎だ。無視するには少々勇気がいるが、全てに相手をする余裕はない。仕事が終わってからでも返信すればいいと、とりあえず既読スルーを決め込む。鞄にしまおうとした時、今度は連続して四度着信音が鳴り響いた。そうだ、設定しなおすつもりだったのだ。大河は慌てて携帯を開き、思わず喉まで出かかった悪態を根性で飲み込んだ。
 車が赤信号で停車し、宗史がうるさそうに眉を寄せて振り向いた。
「大河、さっきから誰と」
「貴方のお父様からですが何か!?」
 八つ当たりよろしく、大河は開いたメッセージをずいっと宗史の目の前に見せつけた。何やらイラついている大河に、宗史がぎょっとして体を引いた。
「おい、どうしたんだよ」
 言いながら振り向いた晴と一緒に、つらつらと並んでいるやり取りを読む。
『もう現場に着いたのかな?』
『無視されると傷付くな』
『大河?』
『おーい』
「彼女かッ!!」
 宗史と晴の激しい突っ込みが見事にかぶった。即レスを要求してくる恋人を連想したらしい二人に、大河も大きく頷いた。
 後続車から何してる早く行けのクラクションを鳴らされ、晴が慌てて発車させる。
「何のつもりですか、これ」
 据わり切った目で、しかも敬語で問われた宗史が視線を泳がせた。
「多分、緊張を和らげようと、している、と思いたい……」
 宗史をここまで尻すぼみにさせるとはさすが宗一郎だ。ごめん、と謝った宗史が不憫に思えて、大河は携帯を引っ込めた。
「宗史さん、大変だね……」
「……分かってもらえて嬉しいよ」
 緊張が和らぐどころかテンションがダダ下がりである。溜め息交じりに呟きながら前を向き直る宗史に憐みの視線を向け、大河は今度こそ携帯をサイレントモードに設定して鞄に放り込んだ。
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